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キャラ  作者: 橘わに
3/14

3 ヴェルリア

「子供らしくないな」

 テレッサの王子に見下ろされ、ベイルは目を伏せた。

 鳶色の髪は目元まであり、軽甲冑の上に矢払いのマントを掛けているが、どうにも大きさがあっておらず、ずんぐりとして見える。耳から頬のラインを隠すほどに髪の量があり、それがまた余計に何かの雛を思わせた。

「見よ。子供はあのように悪さばかりするものだ」

 王子の指差す先、窓の外には泥団子を投げ合う少年たちがおり、ベイルは、おそらくそういったことをしたことがないのだろう、視線を泳がせたあと、「善処します」と老いた大臣のような返事をした。

 マントから覗く指先は砂で黒く汚れているが、気の毒なほど小さい。

「その方はいくつになったのだ?」

「十二歳でございます」

「いたましいことだ」

 憐れまれたのはベイルが二親を亡くしているためであるが、それにも黙って頭を下げる。

 面倒だな、とベイルは床を見たまま小さく息を吐いた。

 テレッサの王子、つまりこのウェイ島で最も大きな港を抱えるテレッサの総督である王子は、連合国に三十人はいる王子たちの中ではかなり善良な人物であったが、それゆえに子供が従軍してきたことをよしとはしなかった。

 アルバ及びウェイ島の女王にしてリアチ海域の皇帝であったウィスタリア女王の崩御から七年。かの女帝がまとめ上げた帝国は再び分裂をはじめ、アルバの東に位置する群島のうち南三島は内紛で焦土と化した。

 そうして今はこのウェイ島が、女王の直轄地であった尊い地が、皇帝派と神殿派で割れようとしている。

 皇帝派として治安維持を司るテレッサの王子は、ベイルのもたらした武功に溜め息を吐いた。

 海賊の首だ。

 元々、海に囲まれた半島で、北のウェイ島をはじめ、群島を領土とするアルバは海洋国家である。故に海賊も多かった。それを平定し、配下に組み込んだのがアルバ王家の末の王女であった、後の皇帝ウィスタリアである。

「女王陛下でさえ、初陣は十五歳であったというのに、大したものだ」

 ウェイ島の地方貴族の遺児が自領の民を守るために海賊を討伐し、それを報告に来たのだ。小柄な、十二歳かもあやしいなりの子供が、泥のついたままやってきて、わずか三十騎で停泊中の海賊船を拿捕したと。

 帝国の法では海賊を討伐すれば、その応酬した財貨は国の調査後に討伐者の物となる。故にベイルは正統な権利者である旨を申告しにやってきたのだ。

 王子はすでに五十歳を超えていたので大抵のことには驚かなかったが、面会したベイルのあまりの覇気の無さにはやや戸惑った。子供らしい無邪気さや、王族を前にした緊張などは感じられず、ただ淡々と物事を進めようとしている。

「正直なところ、帝国の調査官は参るまい。調査には我が領の法官を遣わす」

「ありがとうございます」

「その方はまだ子供であるが、領主として大役を果たし、見事である。両親のことは気の毒であるが、しかし伯爵はまだ健在であられたのではないか?」

「祖父は病を得てから心弱く、わたくしめのことを不憫だと泣くばかりで、戦に出られるような状態ではありませぬ」

 ベイルの物言いはあまりに率直で、王子は「なんと」と漏らし、顎を撫でた。

「そうであったか。伯はまあ、心労もあったであろうからな。……困ったことがあればいつでも私が相談に乗ろう」

「ありがとうございます」

 ベイルはきちんと騎士の敬礼をして退がり、王子は書斎の窓から騎乗して帰る小さな背中を見送った。

 馬は何も乗せていないかの如く軽やかに駆けて、護衛の騎士たちを置いていく。

「放たれた矢のようだ」

 大人しそうに見えただけでやんちゃであったのかもしれない。テレッサの王子は少しばかり安堵した。彼はアルバでも山側の大公領の生まれである。そこでは子供は身分に関係なく共に遊び、共に競いして過ごしていた。それからすればベイルの影のような沈黙は随分と哀れに思われた。

 王子がテレッサの地を与えられたのはもう三十年も前だ。大公領から紫陽宮のウィスタリア女王の元へ小姓として上がり、侍従を務めたあと、結婚祝いにテレッサを与えられた。帝国に三十人はいるだろう、「王子」の一人だ。だがその誰一人としてウィスタリア女王の血を引いていない。

 先帝、ウィスタリア女王の治世は八十年。十五歳で即位し、九十五歳で崩御した。

 永劫続くかと思われた御世を通して、女王は独身であったが、後継者はきちんと指名しており、連合国の王家の血縁の中から一番聡明であろう王子、ウィスタリア女王の叔父の曽孫にあたる、バルバロッサの王子が一年の服喪の後即位した。

 ところがこの新帝は三年も保たずに崩れた。

 朗らかで聡明であった王子は即位とともに臣下の顔色を窺うようになり、内乱一つうまく抑えられない。そんな中、頭痛を訴えて倒れた。一命は取り留めたが、いまや利き腕が動かぬとかいう話で、帝室は乱れているのである。

 幸いなことには新皇帝にはやはり聡明な皇子がいて、彼が十五歳になれば立太子の儀が執り行われる。そうなれば摂政として皇太子親政も無理な話ではない。

 帝国はあと二年持ち堪えれば良いのだ。


***


 リオル伯爵領に戻ったベイルは真っ先に風呂に放り込まれた。

 メイドたちに何を言っても無駄だということはわかっていて、執事に馬の手入れを言付けるのが精一杯。あとはされるがままだった。

「かわいいね」

 フィオはうっとりとした顔でベイルを褒めたたえ、風呂上がりに髪を乾かされ、梳られていたベイルはうんざりとした視線を返した。

 フィオはいつの間にか、ベイルが気がついたら側にいたという若者だ。濃い金の髪に甘やかな青い目をしており、母親の葬儀のあと数日ぼんやりとして過ごしたベイルが気づいたときには、当然のような顔で寄り添っていた。

 正直なところ、恐怖を感じる。

 侍女も執事も城番もフィオがいることを咎めもしない。ベイルだけが疑問を抱き、しかしその笑顔と手の暖かさに突き放すことができず、そのままになっている。

「泥だらけでもベイルは輝いているけれど、お風呂上がりが一番かわいい。ふわふわで」

 賛辞を無視して本のページを繰る。フィオに対しては本能的に恐怖を感じるが、別に嫌いではない。返事をしようがしまいが、彼の話は続くし、ベイルは自分のことには興味がなかった。

 ーー本は良い。

 ベイルには天啓がある。物から記憶を引き出す能力だ。直筆の書からは筆者の思いが汲み取れるし、写本からは書き写した者の考察が読み取れる。

 文字を目で追いながら、触れる手からは様々な囁きが聞こえる。一冊読めば知識はどんどんと増え、次に読むべき本も自ずと知れる。

 本は裏切らなかった。

 突然の事故で亡くなった母親も、ベイルを可哀想にと哀れみながら逝った父親も、ベイルを一人にしたが、本はベイルに生きていく術をくれる。

 テレッサの王子には覇気がないと評されたが、ベイルは元々静かにしていることが好きであったし、本を読んでいる間は冒険譚に心躍り、辞典からは世界の広さを知り、実際に知恵を試すことで領地に還元している。

「ヴェル様」

 侍女に促されて本を閉じ、円錐形の長衣のボタンをすべて留めてもらうと、ベイルは靴を履いてフィオに向き直った。

「戦が起きると思う?」

「うん。もうじきだね」

 面白がるような目をするフィオに、本当はこの男は自分にだけ見えていたりするのでないだろうかと何度目かわからない疑念を抱いたが、侍女が彼を避けて退がったので安堵する。

「ではお祖父様に委任状を書いていただかねばならないな」

 繰り返し嘆くだけの祖父に会うのは気が重たかったが、しかし伯爵家の当主は彼だ。委任状がなければ騎士団も動かせない。

「今日は尻尾をつけないの?」

 歩き出したベイルのあとを追い、フィオはベイルの髪に触れた。

「必要ない。付け毛がいるのは宮中に上がるときだけだ」

「僕が好きなのに。ベイルの髪が長く垂れて揺れるの見るの。かわいい」

「そうか。では今後も垂らすのはやめる」

「ヴェルリア。意地悪をしないで」

「次にその名を呼んだら東塔への出入りを禁じる」

 東塔はベイルの居住空間だ。フィオは悲鳴を上げ、鳶色の髪に縋った。

「側に居させて」

 悲壮な声と共に抱き上げられれば両の足が浮いてしまう。

「ちょうどいい。このままお祖父様のところへ行け」

「ふふ。喜んで」

 すぐに機嫌を直したフィオに、ベイルは溜め息を吐き、髪にキスをしてくる男を面倒臭いなと思いながら、彼の上着のボタンを玩んだ。

 淡く流れ込んでくるのはベイルの不在の間の城内の様子だ。

 海賊を狩って、テレッサの王子に報告した間の数日間を、フィオはどうやら大人しく過ごしていたようだと安心する。本と違い、あまり細かなことは見えないが、ボタン一つにそんな思念を込めている人間などいないのだから、彼が不審な動きをしていなかったことが確認できただけで十分だ。

 力が抜けたベイルに愛おしさを感じ、フィオは喉を震わせた。疑いを天啓を使って確認されたことなどすぐにわかる。

「それでいいの。僕が君を欺いているだけかもしれないのに」

「それでなお欺かれているのであればそれでいい。別に長生きしたいわけではない」

「それ以上言わないで。僕のお姫様。僕が君を生かしてみせる」

「無駄に死にしたいわけでもない。……そうだな、二年逃げ切ったら、旅に出るのもいいかもしれないな」

 皇子が立太子の儀を済ませれば、ほぼ帝位は彼のものだ。そうすれば帝国も落ち着き、地方貴族が一人、爵位を、正確には爵位の継承権を返上したとて問題あるまい。

 祖父を残して行くのは心配だが、彼もさほど長いようには思えない。その薄暗い想像はベイルの瞳を翳らせた。

「ついて行くよ」

「できないだろう。お前は。ーーここでいい。おろせ」

 西塔は祖父の執務空間だ。執事がベイルの到着を知らせる。白い上着の裾を揺らし、ベイルは書斎へと進んだ。それを見送り、フィオは頭を抱えた。あの小さな姫は何もわからないといいながらすべてを知っているのだ。

「ベイルが『僕』を望んでくれればいいのだけれど」

 そうすれば四海はすべて彼女のものだ。

「僕なら君が知りたがっている世界のすべてを手に押し込んであげられるのに」


***


「姫や。なんといたましいお姿か」

 老伯爵は孫娘の短くなって髪を撫で、さめざめと泣いた。

「切った髪はかもじにして取ってございます。戦さ場で掴まれても困りますし、これで不自由はございません」 

 ベイルは穏やかな声で答え、長椅子の、祖父の隣へと腰を下ろした。

 ヴェルリア・ベイリオール・テシェはリオル伯爵家の人間であるが、これは母方の血であった。彼女の両親は婚姻関係になく、婚外子として誕生した。

 伯爵家には他に子がいないため、母親が死去したときに伯爵家嫡子として王家には届出を出しているが、これが継承者として正式に認められるのは彼女が十五歳になったときである。

「男の子のようではないか」

「テレッサの総督もそう思われたようでございます。子どもらしく泥遊びをするよう言われました」

「なんと。抗議の文を書かねば」

「おやめください。お祖父さま。孫娘と広めて、わたしをただの駒のように思うものが縁談を寄越したらどうするのですか」

「困る。それは困るぞ。姫や」

「ですから今は父親のわからぬ小僧の方がようございます。さすがに神の祝福のない私生児の十二歳に縁談は参りますまい」

「そのようなことを言うものではない。神は誰もを祝福くださる」

「そうですね」

 老伯爵は孫娘の突き放した物言いに嘆き、しかし婚外子ということは広まってしまっているため、いま縁談がきても爵位狙いの三男坊あたりか、あるいは後妻か妾にといわれるであろうことは理解していた。

 それでこの話を終いにして、いくつかの手紙をベイルに示した。

「聡い姫はようよう物事をお知りだが、私がどれほど心を痛めているかお分かりではないのだ。ご覧なさい。皇帝派につくか、神殿派につくかと問いただす手紙がこんなにも来て。本来対立するものではないというのに、女王陛下がお隠れになられただけでこの有様とは」

 八十年という遠大な時間を治めたウィスタリア女王より以前は、連合さえしていない小国の群れであったことを、諸侯は突然に思い出したようであった。

「神殿はいかがなさいましたか。我々はウェイの王をただ仰ぐだけでございましょうに」

 ウェイ島の大神殿にいる王、その実態は神子だ。神に侍り、その声を伝える。ウェイの王自身が伝える託宣は多くはないが、王に仕える巫女たちの占いを求める民は多い。

「ご不快があったそうだ。賢者殿が御前を下がってからは誰ともお会いにならないとかいう話で、皇帝陛下が使者を遣わされたがお会いいただけなかったと」

「さようでございましたか」

 ベイルは少し考えた。賢者とはウェイの王の教師を務めた魔術師のことである。彼は異国の、魔術師を輩出するコードから来た者で、教師としての役目を終えて戻ったと聞く。そこで何か政治的なトラブルがあったとは考えにくい。

 だが新皇帝が託宣をもらえないということは、諸侯には責めるよい口実になるだろう。人品が帝位に相応しくないからだとか、あるいは皇帝がウェイの王に無礼を行い、退けられているのではないかとか。

「それでこちらは、すでに戦をする気満々のお手紙で、こちらは中立派で、これは皇帝陛下の盾となるようにとのお手紙ですか。お祖父様はいかがですか?」

 目下ベイルの一番大事なことは祖父の身であり、伯爵領だ。

「そう、困っておるのだよ。姫。爺はもう甲冑を着るのも大変だし、どちらについても爪弾きにされてしまおうよ」

 何せ病を得てから人の手を借りねば立ち上がれない。筋力が低下しており、長時間の歩行もできないから、出陣など無理なことだった。

「戦にはわたしが出ますのでご安心ください」

「しかし領内の海賊を狩るのとはわけが違うのだよ?」

「人を殺すのに何が違いますか。お祖父様。わたしは海賊に弓を射かけ、また首領の首を刎ねさせました。ヴェルリア・ベイリオールはそれを見届けたのです」

 そしてその首を皮袋に入れてテレッサ総督である王子にもたらしたのは今朝のことだ。

「姫や。ああ、不憫だこと。爺を許してくだされ」

 まだまだ親に甘えていてよい年頃の子供に惨いことをさせた。伯爵は口元を押さえた。

「ご立派とは仰ってくださいませぬか」

「本当であればそのようなことをされなくてよい身でございましたのに。爺が不甲斐ないばかりにお労しい」

「お祖父様にご心労をおかけするばかりですね。とはいえ、これ以上泣いていても仕方ありません。リオル伯爵、わたくしめに騎士団の指揮権をお与えください」

 ベイルは真っ直ぐに祖父を見つめ、老伯爵は彼女の夜空の藍色をした瞳の前に膝を折った。


***


 アルバは大陸から北向きに突き出した半島の先、半分を占める。ウェイ島はその北にある大きな島で、大神殿があり、神殿を囲むように石の城壁があり、巡礼者で港は栄える。

 故ウィスタリア女王は近隣の諸島も治めたため、アルバの女王にしてリアチ海諸国の皇帝と呼ばれる。

 その女王の生国、ウィガード王家が治めていたのは現在のアルバの半分ほどの地であったが、女王の生まれる十年ほど前に隣国のコモン王家と婚姻を結び、二つの王朝は半島で最初の連合国となった。

 アルバの女王はコモン王との間に子を三人儲けたが、第一王子は快活でありすぎたか自由を求めて失踪し、第二王子はたいそう美しい容姿をしていたがそれが仇となって妖精に拐われた。末の王女は王家のしきたりに従って修道院にいたが、それがのちのウィスタリア女王である。

 末の王女は二人の兄王子を探してアルバ海を彷徨い、それがきっかけとなって跋扈する海賊を平定する。

 このあたりの冒険譚は子供向けの人形劇から、大人向けの歌劇まで様々に創作されて、帝国どころか大陸中に知れ渡っている。

 気ままを愛する第一王子は城に戻らなかったが、第二王子は女王の即位後十五年ほどしてから一度戻った。戻ってきたときは失われたときと変わらぬ少年の姿であったという。

 女王は第二王子ナイルが王宮に戻ってきたときに大いに喜び、ナイル王子は「皇兄殿下」と称された。ナイル王子はアルバの魔術師たちに技術革命をもたらし、魔力を有する羽石の加工技術を伝え、そして再び姿を消した。生来病弱であったので、病死したとも、妖精の国へ帰ったとも言われる。ウィスタリア女王は何も語らず、ただ皇兄に与えていた所領を再び己の直下に置いた。

 残ったのは彼が伝えた地下水路から石戦車までの叡智の数々。

 この技術革新によりアルバのウィスタリア女王は近隣諸国の上に立ったのである。

「というのが我々臣民の共通認識ではあるけれど、どうやってあんな巨大な塊が浮くのかはまったくわからん」

 リオル伯爵家騎士団長であるペリリューは馬場で空を仰ぎ、青空の中、白い雲を引く帆船の航行を見送った。あれは北海の王国、アルゼルディードの王家が使う高速艇だ。

「俺、初めて見ました」

「あれには高純度の羽石をいくつも使うそうだ」

 若い騎士の後ろからベイルが現れ、駆けつけた騎士たちは膝をついた。

「ご機嫌麗しく。姫さま」

 白い刺繍の入った長衣のままやってきたベイルに騎士団長は目を細め、そして彼女のかすかな頷きに立ち上がった。円錐形の長衣の丈は膝まで、その下にはズボンを履く。アルバの伝統的な子供の装いだった。

「祖父、リオル伯爵より正式に委任を受けた。これより騎士団はみな、わたくし、ベイリオールの配下となる」

 祖父の紋章の入った委任状を広げて掲げる。

「対外的には「若君」とお呼びしてもよろしゅうございますか?」

「許す。むしろ女と知られて安い縁談がくる方が揉める。戦が終わるまでは秘匿せよ」

 幸いアルバの子供の衣装は男女同型だ。髪の長さぐらいしか男女の違いはない。王家には孫娘と届けてあるが、他に男子がいないとは言っていない。勘違いされればそれを積極的に解消することはしないというだけだ。

 伯爵家の騎士団の規模は大きくはない。毎年いくらか入れ替わりはするものの、年嵩のものは、彼女の母が身籠って奉公先から下がってきたところからベイルを見守ってきた。

 そして昨夜たった十二歳の少女が領地を荒らす海賊を殲滅する策を立て、冷静にそれを実行するのを見たのだ。

 空恐ろしくある。人形のように感情の見えない顔で、領内での殺人を自白した首領の首を刎ねるよう命じた。

 だが同時にベイルが領民へ心を砕く様を間近に見ているが故に付き従うのだ。

「若君は何方につかれますか?」

「皇帝陛下が不逞の輩から神殿を奪還されるのであればそちらにつく。だが今はそうではないから、各陣営からの召喚には領内の揉め事で兵は出せないということにする」

「承知致しました」

「海賊討伐の調査に総督の法官が参るそうだ。それが終われば報奨金が出よう。先んじて被害者に見舞金を出す」

 ベイルはペリリューを見、そして神妙な顔をする騎士たちを見渡した。

「我が騎士団においては悪意あって子を殺すもの、女を犯すものは首を刎ねる」

「もとより我ら誇りある騎士でございます」

 そんな卑劣なことはしないと皆が口を引き結ぶ。ベイルはかすかに微笑んだ。

「うん。誇りある皆を、父親なきわたくしのために名を落とさしめることになろうが、許せ」

「我ら一同、至誠をもって若君に従います」

 一斉に膝をつく騎士たちを労い、ベイルは東塔へと戻った。


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