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一月十四日。東京・汐留
「本日のゲストは、女優の峯保奈美さんです!」
お昼の情報番組の司会の男性が、その日のゲストを紹介する。もちろん英語である。
「こんにちは」と、彼女は英語で挨拶をする。スタジオにいるレギュラーメンバーたちや一般の見学人たちが拍手をして、彼女を迎え入れた。彼女は茶髪のロングヘアで、目が大きく、薄化粧を施している。
「峯さんは、最近ハマっているものがあるとかで?」と、司会の男性が彼女に話を振る。
「はい。最近は、ジグソーパズルに嵌っていて!」と、彼女は答える。
「ジグソーパズルですか?」
「ええ、イルカの写真を模した画だったり、富士山の写真みたいなものだったり、それが結構大きめのパズルで、ピースが細かいんですけどね。それを家族と一緒にやるのが楽しくて……」
彼女がそう話すと、実際に作ったイルカのジグソーパズルの写真が左端に映る。
「へー」、「おー!」などとスタジオに歓声が上がる。
「へー、いいですね!」と、司会が言った。
「面白いですよ」と彼女が言うと、「僕なんか細かい作業ってどうも苦手で……」と、司会の男性が言ってみんなを笑わせた。峯もくすりと笑う。
「では、早速、VTRにいきましょうか!」
それから、もう一人の女性アナウンサーがそう言い、映像が変わる。
その映像は、箱根駅周辺をアナウンサーの女性と歌手の女性、それと男性の芸人二人組が練り歩きながら、その地のグルメや神社などのパワースポットを巡るものだった。ちょうどバームクーヘンが紹介され、皆がそのバームクーヘンを食べていた。
それから、映像はスタジオに切り替わる。
「スタジオに、そのバームクーヘンをご用意しております!」
女性アナウンサーがそう言って、スタジオにいる芸能人たちに試食が渡される。全員がそれを食べ始めた。
「どうですか? 峯さん?」
司会の男性が彼女に訊く。
「うん、おいしいです!」と、彼女は「日本語」でそう答えた。
すると、スタジオにいた全員が彼女の方を注目する。
「あ、ベリーグッド!」
それから、彼女が付け加えるように英語で言った。
スタジオにいた芸能人たちがフォローのために、大笑いする。一般人たちも笑う。
「黒澤さん、どうです?」と、司会の男性が女性お笑いコンビ・カムフラージュの一人、黒澤に訊く。
「おいしい」と彼女は英語で、大げさなジェスチャーを交えて答えた。彼女のその芸に、スタジオにいた全員が笑い出した。
「じゃあ、続き行きましょうか?」と、司会の男性が女性アナウンサーを見て言った。
「はい。では、続きをご覧ください!」
彼女の掛け声で、その映像が再開する。
その後も、女性アナウンサーと歌手の女性、男性芸能人の二人が箱根の街をブラブラし、その後、目的地である温泉旅館へ向かった。
その宿の紹介があった後、男性芸能人の二人が温泉に入り、堪能している。歌手の女性は、足湯だけを楽しんでいた。
女性アナウンサーは、「どうですか?」などと三人に訊く。
「気持ちいいです」と、一人の芸人が言った。
「最高です!」と、もう一人が言った。
「とっても気持ちいですね」と、歌手の女性が答えた。
その後、ぜひ箱根に遊びに来てくださいと女性アナウンサーが言って、その映像が終わった。
そして、映像が一度スタジオに切り替わる。
スタジオ全体が一度映し出される。そこに峯保奈美の姿はなかった。
カメラは司会者の男性と女性アナウンサーを映し出した。それから、女性アナウンサーが口を開いた。
「先ほど、放送中に、峯保奈美さんの不適切な発言がありました。視聴者の皆さま、大変申し訳ございませんでした」
彼女がそう謝罪すると、二人は頭を下げた。
「続いては、お昼のニュースです。報道フロアの室井さん」
それから、司会の男性がそう言い、報道フロアへと繋いだ。
室井という男性のキャスターが出てきて、お昼のニュースを読み上げた。
その後も、その番組は峯保奈美が不在のまま続き、最後に天気予報が伝えられて、その番組が終わる。それから、次のニュース番組になった。
夜九時。真平は自宅に帰って、晩御飯を食べながらテレビを観ていた。バラエティ番組が終わり、ニュースに変わる。
「こんばんは。まずはこのニュースからです。女優の峯保奈美さんが、お昼の情報番組の放送中、「日本語」を口走ってしまい、警視庁に逮捕されました」と、男性のアナウンサーが報道した。
真平はそのニュースを観て、驚いた。
まさか、もう逮捕されたのか。
峯保奈美と言えば、日本人なら知らない人はいない大女優である。真平もドラマや映画などで、彼女のことをよく観ていた。
報道によると、その日のお昼の情報番組に出演していた彼女は、そこでうっかり日本語を喋ってしまったらしい。とても残念な話である。
しかし、たとえ官僚であれ、有名人であっても、処刑されなければならないのである。
無残であるが仕方がない。
真平だって同じである。もし、自分が口を滑らせたとしたら、逮捕され、処刑されるのだ。
そう考えただけで、真平は虫唾が走る思いだった。
そんなことは考えたくない。真平はテレビを消した。