第102話 相性
我らが狂戦士キョウに、「相性」などという高等な概念は存在しない。
彼は、身の丈以上の巨大なミノタウロスの戦斧を軽々と担ぎながら、散歩にでも行くような気楽さで、ボスに向かって歩き出した。
(……ああ、やっぱり行くのね。知ってたよ)
アバターの内部で、先師京介は、諦めと共に腹をくくった。
止めても無駄だ。この暴走機関車は、壁にぶつかっても、ぶち破るまで止まらないのだ。
(こうなったら、もうやるしかない! 物理が無効なら、物理で貫通するまで殴るだけだ!)
京介がヤケクソ気味な覚悟を決めた、その時。
装甲竜が、近づいてくる小さな影を見下ろし、鼻を鳴らした。
「グル……?」
その目は、明らかにキョウを侮っていた。「なんだお前? やんのかコラ?」とでも言いたげだ。
キョウが、装甲竜の鼻先、射程圏内へと足を踏み入れた。
その刹那。
二体の怪物が、同時に威嚇の咆哮を上げた。
「グルァァァッ!!!」
「ウガァァァァァッ!!!」
空気がビリビリと震える。
開戦の合図だ。
誰もがそう思った、その瞬間だった。
カァーーーーンッ!!
場違いなほど澄み渡った、甲高い金属音が、ダンジョン全体に響き渡った。
「「「!?」」」
装甲竜も、キョウも、そして京介も、全員がビクッとして音の鳴る方を振り返る。
そこには。
どこから持ってきたのか、プロレス会場にあるような立派なゴングの前に立ち、小さな木製ハンマーを構えた、マスター護衛隊長チョットツの姿があった。
「マスター! 第1ラウンド、試合開始ですぜ! 脇見してないで、相手の方を見て戦って下さい!!」
(お前のせいだよ!!!)
京介の魂のツッコミが炸裂する。
(なんだそのゴングは! そしてなんで審判面してるんだ! 緊張感が台無しだろ!)
しかも、チョットツは注意を促した直後、ハンマーの痛さを確かめるために、手に持ったハンマーで自らの脳天をゴチン! と強打した。
「ぐふぅっ……! お! これもなかなか……痺れる痛み……!」
白目を剥いてよろめく護衛隊長。
(……もういい。あいつは放っておこう。視界に入れるだけでMP〈メンタルポイント〉が削られる)
京介が意識を強制的に切り替えると、水を差された装甲竜が、憤怒の形相で大きく息を吸い込み始めた。
その口元に、赤黒い炎が渦巻く。
「グルァァァァ……ッ!」
(ブレスが来るぞ!)
京介が身構える。
ドラゴンのブレスをまともに食らえばただでは済まない。
だが、キョウは避けない。
彼は、迫りくる灼熱の波動を前にして、ニヤリと笑うと、巨大な戦斧を、まるでバットのように構えた。
「ウガッ!」
装甲竜がブレスを吐き出すのと同時に、キョウが歴戦のメジャーリーガーよろしく、戦斧をフルスイングした。
ブォンッ!!
レベル1にしては異常なSTRの腕力によって生み出された、物理的な暴風。
それが、前方から迫る炎の波と正面衝突した。
ゴオオオオッ……フッ。
炎は、戦斧が巻き起こした理不尽な風圧によって、まるでロウソクの火を吹き消すように、あっけなくかき消された。
(マジかよ……! ホームランか!)
あまりの脳筋解決法に、京介が戦慄している間に、キョウはそのフォロースルーの勢いを利用して、一気に懐へと飛び込んだ。
狙うは、装甲竜の左側頭部!
「ウガァァァァッ!」
ガキィィィン!!!
凄まじい衝撃音が響く。
しかし。
戦斧の刃は、装甲竜の銀色の鱗に阻まれ、火花を散らして弾き返された。
【ダメージ 0】
(硬っ!? ミノタウロスの斧でも通らないのか!)
キョウは止まらない。
弾かれた反動を、回転力に変える。
体を独楽のように回転させ、遠心力を乗せた「返し」の一撃を、今度は右側頭部に叩き込む!
ガキィィィン!!!
【ダメージ 0】
(やっぱりダメか! 何とかしないと! 身体能力では圧倒してるけど、相性が悪すぎる!)
物理無効。その言葉は伊達ではなかった。
キョウは、なおも諦めず、本能のままに乱打を繰り出す。
ガキィン! ガキン! ガキィィィン!!!
しかし、その全てが、無情にも弾き返される。
装甲竜は、ダメージを受けるどころか、「痒いな」とでも言いたげに欠伸を噛み殺しているようにさえ見えた。
「ダメだニャ。全く通用しないニャ。爪楊枝で鉄板を叩いてるようなもんだニャ」
安全圏に避難していたポヌルが、冷めた声で実況する。
そんな絶望的な攻防を、少し離れた場所で見守る信徒たち。
その中で、新入りのヒメが、不安そうにロジックに問いかけた。
「あ、あの……ロジックさん。キョウさんの攻撃、全く通用していないみたいですけど……。私たち、加勢しなくていいんですか? 魔法で援護するとか……」
ヒメの真っ当な提案に対し、天才軍師ロジックは、畳の上に正座したまま、優雅に茶を点てながら、静かに答えた。
「焦ってはいけません、ヒメさん。……ズズッ」
ロジックは、熱い抹茶を一口すすると、眼鏡をクイッと押し上げた。
「今までも、このような事態は数えるほどありました。物理が通じない敵、理不尽なギミック、運営の悪意……。しかし、マスターは、その全てを『圧倒的な火力』と『深遠なる知略』で乗り越えてこられたのです」
「は、はぁ……」
「今は、マスターを信じましょう。これは、マスターが敵の装甲の『共振周波数』を探るための、テスト打撃に過ぎないのですから」
戦況は膠着していた。
このままでは、いずれキョウのスタミナが切れるか、あるいは装甲竜の本気の一撃をもらって終わる。
(……くそっ。何か、何か手はないか!?)
京介は、弾かれ続ける戦斧と、ドラゴンの鱗を必死に観察した。
そして、気づいた。
鉄壁に見える鱗だが、関節部分や、首の付け根には、わずかながら「隙間」があることを。
(そこだ……! こういうガチガチの敵は、装甲の上から叩くんじゃなくて、継ぎ目を狙うのが定石だ!)
だが、キョウにそんな器用な真似ができるわけがない。彼は「強く叩けば割れる」としか思っていないのだから。
(なら、僕がやるしかない!)
京介は、全神経を、自身の「尻尾」に集中させた。
キョウが、次の一撃を振りかぶる。
狙いは大雑把な脳天。このままではまた弾かれる。
(いけっ! 僕の尻尾!)
京介は、尻尾を鞭のようにしならせ、キョウが斧を振り下ろす瞬間に合わせて、パシッ! と柄の部分を叩き、微妙に角度をずらす。
「ウガッ!?」
手元の違和感にキョウが声を上げるが、スイングは止まらない。
京介の操作によって軌道を変えられた戦斧の刃は、装甲竜の硬い鱗ではなく、そのわずかな隙間――首元の、鱗と鱗の境目へと、正確に吸い込まれていった。
(これでどうだ!!)
ドスッ!!
今までとは違う、肉を断つ鈍い感触が、京介の手に伝わってきた。




