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エレナル③


 「このっ!!」


 スレンは構わず、デウスにもう1度強化された拳を放った……。


「!!!」


 放たれたスレンの拳をデウスは難なく手で受け止め、がっしりと掴んでしまった。


「こっこの……離せっ!!」


 握り拳のまま掴まれた手を引き抜くことができないスレン……せめてもの悪あがきにと2、3度蹴りを入れるも……デウスはひるみもしなかった。


「うっ!!」


「パークスさん!!」


 スレンは掴まれた腕を力強く引き寄せられ……デウスが手を離したのと同時にその勢いに乗せられたまま十数メートルもの距離を飛ばされ、火葬場で使用されていた小さな倉庫の壁にたたきつけられてしまった。


「くっ!……」


 たたきつけられた衝撃で倉庫は瓦礫の山へと変わってしまったが……アーマーに守られているスレンには頭を打った程度のダメージしかなかった。


 ヒュン!!


「!!!」


 瓦礫の山から出た瞬間、轟く風の刃……かまいたちがスレン目掛けて一直線に向かってきた。

それはデウスがスレンにトドメとして放ったもの……。

スレンは直感的にに大きく左に飛び上がり……紙一重にかまいたちを回避することができた。

かまいたちは瓦礫の山を真っ二つにし、回避に間に合わなかったスレンのもしもの末路を印象付けた。


「(あんなの喰らったらシャレにならないじゃない……!!)」


 息をつく間もなく、翼を展開したデウスが猪突猛進の如く……スレンへと向かっていった。


「げっ!……!!」


 再び攻撃を回避しようと立ち上がった瞬間……スレンはその場に倒れていた血まみれの女性騎士に足を掴まれた。


「たっ助けて……」


 その騎士は大けがをしているものの……まだわずかに息があった。

だが身動きが取れない上に周囲に誰も仲間がいない状況で、たまたまそばにいたスレンに無我夢中で助けを求めてきたのだ。


「はぁ!? この状況でふざけないでよ!!」


「助けて……」


 助ける義理などないスレンは迷うことなく救助を拒否するも、己の命が危うい騎士は涙ながらにすがるしかなかった……。

だが正義感などないスレンにとって、この騎士は文字通りただの足かせでしかない。

騎士の手を掴んで強引に引き離そうとするも……すでにデウスが2人の元に、その爪を尖らせて来てしまった。


「ハァ!!」


 デウスの爪が振り上げられた瞬間、プレンダーが背後から回し蹴りの要領でデウスの顔に蹴りを入れた。

デウスは蹴られた方向に軽く吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がって態勢を立て直した。


「大丈夫ですか!?」


 2人を背に隠しながら無事を確認するプレンダーに対し、スレンが青筋を浮かべる。


「テメェ、助けに来るならもっと早く来いっての!! 危うくマジで死にそうになったんだけど!?」


「すっすみません! 小生の判断が甘いせいで……!!」


 謝罪を述べる余韻に浸ることもできず、デウスは背中の翼で上空へと飛び上がり……鳶のような急降下でスレン達に突っ込んでいった。


「トリック!」


 プレンダーも翼を展開し、ミサイルのように向かって来るデウスに真正面から立ちふさがった。


「くっ!!」


『どけぇ!!』


 取っ組み合う形でデウスを食い止めたものの……単純な力負けですぐに振り払われてしまったプレンダー。

だがそれでもなお……諦めずにデウスの背中に飛びつき、自らもろともデウスを地面にたたきつけることに成功した。


『邪魔をするなぁぁぁ!!』


「うっ!」


 プレンダーを自分の障害であると認識したデウスは、攻撃対象を彼女へと変更した。

鋭い爪による猛攻をプレンダーは両手で防ぐものの……衝撃は生身にも届いていた。


「くっ! やめてください!」


 距離を取って攻撃範囲から脱しようとするが、デウスはすぐさま攻撃手段をかまいたちに切り替えてしまう。

かまいたちを紙一重で交わし続けていくと、次第にデウスとの距離感が縮まってしまい……爪の餌食となってしまう、悪循環に見舞われていた。

回避を繰り返しながら言葉を投げ掛けるが……デウスの耳に届くことはなかった。


「!!!」


 汽車での失態を思い出し、これ以上説得に固執するのは危険と判断したプレンダーは腰に付けていた白い剣を引き抜いた。

本人は戦う決意を固めたつもりでいるが……実際迷いを吹っ切れてはいなかった。

それを証明するかのように……デウスに向けている剣の刃先はわずかに震えていた。


※※※


「ちっ! 自由になったのはいいけど……」


 先ほどまでスレンに助けを求めていた騎士は、スレンが首筋に手刀を当てて気絶させていた。

テレビドラマやアニメを参考にした、見よう見まねの危険な手段であるものの……幸い騎士に息はあった。

緊急事態とはいえ、重傷者に対する仕打ちにしては少々乱暴な手段……後にプレンダー辺りに責められても緊急事態という言葉で押し切るつもりでいた。


「何してるのよあいつ……」



 空を仰ぐスレンの目線の先では、激しい空中戦を繰り広げているプレンダーの姿があった。

プレンダーは防戦一方で……デウスが優勢側に立っていることは戦闘に関しては素人のスレンでさえ理解できていた。

戦略やセンスといったものが欠片もないただ単純なデウスの攻撃……。

それをプレンダーは剣で受け流し続けている。

互いに異様な能力が備わっているとはいえ……実力差で測れば、剣に覚えのあるプレンダーの方が優勢となる。

だが、相手を気遣って思うように剣をふるうことができないプレンダーの思いやりが、結果的に彼女の腕を鈍らせてしまっている。

攻撃を受け流す際の動作は機敏にできているものの……反撃に転じた瞬間、急激に動作が鈍くなり……デウスが攻撃範囲外な距離を取る時間を与えるチャンスを作ってしまい……プレンダーの攻撃は全て空振りに終わる……。


「くっ! (ダメだ……剣を振り切ろうとすると手が震えてしまう……。 覚悟を決めたつもりだったけど……まだ心に迷いがあるというの?)」


 迷いを断ち切ることのできないプレンダーには勝機などまずない。

デウスが彼女を討ち取るのも時間の問題に思えた。



『何を悠長に空なんか見上げているんだい?』


「どわっ!」


 突然スレンのマスクに内臓されているディスプレイにママが映し出された.

驚いた反動で、スレンは腰を抜かしてしまう。


『人の顔を見て腰を抜かすとはずいぶん良い教育を受けているじゃないか……』


「いきなり出てくるなっ!!」


『あんたがボケっとしてなければずっと引っ込んでるつもりでいたよ……』


「じゃあ何しに出てきた訳?」


『あんたにクレーム付けに来た』


「は?」


『甘ったれたプレンダーもプレンダーだが、あんたもちっとは加勢でもしたらどうだい? さっきあの子に助けられたんだろ?』


「そんなに言うならお前が助けに行けよ、ババァ!」


『か弱い年寄りに血なまぐさいことやらせるんじゃないよ、罰当たりが!』


「(人のことを拉致したあげく、人質や爆弾で散々脅しやがったババァがなんか言ってる……)」


『……と、コントはこれくらいにして。 そろそろマジでカタを付けないとヤバいよ?』


 視線を上に向けるママに釣られて再び空を見上げるスレン……。

激しい空中戦を繰り広げていた先ほどとは一転し……互いに腕をつかみ合う取っ組み合い状態となっていた。

デウスとの激しい攻防によって、プレンダーはスレンの知らないうちに剣を地面に落としていた。


「(正直、あんな女が殺されたってどうでもいいし……逃げてしまった方が楽なような気もする)」


『何もせずに逃げ出すのは自由だけど……その場合は家族もろとも命を持って償ってもらうよ?』


「ちっ!」


 スレンの本心を見透かしたママが先手を取って脅しに掛かった。

苦虫をかみつぶしたかのようにスレンは表情をしかめ……渋々その場に留まる道を選んだ。


「カタをつけろなんて簡単に言うけど……あいつにはあたしの攻撃が全く効かないみたいなんだけど?」


『当たり前だろ? いくらアーマーの力が付与されているからって……素人の女の拳なんてタカが知れてる。 汽車のデウスはたまたま大したことのない奴だったからどうかなっただけで、大抵のデウスにはあんたの生ぬるい拳なんて虫刺されにすら感じないよ』


「じゃあどうしろって言うの?」


『手を出しな』


「は?」


『いいからとっとと出しな』


 理解が追いつかないまま、スレンは渋々右手を前に出した。


 スッ!


 すると突然、スレンの手元が光だし……手のひらに変わった装飾が施された銃が出現した。

マインドブレスレットを通してアーマーを転送しているシステムを利用し、スレンに武器を転送したのだ。


「なっ何これ……」


蛇光銃じゃこうじゅう……元はプレンダー用に作ったものだけど、あんたにやるよ。 あんたはプレンダーよりも非力だからね』


「あたし、銃なんて撃ったことないんだけど?」


『だったらデウスに銃口を押し付けて引き金を引けばいいだろ? 少しは頭を使いな』


「(このババァ……マジでいつか殺す)」


『じゃあ頼んだよ』


「おっおいババァ!!」


 それだけ言うと、ママは一方的に通信を切った。

その無責任さにスレンは腸が煮えくり返るものの……今が非常事態であることをわずかに認識しているため、どうにか気持ちを抑えることができた。


「ちっ! こうなったら腹を決めるか……」


 戦闘以外に選択肢がないことを改めて認識させられたスレンは、覚悟の胸に蛇光銃を構えた。


--------------------------------------


「くっ!」


 空中ではデウスとプレンダーの取っ組み合いが未だ続いていた……。

デウスの攻撃手段は爪による攻撃か、爪を振り払う際に発生するかまいたち……。

両腕を掴まれた今の状態では、思うように反撃することができない。


『放せ!』


 そうなれば自然とデウスの最善策は力づくでこの取っ組み合い状態から抜けだすことになる。

力においてはプレンダーが優勢に立っているため、デウスには蹴りやずつき等のシンプルな抵抗手段に頼るほかない。

大したダメージには至らないが、それを何度も繰り返していけばダメージは蓄積していき……次第にプレンダーの腕力が緩んでいく……。


「(このままじゃまずい……やっぱり反撃するしか……。

わかってる……そうしないといけないとわかっているのに……頭ではわかっているのに……)」


 デウスと取っ組み合う中で、プレンダーは自分自身の心と戦っていた。

現実を見て反撃に転じるべきと考える自分……デウスの中にある良心を信じる自分……。

相反する2つの自分がプレンダーの行動力を遅らせ、劣勢に立つ要因となってしまっている。

自分が取るべき選択肢はどちらか……それを決めるには、彼女はあまりに優しすぎたのだ。


「うっ!」


 とうとう蓄積したダメージに耐えきれず、プレンダーはデウスの両手を離してしまった。

デウスはこの好機を逃がすまいとプレンダーから少し距離を置き、両手に風を集めてかまいたちを放つ態勢に入った。

そのままデウスが攻撃に転じることができれば、ことは数秒で済む。

決着がつくとまではいかなくとも、戦闘不能に近いところまでプレンダーを追い詰めることは十分に可能だった。

ひるんで態勢を完全に崩してしまったプレンダーに防御を取る余裕はなかった。


『はぁぁぁぁ!!』


すさまじい雄たけびと共に、デウスは両手に込めた風をプレンダーに浴びせようと両手を振り上げた……その時!!


 カチャ!


 翼を展開して地上から飛び上がったスレンがデウスの後ろを取った。

スレンはすばやく銃口をデウスの背中に密着させ……。


「落ちろ」


 完全にプレンダーに意識を向けていたデウスは一瞬反応が遅れ……背後を取られたと気づいた時には、すでにスレンは引き金を引いていた。


『ぎゃぁ!!』


 蛇光銃から放たれた光の弾が火花と共にデウスにすさまじい衝撃を与えた。

完全なる不意打ちと言うこともあり、デウスは弾丸のように吹き飛んでいき……地上へと墜落していった。


「くっ!」


 銃を撃った直後、スレンの右手に強い痛みが走った。

ゼロ距離とはいえ、デウスを吹き飛ばすほどの威力を持つ蛇光銃を素人であるスレンが撃ったと考えれば当然の結果ではある。


「だっ大丈夫ですか!?」


「大丈夫な訳ないでしょうが! あんたがさっさとあの化け物を片付けていれば、あたしがこんな目に合わずに済んだんだよ!!」


「……」


 反論のしようもないスレンの半分憂さ晴らしが込められた正論に、プレンダーは言葉を失った。


「(そうだ……小生が覚悟を決めることができずに迷ってばかりいたから……戦闘経験すらないパークスさんをこんな目に……。

汽車での戦闘でもそうだ……小生は何もできなかった……。

ママからも釘を刺されていたのに……小生が不甲斐ないばかりに……」


 プレンダーの中で何かが少しだけ変わった。

己の心の未熟さを悔い改め、剣を持つ右手に力を込めた。


『だぁぁぁ!!』


「げっ!」


 地上に墜落して沈黙したかに見えたデウスが再び上空へと飛び、スレン達に牙を向いた。

右手に痛みが走った際に蛇光銃を地上へ落としてしまったスレンは完全なる丸腰。

その上、痛みをこらえるのに全神経を注いでいるため……回避も困難な状況に陥っていた。


「はっ!!」


 デウスの爪が2人を捉えたその時!!

プレンダーの剣が神速の如く、デウスの腹部を斬り裂いた。


『がはっ!』


 裂かれた腹部から大量の血液を流すと共に、デウスは真っ逆さまに地上へと落ちていった。


 ガシッ!!


 だが地上に激突する寸前……プレンダーがデウスの腕を掴んだ。


「そいつ……死んだの?」


 プレンダーに腕を掴まれたままぐったりとしているデウス……出血量を考えれば死んでいてもおかしくはない。

ただ……それはあくまで人間基準に基づくもの。


「いいえ……かろうじて生きてます。

急所を狙いましたが、傷はそこまで深くはないと思います」


「ったく……こんなに簡単にカタを付けられるなら最初からやってくれない?」


「すみません……小生が未熟なせいで……パークスさんに痛手を負わせてしまって……」


「終わったらさっさと引き上げさせてよ。 こんな血なまぐさい所にいつまでもいたくないし……」


「そうですね……」


 プレンダーは意識を失ったデウスを転送し終えると、スレンの腕を掴んでエレナルへと帰還したのだった。

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