袋の鼠
伊織視点です。
◆◇◆◇
「ここら一帯は薔薇が多いです、あちらは季節ごとに花が変わります、今はネモフィラの花畑になっていますね」
「こちらの青い花はなんですの?」
「そちらの花も薔薇ですね、ブルームーンと言います」
「詳しいのですね!」
驚いた、彼と同じような反応をしたから。
おっと、いけない、表情が崩れた。
彼女は花が好きなようだ。先程から目をキラキラと輝かせている。
そこも彼と同じなのか...。
「花がお好きでしたら温室もありますが、ご案内致しましょうか?」
彼女が目を見開いた。
「お願いします!」
似ている...。彼女が彼の生まれ変わりなのか?
「...殿下?」
しまった、思わず立ち止まっていた。
「あぁ、いや、行きましょうか」
「はい」
何やら視線を感じるが気にしないでおこう。
「ぅわっ...」
体制を崩した彼女に咄嗟に手が出た。
「大丈夫ですか?」
「助かりました、ありがとうございます」
彼女は笑って見せた。
その仕草、言動...
「...渚」
気づいたときには口に出してしまっていた。
「えっ...」
彼女は驚いて、固まっている。
「どうしてその名前を...?」
次に開いた口は彼が渚だと確信させるものだった。
「...本当に渚なんですね、ずっと、ずっとあなたを探していた...!」
長年恋焦がれていた人が今目の前にいる。
「伊織...なんですか?」
「そうです、覚えていてくださったんですね」
こんなに嬉しいことはない。
嬉しさのあまり抱きしめて顔を覗き込む。
「前世のときからあなたが好きです」
自身の顔の良さを最大限に生かしながら二度目の告白をする。
「ぇ...えと、ありがとうございます...でも、私はまだ好きとかはよく分からなくて...」
「では好きになって貰えるよう努力しますね」
手の甲にキスをした。
前世では渚を幸せにできないと思ったから我慢したんだ、今世では我慢しない。
「前世と比べて積極的になっていませんか...!」
当たり前だ、君を落とそうとしてるんだから。
「そうですか?あなたへの想いが爆発したのかもしれませんね」
照れている顔も可愛らしい。
「渚...いや、この世界ではナディアですね、これからはナディアと呼んでも?私のこともぜひヘリオスと呼んで貰いたい」
「それはだめです!ファーストネームで呼び合うのは家族と婚約者のみです!」
「では私の婚約者になって欲しい」
「ですが...」
何か渋る理由があるのだろうか。
「何か悩みがあるなら一緒に解決します、それでもだめですか...?」
悲願するように言ってみる。
「...分かりました、婚約者になります」
「ありがとう!ナディア、これからよろしくお願いしますね」
これで堂々と名前で呼ぶことが出来る。
「よろしくお願い致します...ヘリオス様」
「!!」
名前を呼ばれただけなのにこんなにも嬉しいものなのか。
「…では父上と公爵の元に戻るとしましょう」
「はい」
まずは婚約者になれた、君が嫌だと言うまで逃がすつもりはない。
覚悟してね、ナディア。
一章はこれで終わりです。
ここまで読んでくださった方ありがとうございました!