エレナル④
「やっとついた……」
エレナルへと戻ってきたスレンとプレンダーは人目に入らぬよう裏口に周り、エモーションを解いた。
「全く……2人がかりでこのざまとはね……」
応接室へと戻ったスレン達を待ち構えていたのはソファで足を組みながらキセルを吹かすママ……。
開口一番に嫌味な言葉を送っただけでなく、呆れたと言わんばかりに頭を抱える彼女の姿を見た瞬間……スレンの額に青筋が浮かび上がった。
「ババァ……人をあんな危ない所に派遣しておいて……随分ふざけたこと抜かすじゃねぇか……」
「なんだ? 労いの言葉でも掛けてほしいのかい?」
「寝言ほざいてんじゃねぇよ。 こんな爆弾であたしを良いように操っているつもりだろうけど……その気になればあんたの寝首を掻くことだってできるんだよ?」
この脅しがはったりではないと証明するかのように、左腕に装着しているマインドブレスレットをママに突き付けるスレン。
ブレスに音声を入力してからエモーションするまでの時間は約5秒。
そのすさまじい力を持ってすれば、ただの人間であるママを殺すことは一瞬で済む。
2度の戦闘にて、アーマーの持つ力を感覚で掴むことができたスレンはそう確信していた。
「ほぅ……そんなにその首輪が気に食わないかい? じゃあ外してやるよ」
ママはポケットから取り出した小さなリモコンのようなものをスレンに向け、スイッチを押した。
カチッ!
「!!!」
次の瞬間……スレンの首に付けられていた首輪型爆弾がはずれ、そのまま床に落ちてしまった。
「これで満足かい?」
「ババァ……なんのつもりだ?」
「あんたが気に入らなそうだから外してやっただけだ」
スレンを言いなりにするために付けていた爆弾を外したにも関わず、ママは不愛想な顔のままキセルをふかし続けていた。
その堂々とした姿に、スレンの警戒心はさらに強まっていった。
「まさかこいつみたいに……あたしのことを信頼している……なんておめでたいことは言わないよな?」
スレンが横目で隣に立っているプレンダーに視線を送ると……ママは溜息をつきながらキセルに溜まった灰を灰皿に落とした。
「そんな訳ないだろ? シンプルに不要だから外しただけ……もちろんあんたのことなんて毛筋も信頼してなんかいない。
そもそもあたしは基本的に自分しか信じない」
「じゃあどうして……」
「あんたがあたしの脅しに利用しようとしたマインドブレスレット……実はちょっとした仕掛けがあってね。
あたしが設けた2つの条約……それを破れば、ブレスに内臓されている爆弾が爆発するんだよ」
「なっ! こいつにも爆弾あるのかよ!!」
内蔵された爆弾の存在が明るみになったことで、スレンは本能的にブレスを外そうとするも……その前にママが言葉を続けた。
「1つ……あんたがマインドブレスレットから20メートルほど離れると、自動的にあんたの両親に取り付けた爆弾と連動して爆発する」
「なっ!! 爆弾だと!?」
「なんだい? 気が付いていなかったのかい?」
そう言ってママが懐から取り出してテーブルに広げたのは汽車でスレンに見せた彼女の両親の写真だった。
初めて見た時は、動揺のあまり両親の顔しか認識していなかったスレンだったが……何とか心を静めてもう1度写真を確認すると……恐ろしいものを自分が見通していたことに気付いた。
「ふっ2人の腕についている腕輪……」
スレンの両親の腕に取り付けられた奇怪な腕輪。
それは先ほどまでスレンの首に取り付けられていた首輪型爆弾と酷似していた。
「物分かりが良いね……それはあんたの首に付けていた爆弾と同じものだよ。
物は小さいが、人1人の命を絶つくらいの威力はある。
つまり……あんたがマインドブレスレット捨てるということは、あんたが両親を殺すって意味なんだよ」
「くっ!!」
「2つ……エモーションをデウスとの戦闘や防衛以外で使用すれば、ブレスに内臓されている爆弾は爆発する……当然親のもね?」
「てっテメェ……」
「そうそう……あたしが個人的に条約を破ったと見なせば、リモートで爆発させてもらうよ?
だからマインドブレスレットの力で両親を助けに行くなんて馬鹿な思い付きは胸の内に抑えておきな」
「……」
「まだ何か文句があるのかい?」
「いや……ない。 ただ1つ……言わせてもらう」
「なんだ?」
「マジであんたはいつか必ずこの手で殺す」
バタンッ!!
背中を向けながらスレンはママにストレートな殺意を言い捨て、乱暴にドアを開いて応接室を出ていった。
「ふんっ! あんな小娘があたしを殺すか……随分でかい口を効くじゃないか……」
「ママ……パークスさんにあのような物言いはあんまりです。
先ほどの戦闘におけるミスは全て小生の不甲斐なさが招いたことです。
それに……彼女の協力があったからこそ、あのデウスを捕えることができたんです。
ですからお叱りは……小生だけにお願いします」
深々と頭を下げるプレンダーであったが、その真っすぐな誠意に呆れ果てたと言わんばかりに煙たい溜息を吐き、頭上にうっすらと白いのろしが上がる。
「あんたを叱る意味があるのかい?」
「……」
ママの言葉に、プレンダーは言葉を失った。
”叱る価値もない”……その言葉に秘められた失望の意思がプレンダーの心に重くのしかかった。
「(情を捨てて己の使命のために剣を振るうつもりだった……それが結局……汽車の時と同じく、何もすることができなかった。 ママが呆れるのも当然だ……)」
「返す言葉もありません……」
己の不甲斐なさ……優柔不断さに唇を噛みしめるプレンダー。
デウスを……果ては犯罪者達を無情な死から守るべく立ち上がったはずの決意と誓いを、彼女自身の優しさや思いやりが曇らせてしまっているのだ。
だがそれらは、同時にプレンダー自身の強さとも言える。
「あんたの人となりはわかっているつもりだ……。
でもあたしらがやっているのは単なる人助けじゃない……。
この国の正義に反した……立派な犯罪だ。
あんたがしくじって、あたしらの行いが世間に露見するようなことになれば……ここにいる人間全員が首を刎ねられる」
「……常に肝に銘じています」
「それでこのザマとは……大したもんだよ」
ママはソファから腰を上げると……プレンダーに皮肉な言葉を言い残し、部屋を出ていった。
「小生は……どうすれば……」
1人残されたプレンダーは己が正義と使命の葛藤に苦しみ……しばらくその場で立ち尽くすのだった。
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「(つくづく癪に障るな、あのババァ……。 ちくしょう! 親の事がなければさっさと騎士団にでもチクってやるものを……)」
ママへの怒りが最高潮に達したスレンの心はひどく乱れていた。
気晴らしとエレナル内を適当に散策するものの……。
「なんだあの子……すげぇ怖い……」
「すっごく可愛いけど……関わらない方がよさそう……」
にじみ出るイラ立ちが整った顔を歪めることで威嚇と同様の覇気を纏ってしまい、周囲の者達は蜘蛛の子を散らすように彼女から離れていく始末……。
「(お父さんとお母さんの無事をすぐに確認したい所だけど……。
家に電話なんてなかったし……じゃあ手紙?
いや……それも厳しい。
この世界に転生してずいぶん経つけれど……まだあの独特な文字には慣れてないのよね……。
読むことはギリできるけど……書くとなれば正直自信ない。
貧乏だから、学校どころか参考書すらまともに買うことができなかったから……大した勉学は身についていない。
そもそも実家は農家でついさっきまでは娼館で働いていたんだから……文字の読み書きとは縁がなかった……。
だったらもう直接会いに行くしかないけれど今は無一文の身……そもそもあのババァが目を光らせている間は動けないか……)」
あれやこれやと思考回路をフル活動させるあまり、前方への注意を疎かにしてしまったスレン……。
ゴツンッ!!
「いてっ!」
その不注意さが、壁際に設置されていた撮影用の等身大リズザパネルにぶつかってしりもちをつくという結果を招いてしまったのだった……。
「リズザぁぁぁぁ!!」
その時……悲鳴に近い声を上げながら1人の青年がどこからかこの場へと駆けつけてきた。
「リズザ! 大丈夫? けがはないかい?」
駆けつけるや否や……青年はスレンがぶつかった等身大パネルに声を掛けながら傷がないかを確認し始めた。
「……」
まるで愛しい恋人や家族を思いやるかのようにパネルを心配する青年の様子にスレンは困惑した。
それと同時に、自分には見向きもしない青年への無配慮さに怒りが湧き始め……。
「よかったぁ……どこもケガはしていないみたいだね……」
「(ちょっと待て!! 何がよかっただ!? 人がぶつかって倒れたのを見て、真っ先にパネルの心配するか? 普通!!)」
パネルの無事に安堵する青年の態度に腹を立てるも……それを口に出すことはしなかった。
青年のパネルに向ける並々ならぬ視線に、悪寒を感じてしまい……。
「(深く関わらない方が良いな……)」
スレンはそう判断し、ゆっくりと立ち上がり……。
「じゃああたしはこれで……」
それだけ言ってその場を立ち去ろうとしたその時!!
「ちょっと待って!」
突然、青年がスレンを呼び止めた。
背後から突然声を掛けられたスレンは驚いてまたしりもちをついてしまうところだったが……ギリギリ耐えることができた。
「なっ何?」
「君……名前はなんていうの?」
「(急に何なの? さっきはあたしのことガン無視してたくせに……)」
「教えてくれないかな?」
「すっスレン パークス……」
前世を含め、今までナンパ目的で様々な男に良い寄られたことがあるスレン。
こういった場合の対応は心得ているが、青年の強い押しに負けて考えるより先に名前を教えてしまったのだった。
「僕はグレイ シーカー! この劇場で働いているんだ。
初対面で急にこんなことを言うのもなんだけど……君に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「声優になってくれないか?」
「……は? 声優?」
「そう! 近々、劇場でリズザと肩を並べて戦う相棒ポジションの女の子を登場させる予定なんだけど……君の声がそのキャラのイメージにピッタリなんだ!」
「ピッタリなんだって……素人に演技させるつもり? 無理に決まってるでしょ?」
「そこをなんとか! 今までいろんな子がオーディションに来たんだけど……君ほどの声はいなかった!
ここで会ったのも何かの縁だ……お願いだよ!」
「よそを当たれ!!」
スレンはスカウトを断り、グレイに背を向けて去ろうとするも……。
「待ってくれ!」
グレイは諦めることなく、スレンの後をついていったのだった。