エピローグ
俺の横目に見えるのは深い胸の谷間だった。
「綺麗ね」
その谷間の上から、透き通るような美しい声が聞こえてくる。
「そうだね」
彼女が何に対して綺麗だと言ったのか、考えあぐねる。
赤い光に照らされる街並みのことか?
それとも、そのさらに後ろに見える夕日のことか?
とにもかくにも――
「綺麗、だ」
――俺が見上げる彼女の顔は、夕日の光で瞳が輝いていて、とても綺麗だった。
……見上げる。
そう。俺も彼女も床に腰を下ろしているのだが、彼女は俺よりもずっと頭の位置が高い。
理由は単純――彼女は俺よりもずっと背が高いのだ。
身長179センチの俺に対して、彼女の身長は199センチ。
座っていても、立っていても、俺は必ず彼女の顔を見上げている。
日本人の男子としては背が高い方だと思うが、その俺が見上げるような長身の女性なんて彼女が初めてだった。
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
「ふふっ。変なオミくん」
妖しく微笑む彼女にドキリとする。
白い肌は夕日のせいで赤らんでいて、黒い瞳は金色に煌めいていた。
まるで吸い込まれるような眼差しに、息をするのも忘れてしまいそうになる。
しかも体型に合った服ではないのか、彼女が着ているワンピースはぴっちりとしていて、体の線がはっきりとあらわれていた。
そのせいで豊満な胸が俺の視界に主張しまくってくる。
正直、目のやり場に困る……が、なんだか幸せな気持ちにもなった。
「オミくん」
「あ……」
不意に、彼女の顔が近づいてくる。
唇が近づいてくる。
心臓が高鳴る。
俺と彼女の唇が触れようとした寸前――
♪♪♪♪~~~
――5時のチャイムが町内に響き渡った。
「5時になったわね」
「そ、そうだね」
チャイムのせいで我に返った俺達は、互いに視線をそらして窓に向き直った。
……くそっ!
夕日が山に隠れ始める。
町を照らしていた赤い光が消えていく。
「もう日も暮れてきたし、送るよ」
「ええ。ありがとう」
「送るって言っても、隣の部屋なわけだけど」
「ううん。それでも、嬉しい」
再び妖艶な笑みを向けられて、俺はまたもやドキリとした。
彼女と見つめ合うのが気恥ずかしくて、そそくさと立ち上がってしまう俺……なんだか情けない。
もう少し押しが強ければ、なんて思っていると。
「いつもお邪魔しちゃってごめんね」
彼女が立ち上がろうと背を丸めた時、黒い髪が左右に垂れて細いうなじが露わになった。
息を呑むほど艶めかしい光景。
彼女がうつむいているのを良いことに、俺はじっとその背中を見入ってしまう。
「いいよ。どうせ暇を持て余しているんだし……」
彼女の首には、うなじから背中にかけてジッパーがついている。
普段は長い髪に隠れていてその事実に気付くことはないが、間違いなくそこにはジッパーが存在するのだ。
「またね、オミくん」
背筋を伸ばした彼女は、変わらぬ笑顔で俺を見下ろしている。
俺が顎を上げなければならないほどの長身。
細い体に似つかわしくない豊満な胸。
そして、妖艶な微笑。
この人は一体何者なのだろう。
俺は、俺が思う以上に世界のことを知らない。
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