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選ばれる者と残る者

「地上遠征希望、八十七匹!」


「多すぎる!」


 俺の声が広場へ響いた。


 さっきまで地上へ行くか残るかで、一票差だったはずだ。


 偵察隊が決まった途端、広場の半分以上が前脚を上げている。


「四角札を入れた奴も混ざってないか!?」


「俺や」


 バルグが前へ出る。


「残る方へ入れたんだろ!」


「町全体は残った方がいいと思った。だが行くなら、俺は行きたい」


「難しい!」


「矛盾してない」


 ピコが言う。


「答えが二つあるだけ」


「幼体に先に理解された!」


 別のネズミが手を上げる。


「地上の食べ物を調べたい!」


「私も雨を見たい!」


「人間の靴へ乗りたい!」


「それはやめろ!」


 二号は希望者の前で歌う。


「未知の地上へ八十七、帰ってきたら英雄や――」


「煽るな!」


「選ばれへんかったら?」


「落選みたいに言うな! 残る方も町を守る大事な役目だ!」


「ほな、未知の地上へ十二匹、残ったみんなも英雄やー」


「何で十二匹?」


「響きがよかった」


「人数を歌で決めるな!」


 八十七匹全員を連れて地上へ出るわけにはいかない。


 地上門がどれだけ開くか分からない。


 食料も水も限りがある。


 何より、町を空にできない。


「勇気だけでは選ばない」


 ガルダン王が広場の中央へ出た。


「何ができるか。身体が耐えられるか。仲間を連れて帰れるか。そして残る側に必要な役目があるか。全部を見る」


「強い奴からじゃないのか」


 若い戦士が聞く。


「地上の鳥を殴って勝てる者はいるか」


 全員、黙る。


「人間の靴は」


 もっと黙る。


「なら強さだけで選ぶな」


 正しい。


 地上では、戦って勝つより、見つからず、調べ、塔を止め、帰ることが大事だ。


「選抜試験をする!」


 俺は広場へ三本の線を引いた。


「光、風、帰還。この三つ!」


「戦闘は?」


 ガーロが聞く。


「最後に役割試験。まず地上へ出た瞬間に動けるか確かめる」


「大将も受けるん?」


 二号。


「俺は隊長だから――」


 全員の視線が刺さる。


「受けます!」


 第一試験、光。


 本物の日光はまだない。


 魔光苔を集め、先生の光魔法を重ね、昇降路から入ると予想される明るさを作る。


『目だけでなく、触角と殻の反応を見る』


「ゴキブリに日焼け止めはないのか」


『日焼けより乾燥を心配しろ』


「不安が増えた!」


 一匹ずつ、暗幕の中へ入る。


 光をつける。


 ぱあっ!


「うわああああ!」


 最初のゴキブリ戦士が、後ろ向きへ全力疾走した。


 暗幕へ突っ込む。


 布を頭からかぶったまま走る。


「止めろ!」


「見えない!」


「自分で暗くしたんだよ!」


 チュウタたちが布ごと捕まえる。


「失格?」


「違う。今の反応を記録して、遮光装備を試す」


 人間の油布の切れ端を目の上へ張る。


 真っ黒だと何も見えない。


 穴を二つ開ける。


「人間みたいに目が前だけじゃない!」


 視界の端が隠れる。


 穴を横長にする。


 今度は光が入りすぎる。


「大将、似合うで」


 二号が俺の遮光板を見る。


「本当に?」


「悪いこと企んどる虫」


「褒めてない!」


 ピコが薄い魔光苔膜を油布へ塗った。


 強い光だけを少し吸い、暗い場所では薄く光る。


「昼も夜も見える」


「天才!」


「ぼくも試験受けるから」


 俺の触角が下がる。


「それとこれとは――」


「同じ条件で見るんでしょ」


「ぐうっ」


 光試験。


 ピコは合格した。


 小さな身体は乾きやすいが、自作の遮光膜を使い、古代文字札を三枚とも読めた。


 俺も合格。


 最初の光で右へ走り、二号へぶつかったことは記録された。


「消してくれ!」


「記録ですので」


「ジロ、その言葉が万能すぎる!」


「大将にぶつかったことも、避けようとした形跡なしと記載します」


「もっと悪くなった!」


「事実です」


「事実が刃物みたいに刺さる!」


 第二試験、風。


 地上の風を再現するため、先生の魔法と二号の音響を布筒へ送る。


「弱風!」


 さらさら。


 触角が後ろへ流れる。


「余裕!」


「中風!」


 ぶおおっ!


 軽い幼体とゴキブリ族の身体が滑る。


「爪を立てろ!」


 六本脚を床へ広げる。


 前脚二本で低い傷をつかみ、中脚を外へ、後脚で身体を押す。


 人間だった頃なら、強風に耐える脚は二本だけ。


 今は六本ある。


「こういう時だけは脚が多くて得!」


「普段は?」


「絡まる!」


「まだ慣れてへんの!?」


「感情が高ぶると順番が飛ぶんだよ!」


「強風!」


 二号が勝手に音を上げる。


「待てえええ!」


 ゴオオオオッ!


 俺の前脚が一本外れた。


 中脚。


 後脚。


 次々と滑る。


 身体が浮いた。


「落ちる!」


 ガーロの蜘蛛糸が飛び、俺の腹へ巻きつく。


 空中で止まった。


「帰還糸を忘れるな」


「試験官が先に教えるなよ!」


「実地で忘れたら死ぬ」


「……その通りです!」


 全員、腰へ帰還糸をつけて再試験。


 ピコも飛ばされた。


 だが、自分の糸を二重に結び、床へ戻った。


「風も合格」


「すごいな」


 俺の声が、少し暗くなる。


 落ちてほしいわけじゃない。


 失敗してくれたら連れていかずに済むなんて、そんな考えが一瞬でも浮かんだ自分が嫌になる。


 ピコは自分で準備し、自分の力で合格している。


 第三試験、帰還。


 町の中へ、地上を想定した迷路を作る。


 草の代わりに長い茸繊維。


 水滴の代わりに貯水壺の雫。


 鳥の影は、先生の頭蓋骨を糸で飛ばす。


『なぜ私なのだ!』


「丸くて影が大きい!」


『鳥には見えん!』


「試験中に喋る鳥だ!」


「余計に怖いわ!」


 希望者は四匹一組。


 地図札を三枚集め、負傷役の茸袋を運び、全員で入口へ戻る。


「一匹だけ先に戻ったら失格!」


「一番速い奴が勝ちじゃないのか?」


「全員で帰るのが目的だ!」


 第一組。


 速いゴキブリ二匹が先へ行きすぎ、ネズミ二匹を見失う。


「戻れ!」


「地図札は取った!」


「仲間が取れてない!」


 第二組。


 ネズミ族が茸袋を一匹で背負い、途中で動けなくなる。


「強いからって全部持つな!」


 俺が叫ぶ。


「大将が言うと説得力あるな」


 チュウタ。


「俺は昨日学んだ!」


「昨日かあ」


「新しさへ不安そうな顔をするな!」


 俺、チュウタ、二号、ガーロの組。


 鳥役の先生が頭上を横切る。


『捕食するぞー』


「声に気持ちが入ってない!」


『私は教師で、鳥ではない!』


「鳥役をやり切れ!」


『きゃあ、きゃあ!』


「急に雑!」


 笑っている間に水滴が落ちる。


 どぱんっ!


 俺たちの前で、水の塊が石床へ砕けた。


 飛沫だけで身体が押される。


「地上の雨、一滴でこれかよ!」


「笑っとる場合ちゃう!」


 チュウタが土壁を立てる。


 ガーロが帰還糸を全員へ結び直す。


 二号が反射音で茸繊維の薄い場所を探す。


 俺が触角で次の水滴を読む。


「三つ先、右へ落ちる! 今!」


 四匹で走る。


 水滴が背後へ落ちる。


 ずぱんっ!


 床を伝う衝撃が、六本脚を一瞬浮かせた。


 でも帰還糸でつながっている。


 地図札を取り、茸袋を四匹で運び、全員で戻る。


「合格!」


「俺たち強い!」


「試験官側の罠が弱い」


 ガーロ。


「今は喜ばせろ!」


「事実は事実だ」


 ガーロまでジロの口癖を真似し始めた。


「一匹で十分だ、その台詞は!」


「言われてみれば、僕だけで町の半分を言い切っている気がします」


 ジロが本人の口から、珍しく自覚を漏らした。


 ピコの組も、帰還した。


 地図札は全部。


 茸袋もある。


 ただし、時間が長い。


「何があった?」


「古代文字の間違いを直してた」


「試験中に?」


「間違ったまま次の組へ渡したら、困るから」


「それで遅れたのか」


「うん。でも全員で戻った」


「合格だ」


 俺は言った。


 試験は、落とすためではない。


 何ができ、何が必要か知るためだ。


 八十七匹の結果を並べる。


 光。


 風。


 帰還。


 役割。


 健康。


 そして、町へ残った場合の役割。


「遠征隊は十二匹」


 二号が歌で言った数と同じになった。


「ほら、俺の歌は予言や!」


「偶然だ!」


「隊長、クロ」


「よし!」


「掘削と匂い追跡、チュウタ」


「任せて」


「音響通信、二号」


「地上遠征の歌、もう作っとる!」


「歌詞は後で検査する!」


「古代設備、先生」


『身体は?』


「頭と右腕だけ」


『また部位で選ばれた!』


「軽量化!」


「記録と地図、ジロ」


「記録します」


「医療、ミナ」


「薬の量を守る者だけ治す」


「怖い言い方!」


「ゴキブリ斥候三匹、ネズミ運搬二匹」


 合計十一。


「一匹足りない」


「最後はガーロ」


 俺は葉板を持ったまま、片翅の戦士を見る。


「前衛ではない」


 ガーロの触角が、わずかに下がる。


「風試験で、右からの突風への反応が遅れた。毒の後で持久力も戻り切ってない」


「分かっている」


「でも帰還糸の結び直しは一番速かった。全員の位置を最後まで見てた」


「だから?」


「遠征隊の後衛長。先頭の俺が見落とした奴を拾って、地上門まで必ず連れ帰る役だ」


 ガーロは黙っている。


 前で戦いたかったはずだ。


 片翅を失う前のように、誰より先へ走りたかったはずだ。


「嫌なら、別の役を――」


「大将」


「何だ」


「先へ行きすぎたら、糸で引き倒す」


「俺限定!?」


「後ろから全員を見る。受ける」


「……頼む」


 前へ出るだけが戦士ではない。


 ガーロ自身が作った循環菌床も、後ろから町を守った。


 遠征でも、最後尾が全員の命を拾う。


「ぼくは?」


 ピコが聞いた。


 広場の空気が重くなる。


 試験は全部合格。


 古代文字なら、遠征隊の誰より速い。


 行きたい気持ちも本物だ。


「ピコは、選ばない」


「どうして」


「子どもだから」


「試験の前は、同じ条件で見るって言った」


「分かってる!」


 声が大きくなる。


 ピコの触角が下がった。


「……ごめん。怒ってるんじゃない。俺が怖いんだ」


「ぼくが弱いから?」


「違う。ピコは強い。試験も全部通った。古代文字も読める。だから連れていけば絶対に役立つ。役立ちすぎる」


「なら行く」


「ピコしかできないことを、全部地上へ持っていくのが怖い」


 先生が、二枚の古代板を出した。


 一枚へ触れると、もう一枚が薄く光る。


『伝話板だ。地上塔と地下制御室の間で、短い文字を送り合える』


「直せる?」


「もう直した」


 ピコが言う。


「いつ!?」


「選抜試験の待ち時間」


「本当に役立ちすぎる!」


「地上に持っていけば――」


「片方は地下にないと使えない」


 ピコの口が止まる。


「遠征隊が塔の古代文字を送る。ピコが地下で読む。操作手順を返す。地上の俺たちが迷った時、町の地図と記録を見て道を教える」


「先生でもできる」


『私の記憶は、警報が鳴ってから戻ることが多い』


「自分で言った!」


『悔しいが事実だ』


「でも……」


 ピコの前脚が、床の同じ場所を掻く。


 行きたい。


 試験に受かった。


 それでも選ばれない。


 悔しくないわけがない。


「危ないから置いていく、だけなら納得しない」


 ピコが言う。


「うん」


「ぼくが必要だから残る?」


「そうだ。地下解析責任者を頼みたい。遠征隊十二匹の帰る道を、ここから作ってほしい」


「命令?」


「お願いだ」


 ピコは長く黙った。


 伝話板へ触角を置く。


「帰ってこなかったら?」


「怒っていい」


「それだけ?」


「学校の宿題、全部増やしていい」


「大将だけ?」


「遠征隊全員!」


 後ろで二号が叫ぶ。


「勝手に約束すな!」


「帰ればいいんだ!」


「簡単に言うな!」


「簡単じゃないから約束する!」


 ピコの触角が、少し上がった。


「分かった。ぼくが残る」


「頼む」


「でも次の地上遠征は行く」


「次の試験で決める!」


「約束」


「約束だ」


 選ばれた十二匹だけが勇敢なのではない。


 残る者も、地上門を守る。


 冷却水を流す。


 伝話板を読む。


 食料を作る。


 戻る席を空けて待つ。


「遠征準備、開始!」


 食堂が保存食を配る。


 工房が遮光膜を仕上げる。


 学校が地上の危険札を複製する。


 診療所が濡れ布と薬を袋へ分ける。


 二号は自分の袋へ硬焼きを十二枚入れた。


「重い!」


 三歩で潰れた。


「食料を一匹分にしろ!」


「十二匹分、俺が守ろうと思って!」


「みんな自分で持てる!」


「俺の好物を守ろうとしただけや!」


「正直になった!」


 笑いながら荷物を分ける。


 先生の頭は、俺とチュウタが交代で背負う。


『右腕も忘れるな』


「頭だけでよくない?」


『操作盤をどう押すのだ!』


「俺たちが押す!」


『人間用の大きさだ!』


「じゃあ右腕も!」


『左腕も置いていくと寂しい』


「先生、全部連れていったら重すぎる!」


『では左腕には留守番の代表として、旗を持たせてくれ』


「骨の手に旗を握らせるのか!?」


『格好がつくだろう』


「町の代表が骨の手一本て、シュールすぎる!」


 結局、左腕は診療所の入口で旗を持つ係になった。


 ジロが古代時計を見る。


「昇降路の開放まで、あと一日」


 偽物の星空が光る天井の向こう。


 次の朝、本物の地上が開く。


 十二匹は行く。


 町のみんなは残る。


 どちらも同じ遠征隊だ。

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