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其ノ壱 414号室 三

 次の日、都内はなんとも曖昧な天候に悩まされていた。


 雨が降ったと思ったらすぐに止み、晴れてきたと思ったら雨が降る。

 朝、家を出る時には雨が降っていなかったので傘を持っていくか迷ったが、スマホの天気アプリは夕方まで曇り時々雨という予報だったので持っていくことにした。


 案の定、雨は学校に着いてから降り始めた。

 降っては止み、止んでは降るの繰り返し。

 今日は体育の授業がなくて良かった。


「臣人、今日お前ん()行こうと思うんだけどいいか?」


 休み時間、雷門が唐突に切り出してきた。

 隣には、飛田と月岡もいる。

 どうやら三人して俺の家に押しかけてくるつもりらしい。


「別にいいけど、来るなら飲み物くらいは持参してくれよな」

「色々持ち込んでやるよ。俺達の秘密基地候補だからな」


 なんだよ、秘密基地って……小学生か!

 何やら調子に乗っておかしな物を持ち込んできそうだな。

 気を付けないと、俺の部屋がとんでもないことになりそうだ。


「それと、これやるよ」

「? なんだこれ」


 雷門がこれまた急に四角い紙を渡してきた。


「財布にでもしまっておけよ。いざと言う時に使えるようにさ」

「だからなんだよ、これ」

「お前、コンドーム知らねぇの?」

「えっ‼」


 さらりと言われて、俺は身が固まった。


 これが伝え聞くコンドーム……⁉

 実物を初めて手にしたが、こんな平べったいものがああなる(・・・・)のか⁉


「な、なぜゆえこれを俺に?」

「だって近いうちに家に女を連れ込むだろ」

「はぁ? 俺が? 誰を?」

「乙女ちゃん」

「はぁっ⁉」


 思わず声を荒げてしまい、クラスメイトの注目を一身に集めてしまった。

 にやにやしている飛田と月岡が恨めしい。


「あのなぁ、俺はそんなつもりで先生を家に呼ぶんじゃないぞ」

「冗談だよ。つーかマジでそんな関係だったら引くわ」

「だだ、だったらなんでこんなもん……っ」

「言っただろ、いざと言う時のためだって。とは言っても、後生大事にお守りにはするなよな」

「ったく。なんだよそれは……」


 チャイムが鳴って、みんな自分の席へと戻っていく。


 その際、隣の席の女子が俺の手にあるそれ(・・)を見て固まっていることに気が付いた。

 慌てて財布へとしまったものの、時すでに遅し。改めて彼女の顔を見ると、赤面して俺から目を反らしていた。


 ……頼むから先生に言いつけたりしないでくれよ。





 ◇





 放課後、俺は雷門・飛田・月岡を連れて帰路へついた。


「飛田、部活はいいのか?」

友達(ダチ)からのお招きを断るなんて野暮はできねぇよ‼」

「つーかお前、何部なの?」

「まだ決めてねぇよ! しばらく体験入部を続けるつもりだからな‼」

「あそう」


 俺達四人の中で部活に入っているのは飛田だけで、あとは全員帰宅部だ。

 放課後は少し話して解散するのが常だったが、今日は四人揃って通学路を歩いているのでなんとも不思議な気持ちになる。


「臣人の住んでいるとこって神褪(かみさめ)町だっけ?」

「ああ。神褪町三丁目のサンクチュアリ神褪」

「なんか神々しい名前のマンションだな」

「けっこういいところだよ。駅やコンビニも近いしね」

「そんなところに一人暮らしとか最高だな!」

「そうか?」

「いつでも女の子を連れ込めるじゃん」

「お前、そんな話ばっかり」


 雷門の言葉に呆れていると、ポツポツと雨が降り始めた。

 見上げても空は明るい。

 曇り空ではないから大降りにはならないと思うけど――


「うわっ。傘なんて持ってねぇよ!」

「しゃーない。コンビニでビニール傘買ってくか‼」

「ちょうどそこにコンビニがあるよ」


 ――雷門達は慌てて近くのコンビニへと駆け込んでいってしまった。


「ったく。いざと言う時に持っていないから」


 傘を持ってきて正解だったな。

 天気アプリの予報もなかなか馬鹿にならないもんだ。


 俺が傘を開くと、示し合わせたかのように雨音が強くなり始めた。

 まさか大降りになるなんてことはないよな……と不安に思っていると、視界に気になるものが映った。


 対面の歩道――その道端で、傘も差さずに屈んでいる女性がいる。

 空色のワンピースを着ていて、足にはヒールサンダル。

 腰まで届きそうな長い髪は湿って背中に張り付いているのに、まったく気にする様子がない。


 女性は屈んだままじっと空を見上げていた――いや。その視線の先には山が見える。

 あれはたしか神稲(くましろ)山だ。

 山と言っても正しくは小高い丘らしいが、木が生い茂っているので山と呼ばれている。

 中腹には神社があって、祭りの時期は屋台などで賑わうと聞いた。


 この雨の中、どうしてそんな山を眺めているのか知らないが、俺はとっさに歩道を渡って彼女のもとへと駆け出していた。

 そして速やかにその頭上に傘を差し出し、ありきたりなセリフを吐く。


「風邪ひきますよ」


 女性はキョトンとした顔で俺を見上げている。


 ……不思議な感覚だった。

 女性の表情ははっきり見えているはずなのに、なぜかぼんやりと霞がかっているような――うまく言えないが、はっきりと認識できなかった。


 それに小雨とは言え、しばらく雨に当たっていたことで女性は全身ずぶ濡れになっていた。

 湿った服は肌に貼り付き、うっすらと白い肌が浮き出ている。

 それを見た俺は、慌てて目を反らした。その光景は、俺にはちょっと刺激が強過ぎる。

 ……この人、ブラをつけていないんだもんよ。


「だ、れ?」

「えっ。あ、俺は……宗像」

「……」

「宗像臣人」

「……」

「高校一年、男子、帰宅部、です」

「……」


 誰と聞かれたから自己紹介をしたのに、女性はじっと俺を見上げたまま黙っていた。

 こんなにまじまじと見つめられたら、気恥ずかしくなってくる。


「そ、う。それ、じゃ――」


 女性が口元を緩めた。


「――オミくん、ね」


 初対面でいきなりの名前呼び。

 しかも、語呂良く略されている。


「傘も差さずにいたら風邪ひいちゃいますよ」

「……うん」

「寒くないんですか?」

「……さむい」


 女性は思い出したかのように両腕で身を抱いた。

 にわかに震えてもいる様子。


「あの、でしたらこれ」


 ポケットから取り出したハンカチを女性に差し出した。

 幸い、今日はハンカチを使うことはなかったから汚くはないはずだ。


 女性はハンカチを受け取るや、雨に濡れた顔を拭い始めた。

 そしてゆっくりと立ち上がると――


「ありが、とう」


 ――俺を見下ろしながら、屈託のない笑顔を見せてくれた。


「……っ」

「どうか、した?」

「いえ、別に」


 女性の身長が想像以上に高くて驚いてしまった。

 屈んでいる時には気付かなかったが、この人たぶん2メートル前後ある。

 179センチある俺が顎を上げないと目を合わせられないほどの身長差なのだ。

 こんな長身の女性――というか人間――を生で見たのは初めてだった。


「かさ、かして、くれる、の?」

「え? あ、はい……どうぞ」


 女性の顔を見るために傘を掲げただけだったが、彼女はそれを傘を差し出す行為と勘違いしたらしい。

 今さら違うとは言えず、そのまま女性に傘を渡すことにした。


「うれ、しい……ありが、とう」


 女性が傘を持つと、俺の顔に雨粒が当たり始めた。

 この身長差では、間近にいても相合傘なんて成立しない。

 でも、黒色の傘は彼女の姿に恐ろしく映えていた。


 不意に、女性が屈んで顔を近付けてくる。

 それに合わせて胸の谷間も急接近してきて、ますます目のやり場に困ってしまう。


「……どこ、から?」


 一瞬その質問に困惑したが、どこに住んでいるのかを聞かれたのだと察した。


「俺、この先のサンクチュアリ神褪ってマンションに住んでいます。最近、引っ越してきたばかりですけど」

「そ、う」


 直後、女性は一層俺に顔を近付けてくる。

 鼻先が触れそうになったので、思わず後退ってしまった。

 それを見て、彼女はくすくすと笑う。


「わたし、ミヤコ」

「ミヤコ……さん」

「おれい、する、から」

「そんな。気にしないでくだ――」


 その時、コンビニの方から雷門達の声が聞こえてきた。


「臣人~待たせたな~」


 三人は揃ってビニール傘を差しながら走ってきた。

 ……間の悪い奴らだな。


「傘も差さずに何やってるんだ?」

「いや、傘はこの人に……」

「この人って?」

「あれ」


 気付けば女性は――ミヤコさんは消えていた。

 一体いつの間に立ち去ったのか。

 傍にいたのにまったく気が付かなかった。


「お前、傘持ってたよな? どこにやったんだよ」

「……」

「臣人、どうした?」

「いや。なんでもない……行こう」


 まるで白昼夢でも見たような気分になったが、手元に傘はないし、ポケットにハンカチもない。

 幻なんかじゃない――ミヤコさんはたしかに存在したのだ。


 その後、俺は三人を連れてマンションに戻った。

 はしゃぐ雷門達にやきもきしつつ、四階の外廊下を歩いていると――


「ん?」


 ――手すり壁の向こうに、マンション一階の玄関前で傘を差したまま立ち止まっている人物を見つけた。

 あの傘の色には見覚えがある。俺が普段使っている傘と同じ色だ。


「414号室ってここか」

「角部屋じゃん。日当たり良さそうだな‼」

「玄関に宅配ボックスもあったし、高校生の一人暮らしには勿体ないね」


 三人がドアノブを動かす音に気を取られたのは一瞬。

 再び玄関前に視線を戻した時には、そこに誰の姿もなかった。

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