第100話 囚われの姫とセーブ不可の呪い
魔王城・中間地点、セーブポイントのある広間。
そこは今、奇妙な熱狂と感動の渦に包まれていた。
「マスター! よくぞご無事で!」
「レベル1に初期化されたというのに、そのミノタウロスの戦斧を軽々と……さすが我らが神!」
信徒たちが、涙を流しながら狂戦士キョウを取り囲んでいる。
その中心で、先師京介は、アバターの内部で死んだ魚のような目をしていた。
(……うるさい。本当にうるさい)
キョウは「ウガッ」と短く吠えると、戦斧を杖代わりに床に突き立て、仁王立ちした。
その威風堂々たる姿に、信徒たちが「おお……!」と再びどよめく。
そんな狂騒の中、腐女子プレイヤーのリアリーが、ふとキョウの背後に隠れるように立っている、純白のドレス姿の少女に気がついた。
「あら? あなたは誰? 見ない顔だけれど?」
リアリーの視線に気づき、少女――ヒメはおずおずと前に出た。
「あっ、初めまして。私はヒメと言います。ゲーム開始直後に、あっちにある塔の中に閉じ込められていたのを、キョウさんに助けていただいて……」
ヒメがぺこりと頭を下げる。その仕草は、囚われの姫という職業柄か、どこか儚げで守ってあげたくなるオーラを放っていた。
その可憐さに、周囲の空気が一瞬で和らぐ――かと思いきや。
「か、可憐だ……」
一人の男が、荒い鼻息と共に前に出た。
マスター護衛隊長、チョットツである。
彼は、顔を茹でダコのように赤くし、小刻みに震えながら、うっとりとした目でヒメを見つめていた。
「この、穢れなき純白のドレス……。そして、塔に幽閉されていたという悲劇的な生い立ち……。ああ、なんて尊いんだ……。その華奢な足で……オレの顔面を思いっきり踏みつけて、安息の地としていただきたい……!」
(やめろ! ヒメちゃんを変な性癖に巻き込むな! 通報されるぞ!)
京介の全力のツッコミも虚しく、チョットツは恍惚の表情で身悶えしている。ヒメが「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて後ずさる。
その時、天才軍師ロジックが、眼鏡をクイッと押し上げながら冷静に割って入った。
「チョットツ君、ステイだ。……失礼しました、お嬢さん。ゲーム開始直後から幽閉されていたとは……論理的に考えて、極めて理不尽なスタートでしたね」
ロジックは、紳士的な態度でヒメに語りかけた。
「まずは、ここで一旦セーブしておいた方が良いでしょう。今のままでは、万が一の事態が起きた際、リスポーン地点があの塔の内部になってしまう可能性が高い。論理的帰結として、それは『詰み』を意味します」
「あ、そうか。そうですよね」
ヒメは、ロジックの言葉に頷くと、広間の中央で紅蓮に輝くオーブ――セーブポイントへと歩み寄った。
(そうだよな。ヒメちゃんはセーブして、安全を確保すべきだ。僕みたいになるなよ……)
京介が、親心にも似た気持ちでその光景を見守る中、ヒメはそっとオーブに手を伸ばした。
ブゥゥゥン……。
不吉な低音が響き、ヒメの手が弾かれた。
そして、無機質なシステムウィンドウが、彼女の目の前にポップアップする。
【現在のモード、『囚われの姫』ではセーブ出来ません】
「えっ……? なんで!?」
ヒメが悲痛な声を上げる。
その表示を見て、周囲がざわつき始めた。
「セーブ出来ない!?」
「そんなモード聞いたことないぞ!?」
「バグか!? それとも呪いか!?」
信徒たちが困惑する中、京介だけは、深く、深く頷いていた。
(……僕はすごーく聞いたことあるぞ! むしろ、今現在進行系でそのモードだ!)
まさか、こんなところに「セーブ不可、ログアウト不可」の仲間がいるとは。
京介の中で、ヒメに対する親近感が急上昇する。同時に、このゲームの運営に対する殺意も限界突破した。
ショックを受けて立ち尽くすヒメの足元に、妖精猫ポヌルがふわりと降り立った。
「気にするなニャ、お嬢さん。お主の職業『囚われの姫』は、おそらく『クリアするまでがチュートリアル』という特殊な縛りが設定されているのニャ。システムに特別なプレイヤーとして認識されている可能性が高いニャ」
「と、特別……?」
「そうニャ。だから、これから我輩たちと一緒にこの魔王城をクリアすれば、全部解決だニャ。ハッピーエンドまでノンストップだニャ」
ポヌルの、適当だが頼もしい言葉に、ヒメは涙を拭い、顔を上げた。
「……はい! 分かりました! 落ち込んでても仕方ないですよね。私も、皆さんの戦力になれるように頑張ります!」
その健気な姿に、ロジックが感心したように頷く。
「素晴らしい覚悟です。ですが、その初期装備のドレスでは心許ないですね。ここは高レベルダンジョン。一撃で致命傷になります」
ロジックは、アイテムボックスを開きながら提案した。
「パーティー内で余っている装備を提供しましょう。幸い、我々は無駄にレベルが高い。倉庫の肥やしになっている低レベル帯のレア装備も、山ほどありますから」
◇
かくして、即席のファッションショーが始まった。
信徒たちが次々と取り出す装備品は、どれも初心者には垂涎ものの逸品ばかりだ。
「わぁ……! こんなに沢山!」
ヒメは目を輝かせながら、並べられた武器や防具を手に取っていく。
最終的に彼女が選んだのは、動きやすそうな純白の軽装鎧と、一本のレイピアだった。
「これがいいかな?」
ヒメがレイピアを構えてポーズをとる。
それを見ていたリアリーが、心配そうに声をかけた。
「うーん……。前衛職も悪くないけど、最初は後衛で安全にレベルを上げた方がいいんじゃないかしら? ここは魔王城よ。本来ならレベル1で挑んでいい場所ではないわ」
リアリーは、周囲の屈強な信徒たちを指差した。
「見て分かると思うけど、ここにいる皆はレベル100前後の廃じ……手練ればかりよ。流れ弾一発で蒸発しかねないわ」
「確かにそうですね……。でも」
ヒメは、少し離れた場所で、戦斧を片手に虚空を見つめている(ように見えるが実際は何も考えていない)キョウに視線を向けた。
「キョウさんは、レベル1と表示されてますけど、平気そうな顔をして立ってますよ? 大丈夫なんですか?」
その純粋な疑問に、リアリーは「ふふっ」と妖艶に笑い、人差し指を唇に当てた。
「あの人は特別よ。究極の『縛りプレイ』をしているの」
「縛り……プレイ?」
ヒメが小首をかしげる。
「そう。我々の常識は通じないわ。自ら過酷な制限を課し、その極限状態でこそ輝く……そういう高尚なプレイスタイルなのよ」
「へぇ……! 縛りプレイ……。なんだかすごそうですね。でも、言葉の響きがちょっと……変態さんなんですか?」
「違うわよ! そういう意味じゃないわ! ……まあ、変態はあっちにいるけど」
リアリーは、自分の腐った性癖を棚に上げ、未だに「蹴られたい……踏まれたい……」とブツブツ呟いているチョットツを指差した。
「気をつけなさい。あれには近寄らない方がいいわ」
「わ、分かりました! 気をつけます!」
ヒメは青ざめて頷くと、再び装備の山に視線を戻した。
そして、一つの武器に目を留めた。
「そっか。キョウさんはすごい人なんですね。……じゃあ、私は後ろから援護できるように、これにします!」
ヒメが手に取ったのは、美しい装飾が施された、エルフの弓だった。
「よし! これで私も戦えます!」
◇
その頃、京介はステータスを眺めていた。
【ステータス】
SPD:201
STR:550
INT:1
VIT:250
DEF:201
DEX:1
LUK:-999
(STRとSPDは大分上がったな。ああ、INTが欲しい⋯⋯)
その時、京介がある異変に気が付いた。
(あれ? 待てよ? 前にステータス確認した時って、STRが一番上に表示されてなかったっけ? いまはSPDが一番上になってる。これって並び替えられるのか?)
京介がそんな事を考えていると、装備を整えたヒメが、トテトテとキョウの元へ駆け寄って来て、キョウの横顔を見上げ、小さな声で言った。
「キョウさん。……仲間の方たち、みんないい人ですね」
(……まあ、半分以上は勘違いで構成されているけど、悪い人たちじゃないな。変態ばかりだけど)
京介が、心の中で苦笑いをした、その時だった。
ザザッ……ザザザッ……!
上空から、スピーカーから流れてくるような不快なノイズと共に、あの聞き覚えのある甲高い声が響き渡ってきた。
『フハハハッ! 虫けらどもが集まって相談か! 余裕だなァ!?』
(またお前かよ! チョウ・メード!)
京介はうんざりした。せっかくヒメちゃんの装備も整って、少し良い雰囲気だったのに。
『だが、それもここまでだ! お前たちに息をつく暇なんか与えてやらないぞ! 我が精鋭部隊の波状攻撃で、圧殺してくれるわ!』
(いや、充分息をついていたけどな……。着替えたり装備選んだりする時間、たっぷり待っててくれたし。意外と律儀だな、お前)
敵の「自称知将」の、あまりにも間の抜けたタイミングでの煽り文句に、京介は心底呆れた。
だが、次の瞬間。
広間の前方、暗闇の奥から、無数の赤い光が灯った。
「「「グオォォォォ!!!」」」
「「「キシャアアアアッ!!!」」」
地響きのような足音と共に、大量のモンスターの群れが、こちらに向かって雪崩れ込んでくるのが見えた。
「敵襲だ!」
「陣形を組め!」
ロジックの号令一下、信徒たちが即座に戦闘態勢に入る。
キョウもまた、手にした巨大な戦斧を、軽々と構え直した。
「ウガッ!」
京介は、アバターの内部で気合を入れ直す。
(来るぞ! 今度はヒメちゃんもいる! 守りながらの戦闘だ! 頼むぞ、僕の尻尾!)
「集団戦闘」と言う名の「防衛戦」が、今まさに始まろうとしていた。




