第13話 中堅プレイヤーの憂鬱
プレイヤーネーム、ワッキヤック。彼は今、VRMMO「ミステイク・ダストボックス・オンライン」の世界で、深刻な壁にぶち当たっていた。
「行き詰まった……」
メインストーリーは、魔王城へ乗り込む直前で止まっている。しかし、城の門番であるミノタウルスは、彼の現在のレベルでは到底太刀打ちできる相手ではない。かといって、同じモンスターを延々と狩り続ける「レベル上げ」や、来る日も来る日も木を伐り石を掘る「生産」は、どうにも彼の性に合わなかった。ただ、物語の続きが知りたい。その一心でプレイしてきたワッキヤックにとって、この停滞は苦痛以外の何物でもなかった。
溜め息をつきながら、始まりの村の近くの森を漫然と歩いていた、その時だった。
一人の旅人風のNPCが、親しげに彼に話しかけてきた。
「もし、旅の方。何やらお困りのご様子ですね」
人の良さそうな笑顔を浮かべたその男は、ワッキヤックの悩みを聞くと、まるで秘密を打ち明けるように声を潜めた。
「実は、この先の森の奥に、地図にも載っていない隠された街があるという噂をご存知ですか? そこには、珍しい武器や防具を売る店もあるとか……」
「隠された街……!」
ワッキヤックの目に、光が宿った。それだ! そこに行けば、この膠着した状況を打開できるかもしれない!
「ですが、その街へ至る道は非常に分かりにくい。よろしければ、私がご案内しましょうか?」
NPCの申し出に、ワッキヤックは二つ返事で頷いた。まさに、地獄に仏。彼は、この親切な旅人に感謝しながら、その背中を追って森の奥へと足を踏み入れた。
◇
(飽きた……。さすがに毎日毎日同じことの繰り返しは、飽きたぞ……)
一方その頃、我らが先師京介は、精神的なマンネリという新たな敵と戦っていた。おばあさんの家の壺を割り、魔王城へ向かい、ミノタウルスに殺される。この無限ループは、もはや彼の日常と化し、新鮮な驚きも、悲しみすらも薄れさせていた。
「もう少し、何か別の展開にならないものか……」
京介がそんなことを考えていると、前方を飛んでいたポヌルが、ふと声を上げた。
「ん? 前に誰かいるニャ」
ポヌルの視線の先には、プレイヤーとNPCらしき二人組が、森の中をゆっくりと歩いている姿があった。
(お、他のプレイヤーか。……ん? なんかあのNPC、やけに親しげだな)
京介がそんなことを考えている間にも、キョウの猛進は止まらない。二人のいる方向へ、一直線に突き進んでいく。
(おいおい、まさか……)
京介の脳裏を、最悪の予感がよぎる。そして、その予感は常に現実のものとなるのが、この世界の理だった。
キョウは、歩いている二人組の真横を通り過ぎる、その瞬間。まるで挨拶でもするかのように、何の脈絡もなく、走っている遠心力を全て乗せた渾身の右ストレートを、親切そうな旅人風NPCの顎に叩き込んだのだ。
ゴッ!
鈍い音と共に、NPCは錐揉み回転しながら派手に吹き飛んでいった。
「何やってるんだあああああああ!! こんな新しい展開は求めてないんだよ!!」
京介の絶叫が、脳内に木霊する。
突然の蛮行に、後ろからついてきていたキョウのファン(ギャラリー)たちも、さすがに困惑を隠せない。
「えっ!? 今、突然NPCを殴らなかったか!?」
「何が起きているんだ!? あれも『戦術』の一環なのか!?」
そして、最も混乱しているのは、NPCに案内されていたワッキヤックだった。
「な、なんてことをするんだ! この人は、僕を助けようと、親切に案内してくれていたんだぞ!」
ワッキヤックの怒りに満ちた声が、キョウに突き刺さる。
(ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 僕がやったんじゃないんです! この脳筋が! この制御不能アバターが!)
京介が心の中で必死に謝罪していると、突如、周囲の茂みがガサガサと揺れ、中から屈強な男たちがワラワラと姿を現した。その数、およそ10人。全員が、見るからに悪人面のNPCだった。
「て、てめぇ……! よくもオカシラをやってくれたな!」
後から出てきたNPCの一人が、キョウを指さして叫んだ。
その言葉に、京介、ワッキヤック、そしてファンたち、その場にいた全員の頭上に、巨大なクエスチョンマークが浮かんだ。
「「「え?」」」
殴り飛ばされて地面に伸びていた旅人風のNPCが、顔を押さえながらゆっくりと起き上がる。その人の良さそうな笑顔は消え失せ、代わりに憎々しげな表情でキョウを睨みつけていた。
「ちくしょう! 親切な旅人のフリをして、森の奥の拠点に連れ込んでから、装備を全部ひん剥いでNPC商人に売り飛ばす完璧な計画だったのによぉ! なんで初対面でいきなり殴ってくるんだ! こうなったら仕方ねえ! やっちまえ!」
(随分と懇切丁寧で説明的なセリフだな!)
京介のツッコミが炸裂する。まさか、キョウの無差別暴力が、結果的に盗賊の罠を見破るという、奇跡的なファインプレーに繋がっていたとは。
全ての状況を理解したワッキヤックとファンたちが、一斉に戦闘態勢に入る。その中心で、全ての元凶であるキョウは、悪びれる様子もなく、天に向かって咆哮した。
「ウガァァァァァァァァッ!!」
すかさず、ポヌルがその言葉に、完璧な翻訳を当てる。彼は、ワッキヤックとファンたちを交互に見ながら、芝居がかった口調でこう言った。
「『その薄汚い魂が放つ、わずかな殺気……見切れぬとでも思ったか。貴様らのような小悪党の浅知恵など、我が神眼の前には無意味なり! 助さん、格さん、もういいでしょう。この者共を懲らしめてやりなさい!』……と、申しておりますニャ!」
そのあまりにも英雄的な(そしてどこかで聞いたことがあるような)宣言に、ワッキヤックは感激に打ち震えた。
「そうだったのか……! 俺を助けるために、あえて悪を演じてまで……! すまない、俺はあなたの真意を何も理解していなかった!」
「さすがは破壊神様だ!」
「俺たちには、悪党の邪なオーラが見えていたというのか!」
ファンたちの賞賛を浴びながら、ワッキヤックと手練れのプレイヤーたちは、あっという間に数の利しかない盗賊団を蹴散らしてしまった。
そして、全ての戦いが終わった後、ワッキヤックは深々とキョウに頭を下げた。
「ありがとう、キョウさん! あんたのおかげで、俺は助かった!」
新たな信奉者を得て、さらに称えられる狂戦士。
そのアバターの中で、京介はただ一人、真実を叫んでいた。
「そのファインプレー、ただの無差別暴力なんですけどおおおおおおおおおお!!!」




