さくら、甘くない。
「お兄、お帰りなさい」
俺はマンションのドアを開け中へ入ると、妹のさくらが俺を見ないで言った。
さくらは、クローゼットから洋服を出してはしげしげと眺めウンウンとうなずいている。
「ん、何してんだ?」
「明日、モデルのバイトがあるからさ。準備してんの」
後ろ姿は、完璧な9頭身。
街を歩いていたら必ずといっていいほどスカウトされるのも納得のスタイルだ。
わが妹ながら恐るべし。
さくらの声は弾んでいたが、急にピタリと手を止めて俺に振り向くと
「お兄、今日なんかあった?」
俺は、ギクリとした。
「別に。どうして?」
「ふうん、なんかあったのね」
さくらは、長い足を大股に開き俺に歩み寄ると目を大きく開けて
「あたしの目は、ごまかせないわ。お兄の顔に今日はすっげえいいことあった、って
ちゃんと書いてあるわ」
「顔のどこらへんに?」
「ここらへんに」
さくらは、俺のおでこの真ん中に爪を置いた。
「いってえ、あんまひっかくな!」
「この匂い、どこ行ってたの?」
さらに、くんくんとさくらは鼻を膨らませ、動物のように俺の体を嗅ぎはじめた。
「まさか・・・」
「女じゃないわよね?」
俺は、平静を装って
「お団子を食べただけだよ」
「ふうん・・、まあ確かに甘い匂いがするから、信じていいかもね」
すごい嗅覚だ。
これも、生まれ持ってのものなのか。
「でも、言わせてもらうけど」
「20にもなった男が、妹以外の女性と会話もできないって恥ずかしすぎるから」
「そんな兄を持つあたしの立場もわかってね」
さくらのひんやりした言葉が、俺の胸にぐさりと刺さったが、今日の俺はそんなことではへこたれない。
「俺は、変わるのさ」
俺が呟くと
「え、なんか言った?」
さくらが耳を近づけたが、俺はそれを見ないふりして自分の部屋に入ると失笑した。