第15話 ライバルの弟子入り志願
天才軍師ロジックは、自らの書斎で深く思索に耽っていた。彼の脳内では、先日観測した「破壊神キョウ」の戦闘データが、繰り返し再生されている。
(死に戻りを前提とした論理的な情報収集……。常人には思いつきもしない、あまりにも大胆かつ合理的な戦術。彼の鋭い読み、状況を一変させる驚異的な行動の数々。どれを取ってみても、今の私が彼と肩を並べることなど、到底不可能だ)
ロジックは、初めて「敗北感」というものを味わっていた。彼が今まで積み上げてきた論理とデータは、あの狂戦士の前ではあまりにも矮小なものに思えた。
では、この先、彼にどう向き合うべきか。ライバルとして競い合う? いや、それはあまりにもおこがましい。彼の戦術は、もはや別次元の領域に達している。
熟考の末、ロジックは一つの結論に達した。
(そうだ……。ライバルなどという対等な目線が、すでにおこがましかったのだ。彼に弟子入りを請い、その論理的な戦術と思想を、一番近くで学ばせてもらう。プライドなど、絶対的な真理の前では何の価値もない。彼から学ぶことこそが、私が次のステージへ至る唯一の道だ!)
決意を固めたロジックの目に、再び知性の光が宿った。彼はすぐさま行動を開始した。目的地は、始まりの村。師となる男が、必ずや舞い戻る場所である。
◇
ロジックの分析通り、キョウは始まりの村にリスポーンした。そして、彼の目の前には、銀縁の眼鏡をかけたクールな男が、まるで待ち構えていたかのように静かに立っていた。
ロジックは、キョウの姿を認めると、ゆっくりと口を開いた。
「破壊神キョウ……いや、マスター・キョウ。あなたに、お願いが……!」
「あなたの戦術を学ばせてほしい!」
ロジックが、その言葉を口にしようとした、まさにその瞬間だった。
キョウは、ロジックの存在などまるで視界に入っていないかのように、すぐ隣の民家の扉を、轟音と共に蹴破った。
ドッゴオオオォォン!
そして、家の中から、お馴染みとなった老婆の悲鳴と、陶器が粉々に砕け散る音が連続して響き渡ってくる。
「やめとくれー! その壺は、昨日買ったばかりの新品なんじゃよー!」
パリーン! ガシャーン!
あまりの展開の速さに、一瞬言葉を失ったロジックだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
(……なるほど。言葉での弟子入り志願に対し、彼はまず『行動』で示した。彼の論理的な戦術の根幹である『破壊』の神髄を、その目で見極め、覚悟を問えと……。浅はかだったな、私としたことが。……良いだろう。その無言の試験、謹んで拝見させてもらおう)
彼はクールに呟き、腕を組んで民家の前で仁王立ちした。
しばらくして、家の中の破壊音が鳴り止むと、キョウが満足げな顔で飛び出してくる。
ロジックは、今度こそ、と再び口を開いた。
「マスター・キョウ! 先ほどの『破壊』、見事でした。つきましては……!」
「あなたの論理的な戦術を学ばせてほしい!」
しかし、その言葉が紡がれるよりも早く、キョウは魔王城のある方角へ向かって、猛然とダッシュを開始していた。ロジックの横を、一陣の風が吹き抜けていく。
「……また、タイミングを逃してしまったか」
あっという間に小さくなっていく背中を見送りながら、ロジックは静かに呟いた。だが、彼の心は全く折れていなかった。むしろ、その闘志はさらに燃え上がっていた。
◇
「……これでよし」
魔王城へと続く森の中。ロジックは、アイテムボックスから高価な転移結晶を取り出し、座標を設定した。彼の緻密な計算によれば、キョウはあと数分でこの地点を通過する。先回りして待ち伏せれば、今度こそ対話が可能になるはずだ。
彼の予測通り、森の道の向こうから、キョウが土煙を上げて走ってくるのが見えた。
ロジックは、道の真ん中に堂々と立ち、今度こそ、という決意を込めて、最大級の敬意を払って叫んだ。
「マスター・キョウ! 三度目の正直! どうか私の声を聞いてほしい! あなたのその圧倒的に論理的な戦術を、この私に……!」
「学ばせてほしい!」
その言葉は、しかし、キョウの耳には届かなかった。
キョウは、道の真ん中に立つロジックを障害物と認識したのか、一切速度を緩めることなく、陸上選手のような美しいフォームで、彼の頭上を軽々と飛び越えていった。
(……あれ? 今、なんか誰か話しかけてなかったか?)
アバターの内部で、京介が微かな違和感を覚える。
(なあ、ポヌル。今、誰かいなかったか?)
その問いに、隣を飛んでいたポヌルは、面倒くさそうに欠伸をしながら答えた。
「気のせいだニャ。お主もループしすぎて、幻覚でも見始めたんじゃないかニャ? それより、そろそろミノタウルスの顔が見えてくる頃だニャ。今日のデコピンはどんな角度かニャ」
一人、森の中に取り残されたロジックは、しかし、全く落ち込んではいなかった。それどころか、彼は、まるで天啓を得たかのように、深く、深く頷いていた。
「……なるほど。そういうことか」
彼の脳内で、キョウの三度にわたる無視という行動が、壮大な勘違いによって、深遠な教えへと変換されていく。
「一度目の壺割りは、『言葉の前に、まず行動で示せ』という教え。二度目の疾走は、『好機を逃すな、思考より早く動け』という教え。そして三度目の跳躍は、『師という障害すら乗り越えていけ』という教え……。そうか、マスターは三度にわたり、私に無言の教えを授けてくださっていたのか……! なんと深いお考えだ……! 未熟な私を、あえて突き放すことで、自立を促してくださっていたとは……!」
ロジックは、走り去っていったキョウの背中に向かって、深々と頭を下げた。
「勉強になりました、マスター! 私は、私自身のやり方で、あなたに近づいてみせます!」
こうして、天才軍師は、狂戦士の最も面倒くさいストーカー……もとい、誰にも認められていない、一番弟子(自称)となった。
もちろん、そのことを京介とキョウが知る由もなかった。




