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其ノ壱 414号室 四①

 不禍(わざわず)高校は、令和になってから設立された新しい学校だ。

 そのため歴史が浅く、運動部も文化部も際立った成績を残していない。

 だからだろうか……どこの部活もモチベーションが高く、大会やコンテストに熱烈な気迫で臨んでいるという。


 周りがそんな空気の中、俺は高校三年間を帰宅部で通すつもりだった。

 せっかくの一人暮らしなんだし、アルバイトでもしながら自由気ままにやっていこうと考えていたのだ。


 にも拘わらず、俺は桜野先生に半ば強制的に料理研究部へと入れられてしまった。

 朝会(ホームルーム)が終わって早々呼び出されたので何かと思ったら、入部届けを出しておいたからと言われて驚いた。

 あの人、可愛い顔してずいぶん強引なタイプだ。


 そもそも料理研究部とはどんな部活なのか?


 説明を聞くに、既存のレシピを研究して改良したり、創作料理を考案したり、文化祭でそれらを発表するといった活動をしているらしい。

 顧問は桜野先生で、部員は女子ばかりが二十名ほど。

 部内で包丁すら握ったことがないのは俺だけで、女子達に謎のマウントを取られながら包丁の使い方を一から習うのが初日の活動となった。


 5時のチャイムが校庭に鳴り響いてくる頃、ようやく部活から解放された。

 普段使わない筋肉を使ったので、どっと疲れた気がする。

 ……精神的にもだ。


「それじゃ、お疲れ様でしたっす」

「あ、待って宗像くん。きみにはこの後、買い物に付き合ってもらいます」

「へ? 買い物⁉」

「食材がなくなってきたから、今日のうちに買い足しておきたいの」

「はぁ。わかりましたよ」


 俺の部活はまだ終わっていなかった。

 神稲(くましろ)山の向こうに夕日が沈む姿を横目に、俺は先生と最寄りの商店街へ向かうことに。


 食材の購入は通常、部長と副部長が行うらしいが、俺が入部してからは俺と監督役――今日は桜野先生――の担当ということになった。

 なんで俺が選ばれたのかと言うと――


「いいですか、宗像くん。野菜もお肉も、お店や時期によって値段は変わります。部費も潤沢ではないので、基本的には最安のお店で買うようにしてくださいね」


 ――つまるところ自炊学習も兼ねているというわけだ。


「やっぱり男手があると楽ですね♪」


 商店街からの帰り道、食材の詰まった袋を抱えた俺を見て先生が笑っている。

 可愛らしい笑顔をありがとうと言いたいところだが、こんな役回りを毎週やらされると思うと今から気が滅入ってしまう。

 これじゃますます自炊への関心が薄れていきそうだぞ。


「あのさ、先生。俺、まだ料研に入部するって決めたわけじゃないんだけど」

「料理を学ぶことは良いことですよ。ただでさえ物価が上がっているのだから、少しでも安く美味しい料理を作れるようになれば将来の暮らしも楽になります」

「料理なんて面倒くさいよ。やっぱり俺はコンビニ弁当の方がいいな~」

「ダ~メ。栄養が偏るでしょう! それに日々の生活費を少しでも浮かせないと、今後大変なことになりますよ!」


 それはごもっとも。

 とは言え、さして興味もない部活に熱中できるようなモチベーションは俺にはなさそうだ。


「そうそう。きみのお家を訪ねるのは来週の木曜日になりそうです」

「えっ。休みの日に来るの⁉」

「私も色々やることがあるのです。右も左もわからない新米教師なのですからねっ」

「自慢げに言うことじゃないよ、先生」


 来週の木曜と言うと、ゴールデンウィークの初日じゃないか。

 休みの日に先生と顔を合わせるのかぁ……でもまぁ、桜野先生と話すのは楽しいからな。


 それから部室に戻ってもすぐには帰れず、冷蔵庫の効率的な収納方法を教えられた。

 先生が教育熱心なのはわかったが、おかげでマンションに着くのは想定よりずっと遅くなってしまった。


「ったく。この調子だと、部活の日はいつも帰りが遅くなりそうだな」


 愚痴をこぼしながらエレベーターを降りると、いつもより外廊下が明るいことに気付いた。

 エレベーターの隣――407号室の窓に明かりがついていたのだ。


「俺以外にも四階の住人っていたんだな」


 他の階の住人とは稀に玄関ですれ違うが、同じ階の住人の存在を確信できたのはこの日が初めてだった。

 たった一つでも部屋の明かりが増えると心強くなる不思議。

 414号室(自分の部屋)で霊現象の類も起きないし、事故物件を疑ってビビっていたのが馬鹿みたいだ。

 雷門達が言うように、やっぱり俺の考え過ぎだったみたいだな。





 ◇





 次の日も特に前日と変わらない感じで時間が過ぎていった。

 一緒に下校できないことを雷門がブー垂れていたが、部活をサボると桜野先生からチクチク言われそうなので素直に参加せざるを得ない。


 その日は6時過ぎには家に帰れたが、やはり帰宅部だった頃に比べると帰りがずいぶん遅くなってしまう。

 自由時間が減っている以上、真っ当な料理を作れるようにならないと元が取れないぞ。


「あれ」


 外廊下を歩いていると、昨日とは違う部屋に明かりがついていた。


 407号室の窓が暗い代わりに、すぐ隣の408号室に明かりがついている。

 どうやら俺以外に最低でも二人以上は四階に住んでいたらしい。

 家主はたぶん社会人かな……学生とは生活サイクルがまったく異なるみたいだ。





 ◇





 日付が変わり、今日は土曜日。

 親から掛かってきた電話で目を覚まし、適当に受け応えして安否確認を終える。

 その後、台所の棚にしまっていたカップ麺で朝食を終える――と思ったら、もう昼じゃないか。

 昨日、深夜までようつべ(・・・・)を視ていて寝るのが朝方だったからなぁ。


 ピコン、とスマホ画面にLANE(レーン)の通知が入った。

 雷門からのメッセージだ。


「うわっ。あいつら、今日も俺ん()に来る気かよ!」


 あの連中には、前に来た時に部屋を荒らされたのであまり家に上げるのは気が進まない。

 その片付けも済まないうちにまたやってくるとは、ずうずうしい奴らだ。


 土日は出掛けるから無理と返信しようとしたら、ケースで飲み物を持っていくと言われたのでやむなく許可を出した。

 一人暮らしでは、背に腹は代えられないのだ。


 結局、土日を通して雷門達と共に過ごすことになってしまった。

 飛田がお古のゲーム機を持ってきてくれたので、四人で夜通し遊ぶには困らなかった。

 でも、ソフトが俺の不得意なアクションゲームしかなかったので、対戦で九割方負けてムカついた。

 三人が帰った時にはやっぱり部屋がゴチャついてしまったけど……ゲーム機を置いて行ってくれたので許してやろう。


 夜、ゴミ出しに部屋を出ると、410号室の窓から明かりが漏れていた。

 他の部屋に電機は付いていなかったけど、なんだか四階も賑やかになってきた感じがするな。





 ◇





 そして迎える四月最終週。

 月曜は料研が休みなので、放課後は雷門達と商店街のゲーセンへ。

 6時を過ぎる頃には追い出されてしまったので、マンションに戻ったのは7時前だった。


 今日は411号室の窓に明かりがついていた。

 その一方で、他の部屋は相変わらず暗いまま。

 一日ごとに別々の部屋に明かりがついているのを見られるなんて、なかなか面白い偶然だな。





 ◇





 次の日は料研があったので、やはり6時頃の帰宅となった。

 この日、外廊下に明かりが漏れているのは412号室の窓のみ。

 なんだかんだ四階もたくさん人が入っているのがわかって、改めて安心した。


「ん?」


 412号室の前を通った時、窓に人影を見た。

 このマンションの部屋は、廊下側にすりガラスの窓がついている。

 窓の手前にはちょうどキッチンがあるので、住人が夕飯の支度でもしているんだろう。


 俺もそろそろ料理の一つでも作ってみないとな。

 木曜日(あさって)には桜野先生が来るし、キッチンがピカピカのままだったらまた小言を言われそうだ。





 ◇

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