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シンの日常①

「おい! 誰だこのクソまずい飯を作ったのは!」


 シヴィル侯爵邸に怒号が響き渡る。

 召使いたちは皆怯えたような表情のまま、当主であるエギル・シヴィルの顔色をうかがっている。


 エギルが怒った様子で立ち上がり、その反動で白いエプロンが料理の上に落ちる。そしてメイドのうちの一人に詰め寄った。


「おれは誰がつくったのかって聞いてんだよ! こんなことにも答えられないのか?」


 メイドはエギルに襟首を捕まれ顔を青くする。壁に沿って一列に並んでいたメイドたちはエギルのスペースを空けるように列を乱した。

 全員が顔を真っ青にしている。


「ヒェッ! し、シンでございます。決して私ではございません」

「そうかそうか。またあいつか!」


 そう言ってエギルは掴んでいたメイドを乱暴に投げ捨てる。

 投げられたにも関わらず、メイドは声一つ漏らさない。


「あいつをここに連れてこい。今すぐにだ!」


 エギルがそう言うと、最初からわかっていたかのように部屋の扉が開き、シンが投げ入れられた。


 顔は煤け、体のあちこちに切り傷や打撲、火傷がある。

 シンもまたエギルを怯えたような眼差しで見上げた。


「またやってくれたな。貴様のような屑を雇ってやっているだけでもありがたく思え。まあ、それも明日までだけどな。そんな屑だから親にも捨てられるんだよ」


 エギルが鼻で笑いながらそう口にした。

 シンはそれに対して思わず反抗的な目つきでエギルのことを睨みつけてしまった。


「あ``ん? なんか文句でもあんのか?」


 シンはエギルに思い切り腹を蹴りつけられる。

 シンはその勢いで壁に衝突してうめき声を上げる。


「そ……それを作ったのは僕じゃありません」


 シンはエギルに訴えかけた。本当に自分が作ったものではない。今壁際でシンのことをご機嫌な様子で見ているアカシャというメイドである。


「ごまかすんじゃねぇぞ! 仕事一つこなせないのか。そんなやつは働かなくていいんだよ! おい、こいつを地下牢に入れておけ。せいぜい反省するんだな!」


 エギルは不満そうにそう言うとその肥えた体を揺らしながら部屋から出ていった。


 それと同時に侯爵家専属の騎士が入ってくる。

 シンは騎士たちに乱雑に持ち上げられて地下牢へと連れて行かれていく。


「自分で歩け。そんなこともできないのか」


 騎士の一人がシンを支えていた腕をとく。

 支えを失ったシンはその場に崩れ落ちた。

 なぜ自分だけがこんなにも惨めな思いをしなければいけないのか。どうして自分はこんなにも不出来なのか。シンはおぼろげな意識でそんな事を考える。

 体に力を入れるが、立ち上がれない。


「おい! 自分で歩けって言ってんだろ! 聞こえねえのか?」

「す、すみません。た、立ち上がれなくて……」

「このまま階段転がすぞ」


 騎士にいくら脅し文句を言われようとシンが立ち上がることはなかった。

 眼の前にはちかえと続く石階段がある。ここを転がり落ちれば、最悪命を落としかねない。

 

 そんなことはお構いなしに、騎士はシンの体を階段へ蹴り飛ばした。


「あがっ!」


 シンはなすすべもなく階段を転がっていく。地下にたどり着く前にシンの意識は途切れてしまっていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 死んでしまったのだろうか。

 シンはゆっくりと体を起こし、あたりを見渡した。

 黒カビの生えた石壁、錆びついだ鉄格子、申し訳程度においてある布切れ。

 シンがいる場所は間違いなく侯爵邸地下の牢の中だった。


「まだ生きていたんだ……。いっそのこと死ねればよかったのに。また生きちゃった」


 シンは過去にも階段から突き落とされたことがあった。その時も何故か目を覚ましてしまい、地獄のような日々が始まった。


 侯爵が言っていたように、シンは明日をもって侯爵家の奉公を終える契約をしていた。

 なぜなら明日、職業神託が教会にて行われるからだ。

 職業神託というのは、世界中の14歳が参加する義務がある儀式である。

 この世界にはすべての人間に神から職業を与えられる。それが14歳なのである。戸籍が存在している子供は全員儀式に参加せねばならない。たとえ奴隷であってもだ。

 そもそも、14歳以下の奴隷の売買は教会によって禁止されているためそのようなことは起こり得ないのだが。


「どうせ大した職業なんてもらえないし、次はどこで働いたらいいんだ? こんな自分に働ける場所があるのかな……」


 シンは、周りを心もとなく照らしている一本のロウソクを眺めながらそんなことをひとりごちた。

 今が昼なのか夜なのかすらわからない。


「こんなところでも働かせてもらえているんだから、明日ダメ元で頭をさげてみようかな。働き口が無いよりよっぽどマシだ。いや、そのまま死んでしまうのも悪くはないな。ていうか、明日で追い出されるかもしれないのに実感がわかないな」


 シンは自分の血のついた手を見た。自分の血はもう見慣れてしまったけど、他の動物や人の血には抵抗がある。

 何故か階段から突き落とされても骨折などの大怪我をしたことがなかった。打撲などの軽傷で済んでいた。今回もそう。

 もしかしたら自殺をしても、そんないらない幸運で死ねないのかもしれないなと、シンはぼんやりと思った。


 戦士系の職業にだけはなりたくない。人を殺したくないし、魔物だって怖い。それに自分で死ぬのはいいが、殺されたくはないなんていう矛盾した気持ちもあった。


「なんか眠いな」


 シンはそのまま倒れ込み、瞼を閉じた。

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