表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第1幕 京介の絶望と周囲の勘違い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/40

第14話 ポヌルの胃痛

「キョウ様、万歳!」

「あんたこそ真の英雄だ!」


 盗賊団を(結果的に)壊滅させた後、森の中はキョウを称える歓声で満ち溢れていた。助けられた中堅プレイヤーのワッキヤックは感激のあまり涙を流し、元からのファンたちは我がことのように胸を張っている。その熱狂の中心で、当の狂戦士キョウは、そんな騒ぎなどどこ吹く風と、次の目的地である魔王城へ向けて走り出す準備をしていた。


 しかし、そのアバターの内部にいる先師京介せんし きょうすけの心は、周囲の熱気とは裏腹に、氷点下まで冷え切っていた。


(なんで……なんで僕が、こんな目に遭わなくちゃならないんだ……)


 周囲が騒げば騒ぐほど、彼の思考は暗く、深い沼の底へと沈んでいく。


 そりゃあ、大学受験という人生の一大事を前に、「息抜きも戦略のうちだ」などと自分に言い訳をしてVRMMOに手を出した僕にも非はあっただろう。だが、その罰が「人生そのもののゲームオーバー」だなんて、あまりにも理不尽すぎやしないか。


(ほんの少しだけプレイして、雰囲気だけ味わったら、すぐに勉強に戻るつもりだったんだ。ログインして、数時間後にはログアウトして、また英単語の暗記に戻るはずだったんだ……!)


 それなのに、現実はどうだ。ログアウトは不可能。キャラクターは操作不能の脳筋狂戦士。毎日毎日、おばあさんの家の壺を割り、魔王城に特攻してはミノタウロスのデコピンで死ぬ。そんな不毛なループを、もう何十回と繰り返している。


 周囲の賞賛の声が、今はただの騒音にしか聞こえない。彼らが「破壊神」と崇める英雄の正体が、ただの暴走プログラムと、その中で絶望している哀れな受験生だと知ったら、一体どんな顔をするだろうか。


(ああ、もう嫌だ……。何もかも……)


 京介の思考が完全にネガティブに振り切れた、その時だった。


「まぁ、フインキはたっぷり味わえたニャ」


 いつの間にか隣に来ていたポヌルが、茶化すように言った。京介の心の落ち込みを、少しでも和らげようとしての発言だったのかもしれない。だが、今の京介のささくれた心には、その軽口すら棘のように刺さった。そして、彼の真面目すぎる性格が、無意識に言葉の誤りを指摘させていた。


「……すまないけど、『フインキ』じゃなくて、『雰囲気ふんいき』だ。そういう細かいところが、後で合否を分けるんだ」


「……」


 ポヌルの動きが、ピタリと止まった。その猫の顔からスッと表情が消えた。慰めでも同情でもない。「ああ、こいつ、今一番めんどくさいタイプの人間だニャ」という、あまりにも純粋な感情だけが、そこにはあった。京介には、その心の声が聞こえたような気がした。


 ポヌルは一つ咳払いをすると、気を取り直して言った。


「ま、まぁ、受験勉強は、このゲームからログアウトしたらやればいいニャ! 今はとにかく、この状況を打開してログアウトする方法を、一緒に考えるニャ!」


 しかし、その前向きな言葉も、今の京介には届かなかった。


「ログアウト? こんな操作もできない状態で、どうやってログアウトするって言うんだよ! 話すことすらできないんだぞ!」


「だから、それを我輩と、お主で一緒に考えると言っているのニャ!」


 ポヌルが必死に励ます。京介にとって、この妖精猫が唯一の理解者であることは分かっていた。だが、一度溢れ出したネガティブな感情は、もう彼自身にも止められなかった。


「無理だよ。絶対に無理だ。僕はこのまま、受験に間に合わず、志望校にも行けず、かといってログアウトすることもできず、来る日も来る日も、ただ見知らぬおばあさんの家の壺を割り、ミノタウルスに殺されるだけの毎日を送って、この仮想空間で老いていくんだ……」


「そんなことないニャ! きっと、なんとかなるニャ!」


「どうせ、ポヌルだって面白がってるだけなんだろ。バグ持ちの面倒なプレイヤーが、どんどんおかしなことになっていくのを、安全な場所から観察してるだけなんだ。飽きたらどこかへ行っちゃうに決まってる」


 もはや、ただの被害妄想だった。だが、京介にはそうとしか思えなかった。


 その時だった。走り出すタイミングを計っていたキョウが、出発の合図のように、天に向かって咆哮した。


「ウガァァァァァァァァッ!!」


 その雄叫びを聞いたポヌルが、これ幸いとばかりに、パッと顔を輝かせた。


「ほら見ろニャ! キョウだって、『俺に任せろ! なんとかなる!』って言ってるニャ!」


「……もういい」


 京介は、ポヌルの苦し紛れの翻訳を、全てを諦めた声で、冷たく遮った。


「その咆哮に、そんな高尚な意味なんて何一つない。ただの獣の声だ。僕が一番よく分かってる。だから、もうやめてくれ」


 唯一の理解者である妖精猫は、めんどくさいモードに入っている京介を、どのようにしたら面白い遊び道具にできるかと、いたずらっぽく思うのであった。


 ポヌルは、小さな前足でそっと自分の胃のあたりを押さえた。


「はぁ……。まったく、お主のせいで胃が痛いニャ……」


 その小さな呟きは、しかし、騒がしい歓声の中でも、不思議とハッキリと京介の耳に届いた。


(僕の……せい……)


 ほんの少しだけ、彼のささくれた心に罪悪感がチクリと刺さる。

 その表情の変化に気づいたのか、ポヌルがちらりと京介 (のアバター)の顔を見上げた。その口元には、先ほどまでの苦痛の色はなく、まるで狙い通りの反応を引き出せたことを喜ぶかのように、小さく、そしていたずらっぽく笑っていた。


「キョウ様! 我々もご一緒します!」

「そうだ! 破壊神様の戦いを、最後まで見届けようぜ!」


 京介の芽生えたばかりの罪悪感も、ポヌルの愉快ないたずら心も、熱狂するファンたちの前では、あまりにも些細な出来事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ