第98話 囚われの姫
私は守野 姫。ごく普通の高校2年生。私は今、人生最大のピンチを迎えている。
ことの発端は、おとといの夜。
友達に「最近話題のVRMMOがあるから一緒にやろうよ!」と誘われたのが運の尽きだった。
私は、家に届いたヘッドセットを装着し、ワクワクしながらログインした。そして、名前を入力した、その直後だった。
『プロフィールを確認。あなたに最適なキャラクターを自動生成します』
「え? 自動生成? 待って、キャラメイクは?」
私の抗議も虚しく、目の前の画面でスロットマシンのように文字が回転し、ピタリと止まった。
『キャラクター「ヒメ」を作成しました』
『職業:囚われの姫』
「はい?」
囚われの姫?
職業欄に書く言葉じゃないでしょ、それ。
私は冒険がしたいの。剣と魔法の世界で、可愛い衣装を着て、草原を駆け回りたいの。
そんな私のささやかな願いを、無機質なシステム音声が粉砕した。
『特性:深窓の令嬢。自力でのエリア移動不可。誰かに助けられるまで、経験値獲得不可』
『初期スポーン地点:魔王城・西の塔(最上階)』
「ちょっと! ウソでしょ!?」
『それでは、良き幽閉ライフを!』
「待ってよぉ!!」
視界が暗転し、気づいた時には、私は石造りの冷たい塔の中にいた。
出口は頑丈な鉄格子で閉ざされ、窓からは遥か彼方の地面が見えるだけ。
ログアウトしようとしても、メニュー画面すら開かない。
(どうしてこんなことに……)
あれから丸二日。
私は、誰も来ない塔の中で、膝を抱えて途方に暮れていた。
もう、ここで干からびていく運命なのかもしれない。
その時だった。
ヒュオオオオオオオオオッ!!
窓の外から、凄まじい風切り音が聞こえてきた。
何かが、空から猛スピードで落ちてくる音。
鳥? 飛行船?
私が顔を上げた、次の瞬間。
ドガアアアアアアアアアアアアン!!!!
塔の壁が、爆発したかのように粉砕された。
土煙が舞い上がり、瓦礫が飛び散る。
そして、その土煙の中から、一人の男が――いや、一頭の「野獣」が、ぬらりと姿を現した。
筋骨隆々の肉体。
ボロボロの腰布。
手には、凶悪なトゲのついたナックルと、身の丈よりも遥かに巨大なバトルアックス。
そして、その瞳は、血に飢えた獣のように赤く光っていた。
「きゃあああああああああああっ!?」
私は、悲鳴を上げて部屋の隅に後ずさった。
「モ、モンスター!? 魔王の手下が、私を食べに来たの!?」
終わった。
幽閉された挙句、最後はモンスターの餌食。なんて最悪なゲームなの。
野獣が、私の方をギロリと見た。
◇
(あ、危なかった……!)
一方、先師京介は、瓦礫に埋もれながら、安堵のため息をついていた。
(ふぅ……。なんとか魔王城内部への侵入、成功だな……)
「きゃあああああああああああっ!?」
京介が悲鳴が聞こえる方を見ると、部屋の隅に向かって後ずさりしている、一人の少女が見えた。
純白のドレス、透き通るような白い肌、そして腰まで届く艶やかな黒髪。
どこからどう見ても、「儚げな美少女」だった。
(えっ!? 人!? こんなところに!?)
「ひぃっ! 来ないで! 食べないでぇ!」
少女が、涙目で叫ぶ。
無理もない。キョウの外見は、山賊かオークかといった風貌だ。おまけに壁をぶち破って入ってきたのだから、不審者以外の何物でもない。
(ちっ、違います! 僕はモンスターじゃありません! ただの通りすがりの狂戦士の犠牲者です!)
京介が必死に弁解しようとした(声は出ないが)、その時。頭上で、あの忌まわしきファンファーレが鳴り響いた。
ファンファーファンファーファーン!
【魔王城・西の塔にレベル1で到達しました】
【称号:光速の到達者を獲得】
【特典:ステータスボーナスを付与します】
【SPDに200加算します】
目の前の少女が、ハッとした表情で顔を上げた。
「……え? 今の音……システムメッセージ?」
少女の目に、警戒心とは違う、驚きと希望の色が浮かぶ。
「も、もしかして……あなた、モンスターじゃなくて、プレイヤーですか?」
その言葉に、京介は救われた思いがした。
(わかってくれた! そうです! プレイヤーです! ちょっと操作できないだけで!)
「ウガ?」
キョウが、小首を傾げて短く唸る。
すると、割れた壁の隙間から、ひょっこりとポヌルが顔を出した。
「やれやれ、派手に突っ込んだものだニャ。……おや? 先客かニャ?」
ポヌルは、状況を一瞬で把握すると、少女に向かってすました顔で言った。
「安心するニャ、お嬢さん。こいつはただの通りすがりの変態……じゃなかった、冒険者だニャ。『そうだ、俺はキョウ、プレイヤーだ。怪しいものではない』と言っているニャ」
しかし、少女はその言葉にパァッと表情を輝かせた。
「やっぱりそうなんですね! よかった……! 私、ヒメって言います!」
ヒメと名乗った少女は、堰を切ったように話し始めた。
「ゲーム開始と同時に、『囚われの姫』とかっていう変な職業に就かされて、そのままここに閉じ込められて困っていたんです! ログアウトも出来ないし……もう、一生ここから出られないんじゃないかって……!」
その目には、安堵の涙が浮かんでいる。
京介は、その言葉に、強烈なシンパシーを感じた。
(……僕と、一緒だ!)
開始直後のトラブル。ログアウト不可。運営の悪意に翻弄される被害者。
彼女もまた、このクソゲーの囚人だったのだ。
(大丈夫だ、ヒメさん。僕も似たようなもんだよ……。君のその『囚われの姫』っていう職業、僕の『操作不能の狂戦士』といい勝負のクソジョブだな……)
京介の中に、仲間意識が芽生えた。
助けてあげたい。
せめて、この部屋から出してあげたい。
その時、キョウが動いた。
彼は、ヒメの話など全く聞いていなかった様子で、部屋の出口を塞いでいる頑丈な鉄格子に近づいた。
そして、鬱陶しそうに鼻を鳴らすと、手に持っていたミノタウロスの戦斧を、無造作に振り上げた。
(あ、また壊す気だ)
「ウガァッ!」
ズギャアアアアアアアン!!
轟音と共に、鋼鉄製の鉄格子が、飴細工のようにひしゃげ、吹き飛んだ。
キョウにとっては、ただ「通り道に邪魔な棒があった」程度のことだったのだろう。
「ひゃうっ!?」
ヒメが驚いて肩をすくめる。
ポヌルが、したり顔で解説を入れた。
「『ここに来たのは偶然だが、ついでに道を開けてやった。感謝するが良い』……と、ツンデレ気味に言っているニャ」
(言ってないけど、まあ、結果オーライだ!)
鉄格子がなくなり、下へと続く階段が姿を現した。
キョウは、ヒメのことなど気にも留めず、スタスタと階段を降りようとする。
慌ててヒメが声をかけた。
「あ、あの……! 私……私も、ついて行っていいですか? ここから一人で生きて帰れる気がしないんです……。私、戦う力なんて何もないし……」
不安げに上目遣いで見つめるヒメ。
京介は、即座に思った。
(もちろん! 置いていくわけないだろ! 同じ被害者同士、協力してこのクソゲーから脱出しよう!)
京介は、全力で尻尾を縦に振って肯定の意を示そうとした。
だが、キョウは、京介の意志とは関係なく、「ウガァ」と面倒くさそうに一つ吠えると、さっさと歩き出してしまった。
「あ……」
ヒメが悲しげな顔をする。
すかさずポヌルがフォローに入った。
「『勝手にしろ。ただし、俺の背中についてくるなら、命の保証はしてやる』……と、キザに言っているニャ」
(お前、今日いい仕事するな!)
ポヌルの超訳に、ヒメの顔が輝いた。
「ありがとうございます! キョウさん!」
ヒメは、ドレスの裾をたくし上げると、小走りでキョウの後を追いかけた。
その背中を見ながら、京介は思った。
(……守らなきゃな)
自分と同じように、理不尽に巻き込まれた少女。
彼女を無事にログアウトさせることが、京介の新たな、そして明確な目標となった。
(ようやくまともな『普通の子』が出てきたな。……いや、待てよ。まだ油断はできない。彼女にも何か『裏』があるんじゃないか……?)
一抹の不安を抱えつつ、京介は、新たな仲間と共に、魔王城の攻略を再開するのであった。




