第103話 竜と最強の週刊誌
ドスッ!!
鈍く、しかし確かな手応えが、先師京介の操作する尻尾を通して伝わってきた。
狂戦士キョウが振り下ろした巨大な戦斧の刃は、京介の絶妙な軌道修正により、装甲竜の鉄壁の鱗と鱗の隙間に、見事に吸い込まれたのだ。
(入ったぞ! やっぱりここが急所だ!)
京介が、勝利への活路を見出した、その時。
刃を突き立てられたはずの装甲竜は、痛がる素振りすら見せず、キョウの方を向いて「グル?」と、不思議そうに小首を傾げた。
まるで、「背中、かゆいんだけど?」とでも言いたげな反応だ。
(……は? 効いてない?)
京介が困惑していると、天井のスピーカーから、あの甲高い勝ち誇った声が響き渡った。
『ウワハハハハ!! かかったな、この脳筋どもめ!』
自称・知将、チョウ・メードだ。
『鱗の隙間を狙うことなど、この知将が想定していないはずがないだろう! そこは、あえて隙間を作っておいた「誘い受け」のポイントなのだよ! バーカバーカ!』
(煽り文句がいちいち小学生レベルなんだよ! でも、確かに刺さった手応えはあったぞ!)
京介の疑問に答えるかのように、キョウが「ウガッ?」と不満げな声を上げながら、突き刺さった戦斧を引き抜いた。
ズルリ……。
斧の刃先には、何かが突き刺さっていた。
分厚く、再生紙特有のざらついた質感。
表紙には、元気な少年のイラストと、派手な煽り文句。
『週刊少年ノウキン 合併特大号(付録付き)』
(少年誌じゃねーかあああああああああああああっ!!!!)
京介の絶叫が、ダンジョンに木霊する。※しません
(なんでドラゴンの鱗の下に、分厚い少年漫画雑誌が仕込んであるんだよ! しかも合併特大号!? 一番分厚いやつじゃないか! 生活の知恵か! 腹巻き代わりにしてるおっさんかよ!)
京介が、この世界のあまりの不条理さに目眩を覚えていると、少し離れた場所から、香ばしい匂いが漂ってきた。
見れば、ポヌルが、装甲竜が先ほど吐いたブレスで焼け焦げた地面の残り火を利用し、器用にスルメを炙っていた。
「……仕方ないニャ。そういう仕様だと思って諦めるのニャ。分厚い雑誌は、時に電話帳よりも硬い最強の盾になるのニャ。常識だニャ」
(どこの常識だよ! ていうか、お前はなんでそんな状況で晩酌の準備を始めてるんだ!)
ポヌルがスルメを齧り出した一方で、我らが狂戦士キョウは、もちろん、こんな小細工で止まるはずがなかった。
彼は、刃先に刺さった雑誌を「邪魔だ」とばかりに振り払うと、
「ウガァァァッ!」
と、「読ませろ!」ではなく、「次は雑誌ごと叩き斬る!」と言わんばかりに、再び大きく息を吸い込んだ。
第2ラウンドの開始だ。
京介も、覚悟を決める。
(雑誌だろうが何だろうが、物理で突破するしかない! 行くぞ!)
キョウが踏み出そうとした、その瞬間。
カァーーーーーーーンッ!!
場違いなほどに澄み渡った、甲高い金属音が、再び鳴り響いた。
お約束のように、キョウも、装甲竜も、そして京介も、ビクッとして音の鳴る方を振り返る。
そこには、ゴングの前でハンマーを構え、汗だくになったマスター護衛隊長、チョットツの姿があった。
「マスター! 第1ラウンド終了ですぜ! 一旦、赤コーナーに戻って水分補給を!」
(そんなシステムあるかああああああっ!!!)
京介のツッコミが炸裂する。
だが、悲しいことに、キョウのAIには「ゴングが鳴ったら一旦止まる」という、謎のスポーツマンシップ(あるいはバグ)が組み込まれていたらしい。
キョウは、振り上げた斧を、素直に下ろしてしまった。
(馬鹿! 気を抜くな! 相手はモンスターだぞ!)
京介の危惧は的中する。
装甲竜は、ゴングの音など意に介さず、キョウが動きを止めたその隙を見逃さなかった。
その巨大な口が、ガバリと開かれる。
喉の奥で、赤黒い炎が渦を巻く。
「グルルルルル…………ッ!」
至近距離からのブレス。
キョウは、棒立ちのままで地面を見つめている。
(まずい! 間に合わない!)
京介が、迫りくる死の熱波に目を瞑りかけた、その時。
ヒュンッ!
どこからともなく、一本の矢が飛んできて、装甲竜の鼻先に当たった。
カンッ。
あまりにも軽い、乾いた音。
ダメージはゼロ。しかし、その小さな衝撃は、ブレスを吐こうとしていた装甲竜の注意を逸らすには十分だった。
装甲竜が、鬱陶しそうに、矢が飛んできた方向を見る。
そこには、震える手で弓を構えた少女――ヒメが立っていた。
「キ、キョウさん! 今のうちに!」
彼女は、涙目になりながらも、必死に弓を引き絞り、次々と矢を放った。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
ヒュン、ヒュン、ヒュン。
放たれた矢は、吸い込まれるように装甲竜に命中するが――。
カンッ。 カンッ。 カンッ。
その全てが、鋼鉄の鱗に弾かれ、虚しく地面に転がっていく。
レベル1の初期装備の弓では、装甲竜に傷一つつけることなど不可能だ。
(もういい! やめるんだヒメちゃん! 気持ちは嬉しいけど、それ以上やると……!)
京介の脳裏に、最悪の予想が走る。
MMORPGの鉄則。
前衛が攻撃の手を止め、後衛が攻撃を続ければ、敵の敵対心は、当然そちらに向く。
「えいっ! 当たれぇ!」
カンッ。
最後の一矢が、装甲竜の眉間に当たり、ポトリと落ちた。
その瞬間。
装甲竜の、爬虫類特有の縦に割れた瞳孔が、キョウから外れ、完全にヒメを捉えた。
「グルァァァァァァァァァッ!!!」
怒りの咆哮。
ターゲット変更。
装甲竜は、キョウに背を向け、無防備な少女に向かって、その巨体を躍らせた。
「ひっ……!?」
ヒメが、腰を抜かしてその場にへたり込む。
(しまった! ヘイトが向いた!)
本当の第2ラウンドは、最悪の形で幕を開けようとしていた。




