第101話 蹂躙
目の前には、広大なホールの壁一面を埋め尽くすほどのモンスターの大群。
ゴブリンキング、オークジェネラル、ロードスケルトン……多種多様な上位魔物が、殺意を剥き出しにして雪崩れ込んでくる。
ここは冒険者の安息の地であるはずのセーブポイント。だが現実は、モンスターハウスという名の地獄絵図と化していた。
そんな絶体絶命の状況だというのに、先師京介は、アバターの内部で、ふと湧き上がった疑問を口にしていた。
(なあ、ポヌル。ちょっと気づいたことがあるんだけど)
隣を飛ぶ妖精猫ポヌルが、呆れたように尻尾を振った。
「話はあとニャ。まずは、あのモンスター達をなんとかするニャ! ボヤボヤしてると骨の髄までしゃぶられるニャ!」
(いや、そうなんだけどさ……このステータスなら……)
京介が言い淀んだ、その時。
我らが狂戦士キョウが、群れを成す獲物を前にして、歓喜の、そしていつもの咆哮を上げた。
「ウガァァァァァッ!!!」
その勇ましい雄叫びを聞いたポヌルが、待ってましたとばかりに、あたかもそれっぽい同時通訳を開始した。
「『雑魚が何匹集まろうと無駄だ! まとめて挽肉にしてくれるわ! ……巻き込まれたくなければ、俺から離れて高みの見物でもしていろ!』……と、言っているニャ」
(後半の『高みの見物』は絶対言ってないだろ!)
京介のツッコミを置き去りにして、キョウはミノタウロスの巨大な戦斧を小枝のように軽々と担ぎ上げた。
そして、モンスターの海に向かって、単身で猛然と突進を開始した。
すると。
そのポヌルの「神託」を聞いた信徒たちが、一斉に「御意!」とばかりに頷き、ガサゴソと懐を探り始めた。
そして、おもむろに取り出したのは、武器ではなく――おもちとみかんとお茶だった。
むしゃむしゃ。ズズズ……。
戦場に、食欲をそそる醤油の香りと、茶を啜る音が響き渡る。
「……なるほど。マスターは、この圧倒的多数の敵を単騎で殲滅することで、我々に『真の無双』とは何かを示そうとされているのだ」
天才軍師ロジックが、眼鏡を光らせながら、どこから取り出したのか分からない畳の上で正座し、優雅に抹茶を点てて飲んでいる。
「おお! 凄まじい突進だ!」
「マスターの本気が見られるぞ!」
「レベル1(詐欺)とは思えないスピードだぞ!!」
信徒たちは、いつの間にか設置していた炬燵に入り完全に大晦日の格闘技観戦モードに入っていた。
その異様な光景に、新入りのヒメだけが、常識的な悲鳴を上げた。
「ええっ!? リ、リアリーさん! ロジックさん! 皆さん戦わなくて大丈夫なんですか!? キョウさんが一人で行っちゃいましたよ!?」
ヒメが助けを求めるように、リアリーの方を見る。
しかし、そこにいたのは、先ほどまでの「頼りになるお姉さんモード」を完全にかなぐり捨て、関西の野球場から抜け出してきたような野太い声援を送る、一人の修羅だった。
「オラァー! いてこませ! アホンダラー! そこじゃー! 臓腑を抉らんかい!!」
「ひぃっ!? こ、この人もヤバい人だった……!」
ヒメがリアリーの変貌ぶりにドン引きし、涙目で後ずさる中、キョウとモンスターの大群が正面衝突した。
ドギャアアアァァァッ!!!!
それは、もはや「戦闘」という言葉で形容できるものではない。
一方的な、「蹂躙」だ。
ブォンッ!!
キョウが、身の丈以上の巨大な戦斧を、プラスチックのバットのように軽く一振りする。
ただそれだけで生じた暴風と衝撃波によって、前列にいたオークジェネラルやゴブリンキング数十体が、枯れ葉のように舞い上がり、いっぺんに弾け飛んだ。
ドゴォン!! バゴォォォォン!!! グシャアッ!
「ウガッ! ウガガッ!」
キョウは、楽しそうに笑いながら、次から次へと群がるモンスター達を、戦斧で鏖殺していく。
物理演算がおかしくなったかのように、モンスターたちが重力を無視して空高く舞い上がり、壁に激突しては光の粒子となって消えていく。
(つ、強すぎる……! レベル1なのに!)
京介は、アバターの内部で戦慄した。
あのオーブ破壊のバグによって引き継がれた、STR550。そしてバグ装備ミノタウロスバトルアックスATK+2000の暴力。
それは、このダンジョンの雑魚敵にとって、まさに悪夢そのものだった。
その時、天井のスピーカーから、聞き覚えのある甲高い悲鳴が響き渡った。
『ちょっ……!? やめろ! やめろぉぉぉっ! オレの精鋭部隊がぁぁ! ゴミのようにぃぃぃ!』
四天王(自称・知将)、チョウ・メードの絶叫だ。
『お前! 巨大分銅の下敷きになって、ペシャンコになってゲームオーバーになったはずだろ! なんでピンピンして暴れてるんだよ! オレの計算とお前の生命力はどうなってるんだ!? チートかよ! バグ利用者として運営に通報するぞ!』
キョウには、そんなチョウ・メードの悲痛な叫びなど、BGM程度にしか届いていない。
彼は止まらない。
モンスターの群れを、ただの草刈りのように薙ぎ払っていく。
(なんだこれは……! 強すぎる! これなら……これなら行けるぞ!)
京介が、圧倒的なパワーレベリングに希望を見出した時、隣でポヌルが冷めた声で言った。
「当たり前だニャ。キョウの攻撃力は、バグと仕様の隙間で生まれた異常値だニャ。そこらの雑魚モンスターが束になっても、このゴリラには敵わないニャ」
そうこうしているうちに、広間を埋め尽くしていたモンスターの数が、目に見えて減っていた。
京介が、進化した尻尾を使うまでもなく、敵は蹴散らされていく。
(よし、このまま一気に……)
京介がそう思った、その時だった。
ズズズズズズ…………。
これまでとは違う、重く、腹の底に響くような地響きが、広間の奥から伝わってきた。
蹴散らされた雑魚モンスターたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
そして、その奥から、ヌラリと巨大な影が現れた。
「グオオオオオオオオオオッ…………!」
空気が震えるほどの咆哮。
現れたのは、全身を鋼鉄のような分厚い銀色の鱗で覆われた、巨大なドラゴン。
その威圧感は、先ほどまでの雑魚とは次元が違う。
(……どうやら、このエリアのボスのお出ましだな)
京介が身構える。
ポヌルも、食べかけの煮干しをしまい込み、真剣な表情になった。
「あやつは……装甲竜だニャ。物理攻撃に対して鉄壁の防御を誇る、この世界の生物の最上位種だニャ。今までの雑魚モンスターの様には行かなそうだニャ。気をつけるニャ」
(物理に鉄壁……!? こっちは物理しか能がないのに!?)
脳筋ゴリラの狂戦士と、物理無効の装甲竜。最悪の相性である。
キョウは、そんな相性など気にする様子もなく、バトルアックスを肩に担いだまま、装甲竜に向かって歩き出した。




