其ノ壱 414号室 二
「――ってことを悩んでいるんだけど、みんなどう思う?」
俺が喋り終えると、周りの連中はパンを頬張りながら黙りこくっていた。
昼休み、気の合うクラスメイトと屋上で昼食をとるさなか、談笑ついでに悩み事を相談してみたのだが……どうにも反応が悪い。
「臣人さ、その部屋を事故物件だとわかっていて契約したんじゃないのか?」
最初に口を開いたのは、正面に座っている茶髪のイケメン男子――雷門だ。
知り合ってまだ二週間とちょっとなのに、すでにクラスメイトを名前で呼ぶようなネアカな奴。
陽キャから陰キャまで男女問わず気さくに話しかけるようなムードメーカーで、当然のようにクラス委員長となっている。
入学早々、家が爆発した謎の人物としてちょっとした有名人になっていた俺は、初日から早速クラスで浮いていた。
そんな時、声を掛けにくい空気を打ち破って話しかけてくれたのがこいつなのだ。
俺がクラスに溶け込めたのも、雷門のおかげと言っていいだろう。
実際、感謝している。
「事故物件だとわかっていたらさすがに契約しないって!」
「なんで今頃気付くんだよ。そういう曰く付きの物件て、紹介された時に不動産屋が何か言うもんじゃないのか?」
「う~ん。その時は親と一緒にいたから、あまりちゃんと話聞いてなくてさ」
「なんで?」
「一人暮らしってことで、ちょっと舞い上がっていたと言うか……」
「気持ちはわかるけど、話は聞いとけよ」
「それはそうとして、どうすればいいと思う?」
「どうすればって言われてもなぁ~。特に心霊現象は起こっていないんだろ?」
「まぁ今のところ何も起こってないね」
「だったら幽霊が原因の事故物件じゃないんじゃないか。不動産屋に訊いてみれば?」
「嫌だよ。もしキッパリと幽霊が出る部屋ですって言われたらどうすんだよ」
「それなら親に確認すれば? 契約時に安い事情を聞いているだろうし」
「もっと嫌だよ。やっぱり叔父さん家に住めとか言われたらどうすんだよ」
「臣人、部屋のことで悩んでいるんだよな?」
雷門は渋い顔をしながらパンを頬張った。
まぁ、いきなりこんなこと相談されても困るよな。
仮にガチで幽霊物件だったとしても今の気楽な生活を変えたくないし、どうしたもんかな。
「そんなの気にする必要ないんじゃね⁉」
次に声を上げたのは、五厘刈りのスポーツ少年こと飛田だった。
こんな頭だからてっきり野球部に入るものと思っていたが、今もあちこちの運動部に体験入部を繰り返しているらしい。
スポーツ万能なので、どこの運動部からも引く手あまたなのはわかるが、どうして野球部に落ち着かないんだろう。
「臣人はさ、幽霊が出るかもって思ってんだろ⁉」
「まぁ一言で言えばそういうことだね」
「でも、出てないんだろ⁉」
「まぁ今のところは平和だね」
「だったら気にする必要なんてないだろ! それに幽霊なんているわけないじゃん⁉」
「そ、そうかね?」
「だって俺、そんなもん一度も見たことねーし! 霊障とか除霊とかアホくさっ。そもそもそういうのってあれだろ? 人の弱い心に付け込んだビジネスだろ⁉」
オカルト肯定派が聞いたらブチギレそうな発言だな。
「俺も幽霊なんて信じちゃいないけど、やっぱり気持ち悪いだろ」
「だったら、臣人ん家を俺らのたまり場にしようぜ‼」
「なぜそうなる⁉」
「一人暮らしなんだし、文句言う親はいないだろ? それに俺達がいればそういうのを気にすることもないんじゃね⁉」
「それはそうかも……」
飛田のやつ、けっこう冴えているな。
たしかにみんながいてくれれば、怖いとかそんな気持ちは忘れられそうだ。
「臣人くんは少し神経質なんじゃないかな」
最後に口を開いたのは、特徴的な丸眼鏡をかけた月岡。
いつも本を読んでいるので一見すると陰キャでオタクっぽい印象だが、実は古武術の道場に通っていてかなりの実力者らしい。
体育の授業で着替える時、シャツを脱いだ月岡の筋肉が凄くて引いた覚えがある。
「いや、でも知っちゃったら気になるでしょ普通」
「心理的瑕疵物件は、必ずしも幽霊が出る物件というわけではないよ」
「まぁそうらしいね」
「窓から墓地が見えるとか、近くに反社会組織の事務所があるとか、心理的瑕疵物件の定義はいくらでもある」
「窓から墓地は見えないし、そういう事務所があるのかはわからないなぁ」
「結局のところ、きみの心構え次第だよ。不安は恐れを生む……いつまでもありもしない不安に駆られていないで、これからの高校生活に心躍らせたらどうだい。その方がずっと健全だよ」
「さすが古武術の使い手。なんだかそれっぽく聞こえる」
三人からそれぞれ回答を得たものの、あまり解決には繋がりそうもないな。
そもそも俺が勝手に不安がっているだけだし、特に何も起きないなら普通より安い家賃で良物件に住めてラッキーと思えばいいか。
「なんだか気にしてもしょうがないことだったかな」
「そゆこと。それよりゴールデンウィーク、みんなで渋谷に行こうぜ」
「なんで渋谷?」
「最先端の女子高生は渋谷に集まるって言うだろ」
「ナンパかよ!」
しょうもない話で盛り上がっていると、昼休みの終わりを示すチャイムが鳴った。
屋上にいた生徒達がぞろぞろと階段に向かう中、いまだに床に尻をついている俺達に声を掛けてくる人がいた。
「ちょっときみ達! もうチャイムは鳴っているんだから、早く教室に戻りなさいっ」
それは俺達のクラス担任――桜野乙女先生だった。
「わかってるって。怒鳴ると美人が台無しだよ、乙女ちゃん」
「雷門くん、ふざけてないで早く教室に戻りなさいっ」
ウチのクラスの生徒は、桜野先生のことをちゃん付けで呼んでいる。
この人は今年教師になったばかりの新米なので、生徒に舐められているというか、年齢が近いこともあって気安く接されている。
年齢はたしか22歳だったかな。美人なので特に男子には人気みたいだ。
「宗像くん!」
階段を下りようとした時、先生に声を掛けられた。
「何、先生?」
「高校生活はどうですか」
「どうって……まぁ慣れてきたけど」
「高校生で一人暮らしは大変でしょう? ちゃんとご飯食べていますか?」
「えぇと……一応それなりのものを」
「まさかコンビニ弁当とか言いませんよね?」
先生が腕を組んだ途端、俺の視線は下に落ちた。
本人は意識していないだろうけど、桜野先生ってけっこう胸が大きいんだよな。
きちっとスーツを着ていることもあって、腕組みするとそこが目立つからつい目が行ってしまう。
「先生知らないの? 最近のコンビニ弁当って美味しいよ」
「そんなのダメですよ! 育ち盛りなのだから、きちんとしたものを食べないと! 健康に気を使った食事をしなきゃ」
「そんなこと言われてもなぁ。飯を作ってくれる人なんていないし」
「自炊はしていないんですか?」
「するわけないでしょ。料理なんかしたことないし、キッチンはピカピカのままだよ」
「……はぁ。まぁ、男の子ならそういうものなのかもしれませんね」
先生が溜め息をついている。
なんでコンビニ弁当を食べているだけで呆れられているんだろう、俺。
「今度、私がご飯を作りに行ってあげます。その時、自炊の仕方も教えてあげますよ」
「えっ。マジ?」
「この際、自炊できるくらいになりましょう。その方が女の子にもモテますよ!」
「う、うん……」
桜野先生が俺の部屋に来てくれるのか。
そう考えると、ちょっとドキドキしてしまう。
小中と女友達はいても、自分の部屋に上げたことなんてなかった。
それが高校生になって、女教師――しかも美人――を上げることになるとは。
「私だって忙しいのですからね。貴重なプライベートを使うのですから、きみにはしっかり自炊を覚えてもらいます!」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ああっ! もうこんな時間じゃないの⁉」
腕時計を見るなり、先生は慌てた様子で階段を下りて行った。
「きみ達、早く教室へ行きなさいっ」
そう言い残して、廊下を駆けていってしまう。
普段なら廊下を走るなと言う側なのに、いいのかね。
まぁそういう抜けたところが親近感を覚えて他の先生より話しやすいんだけど。
「臣人、乙女ちゃんと何話してたんだ?」
「自炊のこととか」
「自炊? お前、自炊してんの?」
「いや。教えに来てくれるって」
「誰が?」
「桜野先生が」
「な、何いぃぃぃ~~~~っ⁉」
なぜか雷門に非常に羨ましがられた。