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2050  作者: 落川翔太
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五月六日。東京・霞が関


 捜査第一課の草間貴一は、とある事件の捜査をしていた。

 それは、一昨日、八王子(はちおうじ)で起きた一家殺人事件である。

 殺されたのは、奥さんの鬼嶋美音(きじまみお)さんと旦那の純也(じゅんや)さんである。そして、もう一人、子どもも殺されていた。しかし、鑑識の結果、その子どもは二人の子ではなかった。奥さんとの愛人に出来た子どもだということになった。

 おそらく犯人は、その愛人で間違いないという結論に至った。しかし、まだ犯人は捕まっていなかった。

 犯人は一体誰なのだろう? デスクに座りながら草間はそれを考えていた。

「おい、草間! 犯人が自供したそうだぞ!」

 ふと、捜査第一課の部屋へ入って来た沢村(さわむら)巡査部長が彼に言った。彼は長髪の童顔で、背は低い。

「え? 本当ですか!?」

「ああ、今朝、日下部(くさかべ)という男の自宅へ行ったんだ。彼に話を聞いたら、美音さんの愛人であったと本人が答えたんだよ」

 沢村巡査部長がにやりと笑って言った。

「へー、そんな簡単にですか」

「うん。すぐに彼を署まで連れて来ているんだ! 今から取り調べを行うんだが、君にも来てほしい」

「分かりました!」

 それからすぐに、草間は沢村巡査部長と一緒に取調室へ入る。そこへ入ると、無精髭の男が向かいの椅子に足を組んで座っていた。

「捜査第一課の沢村です」と、沢村巡査部長が名乗る。その後、「こちらが、同じく草間」と、彼を紹介した。

「草間です」と、自分も名乗る。

 それから、「日下部です」とその男が足を正し、お辞儀をして言った。

「それでは、取り調べを行います」と言って、草間がその男の前の椅子に座る。沢村巡査部長も、隅にある机の椅子に腰を掛けた。

「お名前を宜しいですか?」と、草間は訊いた。

「日下部 (つばさ)です」と、男は答えた。

「あなたは、鬼嶋美音さんと交際関係にあった、ということで間違いないですか?」

「ええ」

「どれぐらいの期間でしょう?」

「今で、十年くらいになります……」

「十年?」

「はい」

「奥さんを殺したのは、あなたですか?」

「いえ、違います」

「では、旦那さんである純也さんでしょうか?」

「そうだと思います」

「どうしてそう言えますか?」

「彼女の夫を殺す前、彼から直接聞きました。どうして、美音を殺したのかと? したら、彼女が『日本語』を喋ったからだって……」と、彼は言った。

「日本語を……。でも、万が一、『日本語』を喋った場合、警察に通報し、法律で処刑されることになっています。どうして、今回、旦那さんは美音さんを殺害したのでしょう?」

「さあ、でも、処刑は嫌だったとかじゃない? 面倒だから、殺してしまおうって……」

「ええ、僕もそう思います。最近、その手の殺人が増えました。自殺も多いですね」

「うん……」

「日下部さん、彼女の旦那さんを殺したのは、あなたで間違いありませんか?」

「はい」

「では、もう一人。子どもがいたと思います。一応、DNA鑑定で、その子が二人の子じゃないということまでは、分かっています」

「そうです。俺と美音の子どもだよ」と、彼は言った。

「そうですか。名前は、なんて仰います?」

「リクだよ。『山月記(さんげつき)』の李徴(りちょう)の李に、空と書いて李空(りく)ね」

「李空くんですね。因みに、その李空くんを殺した犯人は、指紋の結果によれば純也さんですね」

「ああ、その通りだ」

「どうして、李空さんが殺されたのでしょう? 詳しくお聞かせ願いませんか?」

「ああ」と言って、日下部は一度黙る。それから、ややあって彼は口を開いた。

「三日前、俺と李空は彼女に会っていたんだ。午後三時頃、三人でお茶をしていた。彼女は、李空にピアノを教えてくれてたんだ。その日もレッスンが終わって、お茶をしたんだ。その翌日はレッスンがお休みだった。李空は学校終わりに、ピアノのことで彼女に聞きたかったことがあったようで、彼女に連絡したらしいんです。普段ならすぐに連絡が来るのに、その日は待っていても来なかったんです。そこで、李空が心配になって私にそれを話しました。私はすぐに彼女の家へ行こうと提案したのです」

「なるほど」

「それで、彼女の家へ行くと、彼女はリビングで血まみれに倒れていました。最初、李空がそれを発見したんです。その後、私がそこへ行くと、鬼嶋が李空の首を絞めているとこでした……」

絞殺(こうさつ)ですか……」

「ええ……。それからすぐに、李空はぐったりと床に倒れてしまいました……。鬼嶋は今度、俺の方を睨み付けました。俺は、美音を殺されたことと息子の李空を殺されたことで、急に怒りが湧き、彼を殺してやりたくなりました! それで、隠し持っていたナイフで鬼嶋を襲いました!」

 鬼嶋にのしかかり、腹を何度も付きつけました、と日下部は犯行の様子を語った。

「俺は満足しました! 鬼嶋という男を殺したことでね」

「なるほど、よく分かりました……。しかし、日下部さん、いくら愛人であったとはいえ、鬼嶋さんを殺すのはひどいと思いませんか?」

 草間は彼にそう言った。

「愛人? 李空は俺たちの子だぞ? 愛人は鬼嶋のほうではないか!」と、日下部が叫ぶように言った。

 確かに! と、草間は思った。

「じゃあ、愛人だったのは、鬼嶋純也さんの方だったんですね!?」

「ああ、そうだ!」

「日下部さんは、いつ美音さんが鬼嶋さんと交際されたのを知ったか覚えてますか?」

 それから、草間はそう訊いた。

「えーっと、二、三年前だよ」

「ほー」

「おそらくだけど、向こうも彼女が人妻だと知っていて、付き合っていたんじゃないかな?」

「その可能性はありそうですね」

「うん、で、その時、鬼嶋は多分、俺らに子どもがいたことを知らなかったんじゃないかな。それで、ある時、それを知ってしまったんだ……。それをきっかけに別れようと思ったんじゃないかな」

「でも、それを美音さんが引き留めた」と、草間が言った。

「ええ、おそらく。それで、別れ話をした際に、彼女はうっかり言ったんじゃないかなって」

「そんな感じがしそうですね」

「でしょ?」

「はい。それじゃあ、日下部さんは彼女を憎むようなことってありましたか?」

「本音を言うとね、あったよ」と、日下部は答えた。「でもさ、李空がいたから、彼女を殺すなんてことはできなかった。彼にとっての母親でもあったからさ」

「なるほど」

「そう。まあ、いずれ殺そうと思っていたよ。でも、たまたま今回のような事件になってさ……。正直、ラッキーだったよ!」

 彼はにやりと笑う。その後、再び話を続ける。

「彼女が殺されれば、それで十分だった」

「十分?」と、草間は訊き返す。

「うん。彼女さえいなくなればそれでよかったんだ。でもね、彼女の自宅に押し入った時、李空が殺されちゃって……。」

「李空さんが殺されてしまった」

「そう。それで、俺はあの男に怒りの感情が湧いたんだ……気づいたら、俺はあいつを殺していた……」

「……そうでしたか」

 草間は息を吐く。「分かりました。それでは――以上で取り調べを終了します」草間は日本語でそう言った。

「ん?」と、沢村巡査部長が、草間の方に首を捻る。

 正面にいた日下部も目を丸くした。

「い、今、日本語を言わなかったか?」と、沢村が草間に問いただした。

「え? 僕、言いました?」

 草間は気付かなかったようで、そう訊き返した。

「気のせいかな? 日下部さん、聞きましたか?」

 それから、沢村が日下部に訊く。

「ええ、俺も聞いちゃいました……」と、日下部は答えた。

「あー、やっぱりそうですよね? うん、私も聞いたんだ」と、沢村巡査部長が頷いた。その後、「ゴメンなさい、ちょっと席を外させてもらいます」と彼は言って、その部屋を出て行った。

 数分後、沢村巡査部長と一緒に、別の若い警察官二人がやって来た。

「草間くん、悪いけど、君はここを出て、彼らについて行ってくれる?」

 それから、沢村巡査部長がそう言った。

 草間はすぐに頷く。そして、隅の机から立ち上がり、二人の警察官に付いて行った。

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