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綺羅の衣に糸の巻く 〜魔術師の孫と天の龍人〜

作者: 日土草花

「僕が君を愛することはありません」


 夫婦となった夜、妻に告げるにはあまりにも非道で理不尽な言葉。過激も過ぎれば一周回って陳腐ではないかしら。


「……それはどういう意味ですの?」


 空惚けたわたくし、イリージア・レーテの言葉に、先ほど夫になったばかりのひとは眉間の皺をギッと深くする。


「意味ですって? 分からないとでも?」


 怒りに燃える瞳は人ならざるもの--龍を示す夜明けの黄金色に燦いて。薔薇よりは淡く、蓮よりも深い色味の髪は腰まで長さで豪奢に波打って麗しく。象牙色の肌にはシミひとつなく、スッと通った鼻筋に左右対称の完成された顔立ちは凛々しさと華やかさの絶妙なバランスで。研ぎ澄まされた刃のように丹念に磨かれた肉体。スラリとした長い指で小鳥を愛でるように頭を撫でられたなら、なんでも許してしまえるだろうと思わせる優艶な姿。


 美しさって罪ね。とイリージアは感嘆する。

燃え立つような怒りすら美しさを引き立てる要素でしかないのだから……ああ、だから、この世から罪が無くならないのだわ。



「僕に薬を盛って、意識のないまま結婚式を済ませたのは君の仕業でしょうがこの犯罪者!」



ーーそう、すべてはわたくしの夫が美しすぎるせい!


 胸中で嘯きながら、誘拐婚の主犯であるイリージアはうっとりと微笑んだ。


「皆さま美しい婿だ、と絶賛されておりましたわ。とは言え、私はクロトさまの艶やかな金眼と見つめあえなかったことが残念でなりませんでしたが」

「僕は眠っていようと美しいですし君の婿などと呼ばれるのはお断りです。明らかに意識のないものと無理矢理式をあげるなど、君と君の言う『皆さま』どもに罪の意識はないのですか?」

「まあクロトさま、曽祖父から兄まで皆さますっかり笑顔で言祝ぎをしてくださいましたのに……照れていらっしゃるのね、お可愛らしいひと」

「一族総出で犯罪者!!ああ……なぜ僕がこのような目に……」


 ため息ひとつも麗しい。

 そんな私の夫の名は、クロト・T・ラケシアトスさま。華やかなお名前に相応しい容姿と騎士の位を持ち、公言されてはいませんが隣国の高貴な血をひく龍なる人でいらっしゃいます。


 全てを兼ね備えたクロトさまならば物語のように引く手数多、年頃のご令嬢がチヤホヤと持て囃すもの、と思われるかもしれませんが、いくら麗しいものに惹かれても乙女としては自分より美しい夫という存在は引け目を感じてしまうもの。

 況してや、クロトさまは外面に欠点はなくとも内面、つまりは性格に少々足りない部分がありますので、私が婚姻できる年まで恋人のひとりもいらっしゃいませんでした。


 私からすれば、クロトさまがご自身の容姿に自信がありすぎること、など欠点どころか愛らしい限りだと思うのですけれど。不思議なものです。


 そんなわけで、独り身でいらしたクロトさまにちょいちょいとお薬を混ぜたお茶をお出しして、うちに連れ帰ってサクッと挙式をするまで邪魔者もなく計画通りに済みましたことは幸いと言えるでしょう。


 あとはクロトさまから私を妻と認める言葉を吐かせるだけ。簡単なお仕事ですわね。



「クロトさまはご自身より美しくない女は妻に相応しくないとお考えですか?」

「いつ僕がそんな話を?僕が伴侶に求めるのは互いに信頼と敬意を持つことができる関係です。分かりますか?犯罪者の貴方とは成り立たない関係ですよ」

「まあ……私、クロトさまに並べるほど美しくはありませんが……クロトさまを誰より愛している妻であることだけは間違いありませんわ。それが罪ならこの世はなんと理不尽なことでしょう」

「さりげなく妻と宣言しないように。認めませんからね。だいたい、誰であろうと僕の方が美しいに決まっていますし愛ではなく手段が犯罪なんですよ」

「クロトさま、それは仕方ありません。恋と戦争に手段は選べませんのよ」

「選べますし選びなさいこのおバカ!レアティエルは法治国家ですよ!おふざけの相手が僕でなければ今頃君は冷たい石牢入りなんですよ!」


 麗しい唇から吐かれるキャンキャンとした子犬のような喧しい叫びに、イリージアはため息を吐く。


 どうしてかしら。私の夫、クロトさまはこんなにも美しいのだけれど、時々とっても頑固者なの。おかげで真剣な話のはずが、すっかり三文芝居だわ。


 自分の傍若無人を棚上げして、イリージアは美しい龍人の夫、クロト・T・ラケシアトスを仰ぎ見る。



ーーそもそも、こんな犯罪に手を染めるくらい本気だとわかって欲しいのに。



 今まさにあなたの人生をめちゃくちゃにしている犯罪者に向けた罵倒が「おバカ」? その甘さには呆れを通り過ぎて怒りすら生まれてしまうわ。クロト様の寛容を通り過ぎた鈍感さは、可哀想で、可愛らしくて、ほんのちょっぴり憎らしい。



「……乙女の決心を『おふざけ』とバカにするなんて、ひどいですわ」

「馬鹿以外に何がありますか!」



 逆立つ髪に震える肩。ギリギリと食い縛る歯に怒りに赤らむ頬。自然と漏れ出る威圧。

 龍人の硬く握った拳は、一度振えば人間の一人や二人、簡単に砕ける凶器。けれど、イリージアがそれを恐れたことは一度もない。

 なぜならば。



「イリージア、君は僕の孫でしょう!」

「実の孫ではありませんわ!」



 イリージアはこの世に生まれた瞬間から、クロトに溢れんばかりの無償の愛を注がれて育った自覚がある。それは純粋な、まじりっ気ない完璧な家族愛だが、恋や愛はいずれ家族愛に落ち着くもの。


ーーならば逆もあり得るでしょう。

 イリージア自身が証明だ。



「落ち着いてくださいまし。世間ではよく言われるらしいですよ?手づから好みに育て上げた娘を娶るのが男の浪漫とか?」

「そんなのは対等な相手と向き合って信頼関係を築くことができない無能の戯言か下衆の妄言です。聞き覚える価値もないことですので一切をお忘れなさい」

「違うんですのよ!クロトさまの倫理観には感嘆致しますが素朴な娘が年上の王子様に求められ磨かれるのも乙女の浪漫ですのよ!お祖父様だってそうだったと私知っているんですから!」

「アレの話はおよしなさいややこしくなるから!昔から貴方の少女趣味は知っていますが、現実を見なさいと散々言い聞かせてきたと言うのにどうして……!」

「だって……クロトさまは私の肌を隅々までご存じなのでしょう? それに私もクロトさまの肌の温もりを知っておりますし……他にお嫁になんて行けませんわ」


 よよ、と泣き真似をすればクロトさまは白い顔を真っ赤に染める。それが恥じらいではなく怒りというのがちょっと惜しいけれど、打てば響く反応は楽しいもの。ああ、叶うなら羞恥に赤面させて泣かせたいものだわ。



「誤解を招く言い方はおやめなさい!あなたが視界もはっきりしないような赤子の時に沐浴を手伝っただけです!僕はあなたのひいおじい様とひいおばあ様のもとで育ち、あなたの祖父に代わってあなたの父のマリウスを育てたんですからね!言わば祖父と孫の関係です!こんな結婚成立しませんよ!」

「我が家は誰も反対しておりませんし、ひいおばあ様が養子の籍は入れてないから大丈夫って言ってましたわ」

「そんな時だけ法を盾にするんじゃありません!いや、僕の権利が無視されているだけか……!」



 頭を抱えて唸り出す私の夫。この素直さもまた、私の家族に愛される美点ね、としみじみ思う。見た目も中身も、こんなにも美しい生き物をイリージアは知らない。



 イリージアはゆっくりと歩み寄る。

 そもそも、塞ぐつもりで寝台を背にしている時点で甘いのです。



 初夜にふさわしく豪奢に飾り立てた寝台よりも、煌びやかに仕立てた婚礼衣装よりも、何より目を惹く美しいひと。

 部屋のわずかな明かりにすら、輝く姿は手を伸ばさずにはいられない。



きらきら、きらきら。

金色の瞳が。

薔薇色の髪が。

きらきら、きらきら。



(ーーこの光にずっと焦がれてきたのですから)


 本来の血筋からすればイリージアでは視線を交わすことも叶わないほどの高貴な家に生まれた龍の神童は、運命にコロコロ転がされた果てに我が家で暮らすようになりました。紆余曲折は詳細を語れば歴史書一冊分になるほどですが、大切なのは今が私との初夜、ということだけ。



「クロトさま」

「近寄るんじゃありません」

「初夜を、始めますわ、よッ!!」



 スパァン!と勢いよく足払いを仕掛けるけれどこれはフェイク。

 龍人の頑強な足に勢いよく蹴り付けたら当然、汎人の女の足は良くて打撲、下手すれば骨も折れるでしょう。それを避けようとクロトさまが衝撃を殺すよう無理に体勢を変え、油断したところへ胸元に隠していた曽祖父直伝の秘薬を鼻先へ叩き込む!

「わぁッ!」

 超速攻性の麻痺薬を始め、諸々の効能が盛り込まれた秘薬を食らったクロトさま。

 ぐらつく体は、まあ、なんということでしょう。ぽすんと柔らかな寝台に投げ出され、とっても美味しそうな据え膳に。



「う、うわァァ!!嫌だ嫌です何が悲しくてハーヴィルそっっっくりな君と結ばれなきゃいけないんですかイヤーーーーーッ!」



 ハーヴィル、とは私と瓜二つと言われる祖父で、クロトさまの天敵だったそう。曽祖母似の中性的な美少女とよく言われる容姿をしていた人で、性格は曾祖父によく似ています。

 父は早逝して母を一人にした祖父が大嫌いですが、私はそれほど嫌いではありません。祖父が早逝して父をクロトさまに託さなければ、私はクロトさまとは会えなかったでしょうから。


「はは、寝所で私以外の名を出すとは無粋な」

「オァァちょっと似せるのやめなさい鳥肌がすごい!!助けてマリウス!!駄目だあの子も裏切っていましたね!!アグノー!!助けなさいアグノー!!笑ってるの知ってますよ!!」


「ーーアッハ!ハハハ!イリージア!さすがに今日はちょっと無理だ!戦略的撤退!」



それから、爆笑しながら扉を開けた私の兄・アグノーによって仕方なしに今夜はお開きとなりました。

 ちなみにマリウスとは私の父ですわ。私と同じでクロトさまが大好きなんですの。あ、父の大好きはあくまで家族愛ですわよ。父は母を愛してますので。


 アグノー兄様の小脇に抱えられ、宙ぶらりんのまま運ばれるのは久しぶりです。芋虫のようにシーツに包まれているので、私抵抗もできません。



「兄様は初夜を迎えられなかった妹をかわいそうに思わないので?」

「いや、どっちかと言えば肉食獣に騙し討ちで襲われてたクロト爺がかわいそうだろー?クロト爺、潔癖だし。誰よりもロマンチストで乙女だろ。気長にやれよ?箱入りなんだからな」

「……ええ、ええ。クロトさまはお優しい方ですものね。これからはじっくり、ゆっくり、ねっとりと搦手で致しますわ」

「そうそう。クロト爺、最強種だからかなー。大抵のことじゃ死なないし傷つかないから、隙だらけだし絆されやすいし流されやすいし、結局チョロ甘なんだよなー」

「そこが!かわいいのです!さすが私の夫!」

「んー、まあ……頑張れー」


 クロト様が立てこもった扉を見ながら言ったアグノー兄様。それはどちらへの声援ですの。


 まあ、アグノー兄様も理解しているでしょう。

 今日は劇薬。明日からはゆっくり懐柔するまでのこと。


 何せ私、恋に手段を選ばぬ乙女ですので。






クロト 76歳

イリージア 16歳

見た目は青年と少女で釣り合っている。

龍人は寿命がたいへん長い。

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