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勇気王

作者: 三毛猫乃観魂

 勇気というと、イカロスの歌がありましたね。


 宿場町に灰色のフードの付いた外套を纏った男が現れた。その顔は白い仮面で隠されている。

 町の広場には一目でピエロと解る派手な服を着た男がアコーデオンを奏でながら歌を歌っていた。

「あるところに二人の王子様がおりました。兄は勇敢、弟は臆病者。二人は魔王退治に出かけましたと。ところが勇敢な兄は恐怖にかられ逃げ出し、臆病者の弟は勇気を振り絞って魔王を倒し、今や勇気王と称えられるようになりましたとさ」

 その歌を誰一人として楽しんで聞いている者はいない、子供でさえも。

「何が勇気王だ、ただの暴君じゃねぇか」

 殆ど聞こえない程の声で呟く、大声で言う程の勇気は通行人はない、もし勇気王の息のかかった者に聞かれでもすれば家族ごと処刑されてしまう。

 それでも呟いてしまうぐらい、民衆の不満は貯まっている。

「……」

 通行人の呟きを仮面の男の耳はしっかりととらえていた。

 ふと、路地裏を見れば町人が集まって話をしている。ここなら勇気王の息のかかった者に聞かれる心配はない。数少ない本音を語れる場所。

「オイ、聞いたか、どうやら勇者様たちが勇気王を討伐するらしいぞ」

「それは本当のことか」

「ああ、間違いない」

「あの人たちなら、きっと勇気王を倒してくれる」

「やっと、私たち圧政から解放されるのね」

 口々に希望を口にした。

 話を聞いた仮面の男は、誰にも気付かれないように宿場町を出る。



     ☆



「あれが勇気王の収めるジーレカ国の王都か……」

 丘の上に勇ましさを全身から溢れ出させる鍛え上げられた体格の青年が折り畳み式の望遠鏡を覗いていた。鎧を着こんだ青年の腰には使い込まれた剣が下げられている。業物に間違いなしの剣、鎧も負けず劣らない品。

 顔つき身体つき、全てが青年が勇者であることを隠さず表している。

「勇気王と呼ばれたのも、今は昔じゃのう」

 そう言ったのは黒いローブ姿の白ヒゲを蓄えた老人。見た目通りの魔法使い。

「どうして彼は道を誤ったのでしょう。十年前は魔王を倒した英雄だったのに、今や勇気王ではなく恐怖王と呼ばれています」

 物静かな黒髪ストレートの女性が語る。着ている法衣から僧侶と解る。

「まっ、あたしたちが圧政に苦しめられる民を助けてやろうじゃねぇか」

 逞しい筋肉を持つ女性が豪快に言い放つ。頑丈な鎧、肩に担いだ大剣、彼女は戦士。

「己自身の立てた栄光に溺れてしまったんだろうな」

 勇者は伸ばしていた望遠鏡を畳み、パチンと指を鳴らすと、アイテムボックスが現れる。そこに望遠鏡を収納、代わりに兜を取り出す。

 数秒でアイテムボックスが消えた。

「さぁ、行くぞ」

 兜を被り、勇者が進み出る。後に続く戦士、僧侶、魔法使い。この者たちは勇気王を倒すように神託に選ばれたパーティ。



     ☆


 外から眺めただけでも解る、暗く沈んだジーレカ国王都の現状が。

 ジーレカ国王都に向かう仮面の男。風に靡く外套の裾がもの悲しそう。



     ☆



 ジーレカ国王都に入った勇者パーティ。城下町にも関わらず、活気がまるっきりなく、時折窓から顔を見せる町人の目には生気がない。

「儂が前に来た時には和気あいあいとした活気の溢れる町じゃったのに、十年前でここまで荒廃するとはのう」

 淡々としながらも魔法使いの言葉には怒りの感情が込められていた。誰でもお気に入りの場所が荒廃させられたら腹が立つ。

「許すことの出来ない相手だな勇気王」

 それが素直な勇者の勇気王に対する感情。

「そうですね、もう勇気王は救う価値のない相手です」

 僧侶らしからぬ発言。それだけのことを勇気王はやっているのだ。

「さっさと勇気王退治と洒落こもうじゃねぇか」

 やる気は十分な戦士。

 一斉に勇者パーティは城へと走る。


 城の中は広かったが、がらんとして人の気配がない。それもそのはず勇気王の機嫌を損ねた家臣たちが処刑され、殆ど人がいなくなってしまったのだ。

「で、どうやって護衛や身の回りの世話をやらしてるんだ? 全部、一人でやっているわけねぇし」

 戦士が見回していると、ずらっと廊下の左右に並べられていた甲冑が動き出し、手に持った槍で襲い掛かってきたではないか。

「なるほどね、これに護衛や身の回りの世話をやらせているってか。変な趣味をしていらっしゃるな、勇気王様はよ」

 肩に担いでいた大剣を構える。

「これは魔王の術じゃな、何故に使える?」

 首を傾げる魔法使い。

「何だろうがかんだろうが、倒してしまえばいいんだろう!」

 大剣を振るい襲い掛かって来る甲冑を薙ぎ払う。力任せに大剣を降りまわしているように見えるが、そうではない。しっかりと剣術を心得ている戦闘。その証拠に無駄なく甲冑を倒して行く。

「こんなもんかよ」

 大剣を担ぎなおして勝ちを誇っていると、廊下に散らばった甲冑が動き出し、あれよと言う間に元の姿に戻ってしまう。

「何だと、そんなのありか」

 と慌てる戦士の横をすり抜け、

「こいつらは、こうやらないと倒せないのよ」

 僧侶が前に出る。

「聖なる光、邪悪なる者どもを還せ」

 唱えると放たれた白い光が甲冑たちを包み込む。

 光が消えると、倒れた甲冑たちは二度と動くことは無かった。

「気にする必要は無い、こいつらは私の得意な相手だっただけ。あなたにはあなたの特異な相手がいる」

 しょんぼりする戦士を励ます。

「そうゆうことだ。勇気王を倒すのにはみんなの力が必要なんだ」

 軽く勇者が戦士の背中を叩く。

「そうじゃとも、早く勇気王を倒して祝杯を上げようではないか」

 笑って見せる魔法使い。

「つまみにはお肉を頼むぞ」

 戦士も笑顔で返す。


 勇気王のいる王の間を目指して勇者パーティは進む。動く甲冑の他に動く石膏像、さらにゴブリンやオークなどのモンスターまでもが襲い掛かってきた。

 これらの敵をものともせずに倒し、どんどん進んで行く。何でこんなところにモンスターがと疑問を持つ前に、意気揚々と戦士が片付ける。モンスターは戦士の得意分野。


 やがて辿り着いた王の間、玉座に腰掛ける勇気王。

「どうゆう事じゃ」

 勇気王の姿に違和感を持つ魔法使い。違和感は魔法使いだけではなく、勇者パーティ全員が持った。

「おいおい、勇気王は二十歳を越えているはずだろ、まるで子供じゃないか」

 勇者が違和感の正体を口にする。

 勇気王が兄と共に旅立ち、魔王を倒したのは十代の頃だったはず。十年も経っているのに玉座に座る勇気王の姿は十代のまま、年を取っているようには見えない。

「我を倒しに来た、その勇気だけは認めてやろう」

 玉座から立ち上がる勇気王。

「灼熱の炎よ、我が敵を燃やし尽くせ」

 魔法使いが激しい炎の魔法を放つ。

 しかし、勇気王は難なく放たれた炎を素手で握りつぶした。

「馬鹿な」

 動揺する魔法使い。それもそのはず、放たれた炎は大半のモンスターは燃え尽きる威力があるのだから。

「たあっ」

 気合と共に戦士が振り下ろした大剣を難なく掴んで止める。

 攻撃が防がれたというのに戦士は笑顔。

「?」

 勇気王がいぶかしく思った瞬間、勇者が飛び込み、大剣を掴んだことでがら空きになった腹に剣を突きたてる。

 剣に込められていた雷の魔法を一気に解放。体内から勇気王に雷が炸裂。

 勇者と戦士が距離を取る。勇者と戦士の意図に理解した魔法使い。

「そこまで儂のことを」

 自分を信頼してくれている。それだけで気を取り直すことができた。

「地獄の業火よ、我が敵を焼き尽せ」

 特大の炎が勇気王を包み込む。真面に食らえばドラゴンでさえ、骨の残さず焼き尽くされる。

 炎が消えれば勇気王は焼き尽くされ、残骸しか残っていないはず、はずだった。

 全く無傷の勇気王が立っていた。勇者に刺された剣の傷は跡形もなく消えている。残骸になったのは来ていた服のみ。

 これには勇者、戦士、魔法使いも驚愕せざる得ない。

「怖いか怖いだろう。解るぞ、俺も魔王を前にした時に恐怖に震え上がった」

 勇気王が一歩前に出る。反射的と言うより、本能で勇者、戦士、魔法使いは後ろへ飛んで距離を取る。

 それほどの威圧を放っいた。この威圧はとても人間のものとは思えない。

「恐怖が極限に達した時、我は何にも怖くなくなっのだよ。あの瞬間、我から恐怖の感情は消滅して何にも怖くなくなった。そして魔王を倒すことが出来たのだよ」

 勇気王の顔に表情が浮かぶ、それは過去の栄光と弱者に対する優越感の感情。

「さて、お前たちは恐怖を無くすことができるかな? そこから勇気を呼び起こすことができるかな、我のように」

 誰だって解る、この気配は人間の気配にあらず。

「その者の気配は魔王のものです。皆さん、逃げてください!」

 気配の正体に気が付いた僧侶が叫ぶ。普段、冷静な彼女とは思えない声の荒げ方に状況の危険さをより一層知らしめた。

「その通り、我は魔王を倒した時に魔王の力を手に入れたのだよ」

 栄光に溺れてしまったレベルではない、英雄が魔王そのものになっていたのだ。十年前から、殆ど年を取っていないのも魔王になったから。

「さぁ、終わりの時だ。貴様らでは恐怖を無くすことも出来ない、今や戦う勇気さえ失っている」 勇気王の全身から、どす黒い魔王の妖気が溢れ出す。

 あの妖気は危険すぎる。勇者パーティは生存本能でそれを察した。

「聖なる守護の壁よ、邪悪なるもの退けよ」

 僧侶が妖気を弾こうと光の壁を張った。だが妖気は簡単に光の壁を破壊してしまう。

「逃げろ!」

 到底勇気王には勝てる見込み無し。このままでは全滅は確実。ここは逃げるしかない、それが勇者の判断、最適の判断。

 勇者の指示に従い、一斉に踵を返して逃げ出そうとした。

 魔王の妖気は勇者パーティを逃がすつもりなど無い。たちまち、一人残らず包み込む。

「ガハッ」

 魔王の妖気に包み込まれた勇者は血を吐き、肌の色が薄い黒色に染まっていく。戦士も魔法使いも僧侶も血を吐いて目と鼻と耳から血を流し、肌の色が薄い黒色に染まって倒れた。



「間に合わなかったか……」

 王の間に仮面の男が入ってきた。床には勇者パーティが転がっている。

「遅かったようだな、仲間はみんな死んだぞ」

 侮蔑するような勇気王の眼差し。

「この人たちは仲間ではない」

 仲間ではないといいながら、仮面の男は勇者パーティを瞳を閉じて回る。そこには追悼の気持ちが込められていた。

「僕は僕の果たすべきことをやりに来ただけだよ」

 勇気王との間合いを取る。

「どこの誰だかは知らないが、相手をしてやろう」

 魔王の妖気を体に纏わせる。

 勇者パーティさえ耐えることの出来なかった魔王の妖気にさらされながら、びくともしない。

「ほぅ、まだ生きているとは中々だな」

 と言い菜ながらも完全に仮面の男を格下の相手と舐め切っている口調。

 そんな勇気王に動じることなく、おもむろに男は仮面を手に取り外した。

「!」

 仮面の男の素顔を見た勇気王は魔王の力を手に入れたから、長らく感じていなかった驚愕を味わった。

「……兄さん」

 そこにいたのは一緒に魔王を倒しに行った兄の姿。

 しかし、驚愕したのも一時のこと、

「今頃、のこのこ帰っ来たところで兄さんの居場所なんかどこにもないよ」

 と鼻で笑う。

「何故なら、あなたは勇敢な兄と呼ばれながらも恐怖にかられ勇気を失い逃げ出した。それに対し我は臆病者と蔑まされながらも恐怖を失うことで勇気を手に入れ、魔王を倒し力を手に入れたのだ!」

 勇者パーティに放った時とは比べ物にならないレベルの魔王の妖気を放つ。

 勇気王は実の兄だろうと、平気で殺す気である。

 これ程のレベルの魔王の妖気に包まれれば、どれだけ屈強な者でも耐えられるはずがない、全身を粉砕されてしまうだろう。

 魔王の妖気に包まれながら、仮面の男の顔には苦痛ではなく悲痛な悲しみが浮かぶ。それてもやるべきことをやるため、仮面を投げ捨てる。

「さらば我が兄よ」

 自身の勝利を確信し笑みを顔面に張り付かせる勇気王。

 どす黒い魔王の妖気を一閃の光が貫く。いや光ではない、あんまりにも闇が深すぎて光に見えてしまう深淵の闇の一閃。

 魔王の妖気を貫いた深淵の闇の一閃が勇気王の胸の真ん中に突き刺さった。

「な、何だ、これは……」

 勇者の剣に刺されても何ともなかった勇気王の体が胸の真ん中から真っ黒に染まっていき、罅われていった。

「あの時、僕は魔王を遥かにしのぐ力を持った裏魔王の存在に気が付いたんだよ。魔王だけ倒しても世界は救えない、裏魔王を倒さなければ真の平和は訪れない」

 魔王の妖気が霧散し消えた、そこにに立っているのは全く無傷の兄。

「魔王ならお前一人でも倒せる。だから僕は裏魔王を倒しに行ったんだ」

 兄は逃げたわけではなかったのだ。弟を信頼し、一人で裏魔王を倒しに行ったのだ。ここで勇気王は気が付く、兄が自分と同じく殆ど年を取っていなかったことに。自分も年を取っていなかったこと慢心で、そこに思考が至らなかった。

「まさか、兄さんも裏魔王の力を……」

 罅は全身に広がり、やがて勇気王はバラバラに砕け散る。砕け散った破片は跡形もなく消えていく。

「もっと早く意識を取り戻せていたなら、お前が道を外すのを止めることが出来たかもしれなかった……」

 裏魔王を倒し、完全に力を手に入れたのは八年年、それまで意識は回復しておらず。いわば眠っているような状態。

 魔王の力は倒してすぐにコントロールできるようになった。

 裏魔王の力はコントロール出来るようになるのに二年も有した。裏魔王の力はそれ程の力。

 使えこなせない力は、ただの暴力。

 少しの時間、勇気王・弟に追悼を贈った後、投げ捨てた仮面を拾い、王の間から出て行く。その背中は語らずとも悲しそう



 しばらく時が過ぎ、勇気王が消えたことが知れ渡る。消えた理由までは解らなかったが、王の間で勇者パーティの遺体が見つかったことで相打ちになったのだろうと人々は噂し合った。


 勇気王が消えたことでジーレカ国に平穏が戻ってきた。新たに国のトップに立ったのは国民選挙で選ばれた人物。才能も人望も申し分なし。

 圧政から解放された民衆たちは自由に喜び、飲み食べ歌い踊る。


 ジーレカ国のとある田舎町にある酒場で仮面をテーブルの上に置き、グレープジュースを飲んでいる。実際の年齢がどうであれ、見た目は未成年なので酒場でも酒は飲めない。

 他の客はそんなことは気にしない。気にならない程、今が幸せなのだ、今までが苦しかっただけに。

 飲み終えたコップを置いて立ち上がる。

「お金、ここに置いておくよ」

 お金を払おうとしたら、

「こんなめでたい時に子供から、料金は取らないよ。俺の奢りだ」

 人のよさそうなマスターが笑顔で言った。本当に誰も彼もが幸せを謳歌している。

 この国で自分の果たすべきことを果たし終えたと、感じることができた。

「ありがとう」

 一言、お礼を言い。手に取った仮面を被り、静かに酒場を去っていく。






 隠しボスと言うのはRPGではよく出てくるからね。


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