第99話 邂逅
魔王城・西の塔。
その最上階から、我らが狂戦士キョウは、まるで散歩にでも出るかのような気軽さで、鉄格子だったものを踏み越え、階段を降り始めた。
その後ろを、純白のドレスに身を包んだ少女、ヒメが、小走りで追いかける。
「ま、待ってください! キョウさん!」
(待ってあげたいのは山々なんだけど、こいつに「待つ」という機能は実装されていないんだ……!)
アバターの内部で、先師京介は、申し訳なさと共に、ヒメの健気な姿を見守っていた。
薄暗い螺旋階段を駆け下り、塔の出口を抜けると、そこには見覚えのあるような、ないような光景が広がっていた。
城壁から突き出した広大なテラス。
そして、その向こう側には、禍々しいデザインの鉄製の柵が設置されており、その先には、さらに下層へと続く階段が口を開けている。
(……ん? ここは……?)
京介は既視感を覚えた。
あの、マモルンジャーZと死闘を繰り広げた「中間地点のテラス」に酷似している。
だが、何かが違う。空気の重さというか、漂う気配が微妙に異なっていた。
「ここ……どこでしょう? 私、塔の外に出たのが初めてで……」
ヒメが不安げに周囲を見回す。
隣を飛んでいたポヌルが、ヒゲをピクリと震わせた。
「ふむ。座標的には、あの中間地点の近くだニャ。構造が似ているのは、マップデータのコピペ……ニャフンニャフン、魔王城の統一された建築様式による『仕様』だニャ」
(コピペかよ⋯⋯。まあこのゲームの運営なら、それくらいの手抜き、朝飯前だよな)
京介が呆れながら納得している間にも、キョウは迷うことなく柵の向こうの階段へと向かっていた。
野生の勘か、それとも単に「道があるから進む」というプログラムか。
いずれにせよ、立ち止まるという選択肢はない。
◇
一方その頃。
魔王城・中間地点、セーブポイントのある広間。
そこには、一度ログアウトして休息を取っていたギルド『破壊神の信徒』の面々が、続々と再ログインを果たしていた。
シュン、シュン、と光の粒子が集まり、プレイヤーの姿を形成していく。
紅蓮に輝くオーブの周囲に、見慣れた顔ぶれが集結していた。
最後にログインしてきたのは、銀縁眼鏡をかけた知的な男、天才軍師ロジックだった。
「……ふぅ。遅くなってしまい申し訳ない。私で最後のようですね」
ロジックが、少し疲れたような、しかし理知的な光を宿した瞳で周囲を見回す。
古参タンクのガンジョーが、重々しく頷いた。
「ええ。全員集まっていますよ。……マスター以外は、ですが」
その言葉に、場が静まり返る。
彼らの視線の先には、未だに地面にめり込んだままの巨大な分銅が鎮座していた。
昨日、彼らの神であるマスター・キョウは、この分銅の下で光となって消えた。
そして、ロジックの「超・転生進化」理論を信じるならば、マスターは今頃、レベル1からステータスを底上げし直すという、苦難の道を歩まれているはずなのだ。
マスター護衛隊長のチョットツが、分銅を撫でながら潤んだ瞳で言った。
「マスター……。オレは信じてますぜ。あなたが、さらに強くなって、オレたちの前に帰還されることを……!」
その隣で、腐女子プレイヤーのリアリーも、うっとりとした表情で両手を組んでいる。
「ええ……。一度死んで、記憶もレベルも失ったマスターを、ロジック様がイチから育て直す……! これぞ究極の育成愛! 『記憶喪失の野獣×献身的な参謀』の輪廻転生モノだわ……♡ 尊すぎて辛い……!」
それぞれの想い(と妄想)が交錯する中、ロジックが眼鏡をクイッと押し上げ、冷静に口を開いた。
「それでは、これからの方針を決めましょう。まず、マスターが居なくなってしまったので、論理的に考えてこのまま先に進むという選択肢は考えられませんね」
彼の言葉に、全員が同意する。
この先のダンジョンは未知の領域。マスター・キョウという絶対的な柱を失った今、進むことは自殺行為に等しい。
「我々はここで待機し、マスターの帰還を待つべきでしょう。あるいは、一度『始まりの村』まで戻り、マスターをお迎えに上がるか……」
「お迎えに行きましょう!」
チョットツが即座に反応する。
「レベル1のマスターを、この危険なダンジョンまで一人で歩かせるわけにはいきません! 今こそ、護衛隊長の出番です!」
信徒たちが、どよめき、話し合いを始める。
神の不在。
それは、彼らにとって最大の試練であり、同時に結束を強める契機でもあった。
◇
その頃。
京介たちは、塔の下に続く長い階段を降りていた。
コツ、コツ、と、キョウとヒメの足音が響く。
(……長いな。この階段、どこまで続いてるんだ?)
京介が退屈を感じ始めた頃、後ろをついてくるヒメとポヌルが、何やら話し込んでいるのが聞こえてきた。
「あそこの塔に来たのは、キョウが初めてなのニャ?」
「はい、そうですよ。ずっと一人ぼっちでしたから……」
ヒメが、心細そうに答える。
その言葉に、ポヌルが首を傾げた。
「このゲームのシステムなら、脱出を阻止するための『見張り』のモンスターが配置されていてもおかしくないのだがニャ?」
「あ、見張りならいましたよ!」
ヒメが思い出したように声を上げた。
「プレイヤーを見たのはキョウさんが初めてですけど、その前はずっと、見張りのモンスターが部屋の前にいました」
「見張りなのニャ? どんなモンスターなのかニャ?」
「なんか、全身黒い鎧を着た、悪魔みたいな見た目の、3体一組のモンスターです。大きな斧とか持ってて、すごく怖くて……」
(……ん?)
京介のアンテナが、ピクリと反応する。
黒い鎧。悪魔のような見た目。3体一組。
(それって、まさか……)
ヒメは続けた。
「でも、昨日だったかな? 突然、どこかへ呼び出されたみたいに、3体揃って居なくなっちゃったんです。それで、見張りがいなくなったからホッとしてたんですけど、結局鉄格子が開かなくて……。一人で心細かったんですよ。キョウさんが壁をぶち破って来てくれたお陰で助かりました」
(3体一組!? もしかしてあいつらか!?)
京介の脳裏に、あのふざけた戦隊名の三馬鹿トリオが蘇る。
ポヌルも同じことを考えたらしい。ニヤリと笑って尋ねた。
「その見張りの名前って、なんていうか知ってるかニャ?」
「ええっと、確か……頭の上に名前が出てましたけど……」
ヒメは記憶をたどりながら、ぽつりと答えた。
「『姫様マモルンジャー』とかっていう名前でしたよ」
(やっぱりかあああああああ!!!)
京介は、膝から崩れ落ちそうになった。
マモルンジャー。
あの、セーブポイントで京介たちを苦しめ、最後はキョウのゴリラパンチと魔法陣ボンバーで消滅した、あの中ボスたちだ。
(あいつら……! 元々はヒメちゃんの見張りだったのか! それを、あの自称知将チョウ・メードが、『セーブポイントマモルンジャーZ』に改造して、こっちに回したってことか!)
「なるほどニャ。人員不足による配置転換だニャ。魔王軍も世知辛いニャ」
ポヌルが呆れたように呟く。
(そのせいで、ヒメちゃんの警備が手薄になって、僕たちが簡単に救出できたわけか……。チョウ・メード、あいつ本当に無能なんじゃないか? 自分の策で自分の首を絞めてるぞ)
京介は、敵の幹部のあまりのポンコツぶりに、同情すら覚え始めていた。
そんな話をしていると、ようやく長い階段の終わりが見えてきた。
階段を降りきった場所は、黒い石でできた狭い通路になっていた。
通路の先は右に直角に折れていて、出口の様子は直接は見えない。
だが、その角の向こうから、何やらざわざわと、大勢の人の話し声が聞こえてきた。
「……始まりの村は……」
「……お迎えに……」
(人がいる? こんなダンジョンの深層に?)
ヒメが、不安そうにキョウの背中に隠れる。
キョウは、そんな警戒心など微塵もなく、「ウガッ」と短く吠えると、角を曲がった。
そこは、広大な空間だった。
そして、その中央で、毒々しいほどに鮮やかに輝く、紅蓮のオーブ。
(ここは、中間地点のセーブポイントじゃないか!?)
京介は驚愕した。
あの階段は、このセーブポイントのフロアに繋がっていたのだ。
そして、そのオーブを取り囲むように集まっていたのは。
「あ……」
数人のプレイヤーが、通路から現れたキョウの姿に気づき、動きを止めた。
見慣れた顔ぶれ。
ロジック。ガンジョー。チョットツ。リアリー。
そして、その他大勢の『破壊神の信徒』たち。
一瞬の、静寂。
時が止まったかのような沈黙が、その場を支配した。
最初に声を上げたのは、やはりと言うべきか、マスター護衛隊長のチョットツだった。
彼は、目を皿のように見開き、涙と鼻水を同時に垂れ流しながら、絶叫した。
「マ、マスター!!!」
その声が、爆発の引き金となった。
「何だと!?」
「マスター!? 本当にマスターなのか!?」
「生きておられた! いや、復活されたのだ!」
信徒たちが、雪崩を打ってキョウの元へと駆け寄ってくる。
その中心で、ロジックが、いつものように、しかし今回は感動でわなわなと震えながら、眼鏡を押し上げた。
彼の鋭い視線は、キョウの全身を走査し――そして、ある「異様な点」に釘付けになった。
「……ま、まさか。私の読み通り、いや、それ以上だというのですか……!」
ロジックは、震える指先でキョウを指差し、裏返った声で叫んだ。
「見よ! 同志諸君! マスターのあのお姿を! 身に纏っているのは『初期装備の腰布』のみ! レベルは間違いなく1に戻られている! だがしかし!!」
ロジックの視線が、キョウの右手に握られた、身の丈よりも遥かに巨大な鉄塊に向けられる。
「その右手に持たれているのは……あれは! 『魔王城の門番・ミノタウロスの戦斧』ではないか!?」
「「「なっ……!?」」」
信徒たちが息を呑む。
ロジックの解説は止まらない。
「推奨レベル50! 重量制限Aクラスの超重量武器だ! 本来なら、レベル1のプレイヤーが装備することなど、この世界の物理法則が許さない!」
だが、現実にキョウは、それを小枝のように軽々と片手でぶら下げている。
「あの日……マスターは気迫だけでこの戦斧を浮かせ、理に抗ってみせた。だが今はどうだ! 抗うどころか、完全に支配しておられる! レベル1でありながら、システム上の限界を超えた武器を装備可能……! これはつまり、マスターはあの分銅による死を乗り越え、『超・転生進化』を完遂し、レベルという概念すら超越した『真の強くてニューゲーム』状態で、再びこの地に降臨されたということだ!」
「おおおおおおおっ!!」
「レベル1なのに最強!?」
「システムすら凌駕するお力!」
歓喜の渦。
熱狂する信徒たち。
突然巻き起こったお祭り騒ぎに、キョウの後ろに隠れていたヒメは、目を白黒させていた。
「ひぃっ……!? な、何ですかこの人たち……? 目が……目がイッてます……! キョウさん、あっちの牢屋に戻りませんか……?」
(知り合いというか……信者というか……被害者というか……ごめん、僕も戻りたい)
京介は、アバターの内部で頭を抱えた。
レベル1に戻ったことは事実だ。
だが、それは「超・転生進化」などという高尚なものではない。ただのバグだ。
そして、彼らはまだ知らない。
このレベル1の狂戦士が、中身はゴリラ10頭分の筋力を持つ化け物であり、さらには「セーブ不可」という呪いを背負ったまま、ここに戻ってきたことを。
「ウガッ!」
キョウが、信徒たちの熱狂に応えるように(ただうるさいと威嚇しただけだが)、短く吠え、戦斧をダンッ!と床に叩きつけた。
その衝撃で、中間地点の床に亀裂が走る。
その隣で、ポヌルがニヤリと笑い、京介にだけ聞こえる声で囁いた。
「さて、役者は揃ったニャ。ここからが、本当の『無理ゲー攻略』の始まりだニャ」
京介は、深く息を吐き、そして、覚悟を決めた。
(ああ、そうだな。……行ってやるよ。このカオスな仲間たちと一緒に、魔王の首を取りに!)
レベル1の狂戦士と、レベル1の囚われの姫、そして勘違い信徒たち。
奇妙な一行の、魔王城攻略・再走が、これから、始まろうとしていた。




