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ラットキングの巣

「頭が下だって言ってるだろおおおっ!」


 ごろんっ。


 木の実の殻が石段を一つ落ち、俺の頭が内壁へぶつかった。


「右後脚は負傷、頭は下、触角は穴! 捕虜の輸送品質を守れ!」


「うるさい。暴れるから転がるのだ」


 殻を担いでいる深層ネズミが、低い声で返した。


「暴れてない、抗議だ! 口しか動かせないから全部音になるんだ!」


「同じだ」


「抗議は心だ! 俺の尊厳が――また段差! ゆっくり降ろせええっ!」


 がたんっ!


 背中が殻へ当たり、副木がきしむ。


「深層歓迎楽団どころか荷物扱いか。壊れ物の札もない!」


「妙な虫だ」


「喋るネズミ軍も十分妙だ。知り合いが一匹いるから慣れてるだけで」


 空気穴から触角を伸ばす。土壁、風、水路、骨槍、薬草、何百もの毛と体温が分かる。太鼓が鳴る。


 どん、どん、どどん。兵士の足音が一糸乱れず揃う。


「本当に軍隊なんだな」


「深根の槍隊だ」


「深根?」


「我らの巣の名だ」


「町じゃなくて?」


「巣だ」


「空気穴も水路も道もある。巣というより町だ。俺の知る避難穴とは規模が――悪口じゃないぞ!」


「誰だ、チュウタとは」


「友達だ。俺のパンを盗む食いしん坊で、それでも絶対に迎えに来る奴だ」


 兵士の足音が、ほんの少しだけ乱れた。


「ゴキブリとネズミが友だと?」


「悪いか」


「珍しい」


「俺も驚いた。だが一人で水を飲むより、盗み食いされてもあいつらと飲む方がいい」


「今の本人には言うなよ。調子に乗るから」


「会ったこともない」


「会ったらだ。俺は上へ帰る。あいつらも俺を探してる」


 兵士は答えず、次の段差では殻を持ち直して下ろした。


 ごとり。


 頭を打たなかった。


「……ありがとう」


「捕虜を王の前まで壊さず運ぶのは規則だ」


「規則でも助かった。できれば上下も直してくれ」


「それは断る。口がこちらへ向くとうるさい」


「今も十分聞こえてるだろ!」


「あれが上から来た病運び?」


「黒いぞ」


「本当に喋っている」


「ただのゴキブリでは?」


「ただのゴキブリは、あんなにうるさくない」


「最後の奴、顔を覚えたからな!」


 殻の中から叫ぶと、誰かが笑った。


 直後、こつん、と小石が木の殻へ当たった。


 痛くないのに触角が引っ込む。気持ち悪い、汚い、潰せ。人間だった頃に向けられた顔を思い、殻が狭くなった。


「石を投げるな!」


 俺を担ぐ兵士が怒鳴った。


「王の裁きが下るまで、こいつは深根の捕虜だ。勝手に傷つければ規則違反として裁く!」


 ざわめきが止まる。


 俺は触角をもう一度出した。


「さっきも言ったけど、ありがとう」


「お前を信じたわけではない」


「分かってる。槍の先もずっとこっちを向いてるしな」


「なら黙れ」


「怖いと余計に喋るんだよ。悪いな」


 やがて、匂いが変わった。


 木の実、茸、薬草、寝床、子どもの毛、鍛冶場の熱と骨粉。


 深根は大きい。食料と汚物の道を分け、空気穴と壁印まである。


「三角は何だ?」


「立入制限」


「丸は?」


「水場」


「二重丸」


「薬師と診療穴」


「いい印だな。見ればすぐ分かる」


「お前に見えるのか?」


「触角で溝をなぞってる。目だけが見る道具じゃないんだよ、この身体は」


 逆さに梱包されても、町の道を覚えられる。ゴキブリの身体は格好の悪いときほど頼りになる。


「悔しいけど、人間の身体ならここまで分からなかったな」


 太鼓が三度鳴り、槍隊が止まる。今度は殻が丁寧に下ろされた。


「王の間だ。余計なことを言うな」


「努力はする」


「黙るとは言わぬのか」


「できない約束はしない主義だ」


「面倒な虫だ」


「前世でもよく言われたよ。今世は面倒さが凝縮された」


「濃縮するな」


「そこはもう、お互い理解しただろ」


 何百匹もの呼吸で温かい広間。灰と薬草粉の溝、湿った布で、俺だけが隔離される。


「……隔離してるのか」


 病運びを王前へ出す対策はしてある。かなり用心深い王だ。


「ラットキング様、上層境界にて異物を捕縛!」


 槍隊長の声が広間へ響いた。


「異物じゃない! クロだ! 名前くらい報告書へ書け!」


「余計なことを言うなと言ったばかりだ!」


「名前は余計じゃない!」


 笑いが漏れる。正面の高みで、大きな爪が床へ触れた。


 こつ。


 笑いが消える。


「名は、クロか」


 怒鳴らない低い声が、床ごと腹を鳴らす。


「そうだ。黒いからクロ。安直だけど、今では気に入ってる」


「我は深根の王、ガルダン」


「王様が自分から名乗るんだな」


「名を求めた者へ、己の名を返さぬのは礼を欠く」


「……いい王様じゃないか」


「判断が早い」


「俺を出してくれたら、もう少し慎重に判断できる。今は王様の匂いと声しか分からない」


「殻を開けよ」


「王! 白き穢れを帯びている可能性が――」


「灰溝と湿り幕は何のためだ。話す相手を逆さに詰めたままでは、目も脚も読めぬ」


「ゴキブリの表情、読めるのか?」


「少なくとも、震えているか、逃げようとしているかは分かる」


「なるほど。ちなみに今は、右後脚が痛くて震えてる。怖くないわけでもないけど、全部怖さだと思うと交渉を間違えるぞ」


 苔縄と殻が開き、俺は頭から灰溝へ転がり出た。


「ぶはっ! 誰だ最後に押した奴!」


 副木が引っかかり、今度は横へ倒れる。


「……今のは忘れてくれ」


「表情より先に、動きが読みづらいな」


 王の声に、ほんの少し笑いが混じった。


 俺は起き上がり、初めてガルダン王を見た。


 チュウタ三匹分より大きい。黒銀の毛、左目の古傷、太い前脚、銅輪と牙の冠。座るだけで皆の息が揃う。


 右隣では、片耳の白い灰色ネズミが石板を抱え、俺を観察していた。


「記録官ジロ。捕虜の状態を」


「右後脚負傷。副木が悪く、半日で悪化する可能性六割。口数は通常の捕虜の十一倍です」


「最後の情報は必要か!?」


「記録ですので」


 ジロは顔色一つ変えない。


「それから、上層由来の白粉に似た魔力臭。殻表面に微量。体内保有量は不明」


 骨槍が、じゃきっ、と一斉に俺へ向く。


「待て!」


 五本脚で囲まれ、壁は遠い。怖い。だが黙れば終わる。


「粉を持ち込むために来たんじゃない! 俺は上の浄水設備から落ちてきた。白い粉のある場所を通ったから、殻へついただけだ!」


「結果は同じだ」


 左側の老兵が吐き捨てる。


「穢れを帯びた者は、巣へ入れてはならぬ」


「警戒は分かる! でも連れてきたのはそっちだぞ! 入口では友好的に挨拶した!」


「やはり口を塞ぐべきだった」


「今それを言うな!」


 ガルダン王は、まだ槍を下ろせとは言わない。


「クロ。上層で何が起きた」


「説明する。ただし槍を動かすな。ゴキブリだって精神まで無敵じゃない!」


 汚れた水、避難民の熱と咳、古代浄水槽、三本の管、守護虫、床の崩落を短く話す。


「三本の管とは」


 ジロが遮った。


「太い給水管。泥の詰まった排水管。魔力を送る制御管。あと、部屋の奥には白い粉が詰まった別の管もあった。そこには触ってない」


「守護虫を倒したのか」


 老兵が聞く。


「倒してない。壊したら浄水槽まで壊れるかもしれなかったから、保守状態へ戻した」


「一匹で?」


「違う」


「俺とチュウタと先生、三匹だ。鏡で光を曲げ、先生の腕と頭で保守印を押し、保守虫も使った。俺一匹の手柄にするな」


「骨人が、頭と腕で?」


「ああ。説明すると毎回怪しくなるけど本当だ。先生は身体が外れる。外れすぎる。昨日なんか指一本を廃棄穴から拾った」


「何の話だ」


「だから俺も最初はそう思ったって!」


「情報の真偽は未確認。しかし三管という構造は、深根の古い水路図と一致します」


「続けよ」


「病人へ安全な水を運んだら少し落ち着いた。ただ、白い粉の正体までは分からない」


「その先生とネズミはどこだ」


「上で俺を探してる。疑うのは分かるが、せめて無事だと伝える道を――」


「できぬ」


「話くらい最後まで聞け!」


「上層との主道は七日前に崩れた。細道も白き穢れが濃く、兵を出せば病を持ち帰る」


 七日前。


「待て。病気は、いつから出ている?」


 ジロが石板を見る。


「最初の発熱は五日前。現在、発熱二十三、咳十五、脚力低下十九。重複あり」


「俺がここへ落ちたのは、ついさっきだ」


「その証明はない」


「傷も体液も乾いてない! 薬師なら、落ちたばかりだと分かる!」


 老兵が鼻を鳴らす。


「お前以外の上層者が先に穢れを運んだかもしれぬ」


「だとしても、俺が病を始めた時系列にはならない。俺を潰しても原因は消えない!」


 触角で床を叩いた。


「それに、さっきから咳が聞こえてる!」


 広間が静まる。


「湿り幕の右、七匹目は呼吸が浅い。左後ろは槍を持つ爪が震えてる。不調を隠してるんだろ!」


 指した方角で、一匹の槍が揺れた。


「違います、王! 俺はまだ立てます!」


「名を」


 ガルダン王が問う。


「ロクです!」


「ロク。昨日も夜番へ出たな」


「俺の番ですから!」


「規則は民を死なせるためにあるのではない。槍を置け」


「しかし――」


「置け。診療穴へ行き、ミナ薬師に診せよ。これは命令だ」


 ロクは悔しそうに槍を置き、王はその背が消えるまで見ていた。


 名も夜番も覚えている。ただ威張る王ではない。


「王様」


「何だ」


「俺を殺すのは後でもできる」


「ずいぶん大胆に己の処分を提案するな」


「本音では永遠に後回しだ! 上で待つ奴と安全な水を飲むまで死にたくない。でも言葉だけで疑いは消えないだろ」


「そのとおりだ」


「即答すると傷つくな!」


「だから病人、水、食料、薬を見せろ。嘘ならその場で隔離、逃げたら槍で止めろ。嫌だけど条件は飲む」


「巣の中を探る口実ではないと、どう証明する」


「今は証明できない」


「証明はできなくても確かめられる。兵をつけ、触る前に許可を取り、ジロが記録する。怪しければ王が押さえろ」


「我を見張り役に使うか」


「一番強いんだろ?」


 ガルダン王の髭が、ぴくりと動いた。


「違うのか?」


「……よかろう」


「槍を下ろせ。クロを診療穴へ連れていく。我、ジロ、槍隊長バルグ、薬師ミナが同行する」


「王自ら!?」


「こやつを押さえられる一番強い者が必要だそうだ」


「根に持ってる?」


「何のことだ」


「王様って怖いな!」


 隔離灰で殻を拭かれ、粉を落とさぬよう薬草布を巻かれた。


「見た目はどうだ?」


 俺はジロへ聞いた。


「濡れた黒い包みです」


「もう少し言い方があるだろ!」


「記録ですので」


「便利だな、その言葉!」


 診療穴への道には発光石、木の根の棚、木の実の寝床、骨管の水路が並ぶ。


 子どもたちが遠くから俺を見る。


 一匹は母親へ隠れ、もう一匹は首を伸ばした。


「黒い虫、本当に喋るの? 何を食べるの?」


「パンも苔も食う。ただし子どもは食べない!」


「最後の一言はいらなかったな」


 バルグ隊長が言う。


「今のは俺も反省してる!」


 診療穴には、二十匹以上のネズミが寝かされていた。


 熱、咳、脚の震え、乾いた鼻は上層と同じ。ただし発酵キノコの甘い匂いも混じる。


「この甘い匂い、何だ?」


 白い髭の薬師ミナが、俺を見下ろす。


「眠れぬ者へ飲ませる薬湯だ。熱の痛みを和らげる」


「材料に、半透明のキノコを使ってるか?」


「なぜ知っている」


「落下先にも生えてた。液を舐めた小虫は三回転び、傘を食べたミミズは自分の尾を追って寝た。寝屁もした」


「最後の情報は必要か?」


 ジロが聞く。


「お前に言われたくない!」


「眠り茸は昔から使っている。量も変えていない」


「原因でなくても、弱った奴には効きすぎないか? 飲んだ者と脚のふらつきに差は?」


「記録上、薬湯を飲んだ十三匹中、脚力低下は十二。飲んでいない十匹中、脚力低下は七」


「多いな」


「標本数が少ない。眠り茸だけが原因とは断定不能です」


「断定せず、量を変えて差を見よう」


 ミナ薬師が眉を寄せる。


「痛みで眠れぬ者はどうする」


「半量にして、重症者へ別の鎮痛草を混ぜられないか?」


「青月草ならある。ただし苦い」


「命より味だと言う奴だけ、今のを飲ませろ」


「乱暴な基準だな」


「俺も苦い薬は嫌いだ! 嫌いだけど、ふらついて水も飲めなくなるよりましだろ!」


「眠り茸を半量へ。飲ませた時刻と量を記録し、青月草を併用せよ」


 薬師たちがすぐ動いた。


「信じたのか?」


「疑わしい物の量を下げ、記録するだけだ。お前を信じたわけではない」


「分かってる。でも、それでいい。疑うなら、確かめられる形で疑ってくれ」


 病人へ水場を確認する。二十三匹中十九匹が北の貯水穴、残る四匹も北の水を使う炊事穴で食べていた。


「水だ」


 俺とジロの声が重なった。


「真似するな」


「こちらの台詞です」


「俺が先だった!」


「同時です」


「記録で確認しろ!」


「記録不能です」


 ジロの耳が少し立つ。こいつも楽しんでないか?


 北の貯水穴へ向かう。


 ガルダン王は寝床ごとに名を呼び、水を飲め、夜番は任せろと声をかける。


 全員を覚えている。強さだけの王ではない。


「全員の名を覚えてるんだな。立派だ。今のなし!」


「十分聞こえた」



 北の貯水穴は、深根の巣の端にあった。


 俺には湖ほどの水面に白膜が浮き、溶けた粉の甘く刺す臭いがする。


「触るなよ」


 ミナ薬師が言う。


「分かってる。俺だって何度も毒見して、少しは学んだ」


 水際の発光虫は弱り、小虫の死骸と白い沈殿がある。


「枝を一本くれ」


 バルグの小枝を水へ浸し、白くなった先端を発光石へ近づける。


 じ、じじっ。


 石の青い光が細り、枝先へ吸われるように弱くなった。


「魔力を奪ってる」


「白き穢れと同じ反応です」


 ジロが言う。


「いつから、この膜が出た?」


「六日前」


 ミナが答える。


「その前の日に、上層との主道が崩れた」


「崩落で古い管が割れたのかもしれない。上の白い粉の管が深層へ続くなら……」


「断定はできません」


 ジロがすぐ言う。


「分かってる! お前、俺がちょっと格好よく推理をまとめようとするたび切るな!」


「誤った断定を記録へ残さないためです」


「正しいけど悔しい!」


 俺は前脚で同じ場所を二度掻いた。


「上の浄水設備と貯水穴がつながる可能性だ。水路図と管の出口を調べよう」


「お前一匹で何ができる」


 バルグ隊長が問う。


 敵意というより、純粋な疑いだった。


「一匹じゃ無理だ」


「認めるのか」


「俺は五センチで岩も文字も治療も無理だ。狭い管は俺、岩はネズミ、術式は先生。それぞれできる奴がやる」


 ガルダン王を見る。


「俺には帰り道、お前たちには管を調べる奴が必要だ。条件は合う」


「我らが上層へ道を開いた途端、お前の仲間が巣へ攻め込む可能性は」


「攻撃はしない。チュウタは食い物を見て入るかもしれないが、たぶん止まる!」


「信用を下げる説明を自分で足すな」


「嘘をつくよりましだ!」


 俺より大きな王の爪が、水場の縁へ置かれた。


「クロ。お前の観察には価値がある。病を持ち込んだ主犯ではないことも、時系列上は認めよう」


「じゃあ、共同調査を?」


「まだだ」


「ここまでやってまだ!? 俺、病人の水も薬も見つけたぞ! 少しくらい信用の目盛りを動かせ!」


「動いた。処刑候補から、監視下の協力候補へ」


「目盛りの最初が怖すぎる!」


 ガルダン王は牙を見せた。


 今度は、はっきり笑っている。


「知恵は見た。次は胆力を見る」


「まだ試験があるのか? 筆記の次は実技みたいな流れ、異世界にもあるのかよ」


「勝負をしよう」


「力比べは断る! 俺は右後脚を痛めてるし、万全でもお前の前脚一本に勝てない!」


「よく分かっている」


「認めるのが早いな! 少しは『小さくても勇気があれば』みたいな慰めを挟め!」


「ならば、逃げろ」


「……何?」


「明日、最初の太鼓から十回目の太鼓まで。深根の巣すべてを使い、我から逃げ切れ」


 周囲のネズミたちがどよめいた。


 バルグ隊長の耳が立つ。


「王自ら、狩りを?」


「これは知恵比べだ」


「十分間、王様との鬼ごっこ?」


「捕まれば危機が終わるまで隔離。逃げ切れば水路の調査権を与え、上層への別路を共に探す」


「俺に有利すぎないか?」


 ジロの地図には、太い道、抜け穴、水路、食料庫。王が入れない隠れ場所はいくらでもある。


「待て。絶対に罠がある」


「そう思うなら断ってよい」


 ガルダン王の声には、妙な余裕があった。


「断った場合は?」


「隔離穴で待て。道は我らだけで調べる」


「選択肢が実質一つじゃないか!」


「断る自由はある」


「自由の顔をした強制だ!」


 五本脚で歩き回る。狭い隙間では俺が有利なのに、王には勝つ余裕がある。怖い。それでも勝てば二匹へ戻れる。


「……一つ、確認だ」


「言え」


「勝負の途中で病人が増えたら?」


「勝負は中止。救助を優先する」


「俺が隠れたままなら?」


「引きずり出してでも手伝わせる」


「いい答えだ」


「受ける。十分間、逃げ切ってやる」


 深根の巣に歓声が上がった。


 処刑寸前から、住民参加の大競技になっていた。


「ただし!」


 俺は右後脚を持ち上げた。


「勝負前に副木を直してくれ! 負けても怪我のせいにしたくないし、勝って脚が取れるのも嫌だ!」


「自分で作ったのではないのか」


「一匹で三回やり直した限界だ! 笑うなら少しだけ優しく笑え!」


「治してやる。眠り茸の薬湯も飲むか?」


「やめろ! 明日の朝まで寝る!」


 笑いの中、ミナが傷を洗う。痛みに叫ぶたび、ジロは「発言量、平均の九倍」と記録した。


「いちいち数えるなあああっ!」


 骨片と薬草布の副木で脚が自然な角度へ戻り、身体も傾かない。


「すごい……六本目が戻ってきたみたいだ」


「まだ床へつけるな。明日も五本で走れ」


「それ、試合前に言う!?」


「無理に使えば二度と走れなくなる」


「分かった。守る」


 隔離用の小部屋へ案内される前、ガルダン王が俺を呼び止めた。


「クロ」


「何だ」


「先ほど、お前はこの勝負を鬼ごっこと呼んだな」


「追う奴が鬼で、逃げる奴へ触れたら交代する遊びだ」


「そうか」


「ならば訂正しておこう。明日行うのは、遊びではない」


 尾が一度、床を打つ。


 どんっ。


「深根の王は、狩りで一度も獲物を逃したことがない」


 俺の触角が固まった。


「……先に言えよ」


「待て、今から断る自由は!? 王様、俺は五本脚だぞ! おーい!」


 隔離穴の扉が閉じる。


 ごとん。


 明日。


 深床界最大のネズミ王国を舞台に、最弱ゴキブリ対・無敗のラットキング。


 十分間の本気の狩りが始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 種族の特性を生かした知略で相手を打ち負かして仲間にする…ファンタジー世界冒険の定番にして醍醐味ですね。 たとえ主人公があのGで相手がマウスだとしても…。
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