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【悲報】僕のVRMMOアバター、レベル1のまま魔王城に無限突撃する狂戦士なんですが?【ログアウト不可】  作者: 空木 架
第1幕 京介の絶望と周囲の勘違い

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第12話 増殖するファンの見物

 パリーン、という小気味よい音と共に、本日最後の壺が砕け散った。これで、この家の破壊可能なオブジェクトは全て、キョウの拳によって原子レベルにまで還元されたことになる。


 そして、いつものように、キョウはくるりと踵を返し、玄関――だったところ――から外へと飛び出した。


 しかし、その先に広がっていたのは、いつもの長閑な村の風景ではなかった。


「……!?」


 家の前が、黒山の人だかりで埋め尽くされていたのだ。剣士、魔法使い、商人、弓兵……様々な職業のプレイヤーたちが、まるで世紀のスターの登場を待ちわびるかのように、キョウが出てくるのを今か今かと待ち構えていたのである。


(な、なんでこんなに注目されてるの!? もしかして、また壺を割ったから!? ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 僕の意志じゃないんです! この脳筋が勝手に!)


 先師京介せんし きょうすけの心臓は、かつてないほどのプレッシャーで縮み上がっていた。まるで、授業中に居眠りしているところを教師に指名され、クラス全員の視線が突き刺さる、あの瞬間のようだ。


「おお……! お出ましになられたぞ!」


「静粛に! これから始まる『神事』の邪魔をするな!」


「我々は、歴史の証人となるのだ……!」


 プレイヤーたちの囁き声が、京介の耳に届き、彼の精神をさらに深く抉っていく。


 しかし、当のキョウは、集まった大観衆に一瞥もくれることなく、その視線に全く意を介さず、いつものように魔王城のある方角へ向かって猛然と走り出した。



 魔王城へ向かう街道は、もはやキョウのためのパレードルートと化していた。道の両脇には、噂を聞きつけて集まったプレイヤーたちがずらりと並び、まるで駅伝の応援のように、通り過ぎるキョウに熱い視線を送っている。


(おかしい……絶対におかしい! 前回も噂にはなってたけど、ここまでじゃなかった! まるで僕が、いやキョウが、何かとんでもない有名人みたいじゃないか!)


 京介が混乱していると、横を飛んでいたポヌルが、ニヤニヤしながら話しかけてきた。


「面白いことになっているニャ」


(何か知ってるのか、ポヌル!)


 彼の疑問を察したようにポヌルは答えた。


「前の噂がさらに大きくなっているニャ。お主の行動の一つ一つを深読みし、そこに隠された真意を見出そうとする、『考察勢』なる者たちが誕生したらしいニャ。死に戻りを前提とした、ミノタウロスの情報分析をしているという話になっているニャ」


(全部間違ってる!)


 京介のツコミは、もはや天丼芸の域に達している。


 その時だった。沿道で見ていたプレイヤーの一人が、キョウに向かって叫んだ。


「破壊神! ミノタウルス戦、頑張れよ!」


 その言葉を皮切りに、次々と応援の声が上がる。


「応援してるぜ、キョウさん!」


「あんたの戦いを見て、俺は目が覚めたよ!」


 そして、彼らは応援の言葉と共に、手のひらサイズの小瓶を、放物線を描くようにキョウに向かって投げつけ始めた。赤い液体が入った、回復薬ポーションだ。


(ポーション!? もしかして、支援物資か!?)


 京介の目に、一瞬だけ文明の光が宿った。そうだ、これだけファン(という名の奇特な人たち)がいるなら、アイテムを支援してもらうことで、この原始人のような生活から脱却できるかもしれない!


 しかし、キョウはそんな京介の淡い期待を、いとも容易く裏切った。彼は投げつけられる無数のポーションに、全く見向きもしない。ただひたすら、前だけを見て走り続ける。


 カシャン! パリン!


 プレイヤーたちの善意の結晶であるポーションは、キョウに受け取られることなく、次々と地面に落ちて虚しく砕け散っていった。


「もったいないいいいいいいいいいいい!!」


 京介の魂の叫びが、脳内に響き渡る。一瓶数十ゴールドはするであろう貴重品が、目の前で無駄になっていく。


 だが、ファンたちの反応は、京介の予想の斜め上を行っていた。


「……ポーションを受け取らないだと?」


「そうか……『情報収集』のための死に戻り戦術において、HPの回復はノイズでしかないということか……!」


「彼は、ポーションという物質的な支援すら拒絶する! ただ己の肉体と精神のみを研ぎ澄まし、純粋なプレイヤースキルで世界の真理に挑む……。これが、本物ホンモノか……!」


 彼らの勘違いは、もはや芸術の域に達していた。


 ◇


 魔王城の門前は、かつてないほどの観客でごった返していた。彼らはミノタウルスに感知されないギリギリの安全地帯から、固唾を飲んで「破壊神の戦術」を見守っている。


(あまり見ないでください! お願いします! これから行われるのは、ただの無謀で無意味な自殺行為なんです! 何の参考にもなりませんから!)


 京介が心の中で土下座していると、キョウはミノタウルスに向かって歩き出した。


 ブオンッ!


 風を切り裂く轟音と共に、戦斧が横薙ぎに振るわれる。しかし、その軌道はキョウの頭上を大きく逸れていた。


 あろうことかキョウは、その場で足元の小石につまずき、盛大にすっ転んでいた。結果、その頭上をミノタウルスの戦斧が空しく通り過ぎていく。奇跡的な回避であった。


「おおっ!?」


「今の一撃を、最小限の動きで避けたぞ!」


 ギャラリーが沸く。


(ただ転んだだけだろ!)と京介はツッコむが、ミノタウルスは構わず攻撃を続ける。今度は斧を縦に振り下ろす。だが、これもキョウが偶然にも横に跳ねたことで、すれすれを通り過ぎて地面を抉るだけだった。


「す、すごい……! 全ての攻撃を見切っている!」


「あれが破壊神の『神眼』か!」


 その言葉に、後ろで腕を組んでいたロジックが、眼鏡を光らせて補足した。


「神眼……フッ、その通り。だが、それは単なる『未来予知』のような低次元なものではない。彼は、ミノタウルスのヘイト値をミリ単位でコントロールしている。あの立ち位置、あの動き……全ては、ミノタウルスに特定の攻撃パターンを『選択させる』ための、論理的に計算され尽くした誘導なのだ! ただ避けるのではない。欲しいデータを確実に引き出す……! なんと恐ろしい論理的情報収集能力だ……!」


(見切ってない! ただのまぐれだ!)


 京介の叫びも虚しく、キョウは数度にわたるミノタウルスの大振りな攻撃を、奇跡的な偶然だけで回避し続けた。その光景は、端から見れば、達人が猛獣を手玉に取っているようにしか見えなかった。


 しかし、その遊びにも終わりが来る。


 少し苛立ったミノタウルスが、斧の刃ではなく、その硬い柄の部分で、キョウの体を軽く払った。


 ゴッ!


【キョウは 149のダメージを うけた!】

【キョウのHP:150/150 → 1/150】


「ぐっ……!」


 初めて有効打を受けたキョウが、大きく吹き飛ばされ地面を転がる。HPは、風前の灯火。


 だが、キョウは倒れない。ふらつきながらも立ち上がり、ミノタウルスを睨みつけ、渾身の力を込めて咆哮した。


「ウガァァァァァァァァッ!!」


 その瀕死の雄叫びを聞き、ポヌルが観客たちに向かって叫んだ。


「『……見えたぞ。数多の死の果てに、ついに見えた! あと一撃……あと一撃で、貴様の行動パターン、その全ての因果律を完全に見切れる!』……と、申しておりますニャ!」


 その翻訳は、ギャラリーの興奮に火をつけた。


「いけえええええ! 破壊神!」


「あと少しだ! 俺たちが見届け人だ!」


「伝説の瞬間を見せてくれ!」


 大歓声を背に受け、キョウは最後の力を振り絞り、ミノタウルスに向かって一直線に突進していく。


 そして、その無防備な体に、ミノタウルスが心底うんざりしたように、デコピンを放った。


 ピンッ。


 あまりにも軽い音と共に、キョウの体はくの字に折れ曲がり、動かなくなった。


【GAME OVER】


 静まり返るギャラリー。そして、白い光に包まれながら、京介の最後のツッコミだけが響き渡った。


「伝説の瞬間デコピンを見届けられただろおおおおおおおおおおおおお!!」

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