第一章 第八話「望むところだ」
携帯電話の着信音が鳴り響き、自宅で寝ていた私は突然叩き起こされた。
「はい……もしもし……」
『あ、おはようございます。レイラさんお休み中でしたか、すみません』
元気なヨーコの声で眼が少しずつ開いていく。時計を見ると午前九時を過ぎている頃だった。
「いや、こちらこそごめんなさい、なんだったかしら」
『結論から言うと、ユキナさんの演説場所が判明しました』
「えっ!? 仕事が早いにも程があるわよ」
高い場所、窓から見えるビル群、恐らくかなり高い場所だということは想像できたけど、条件を満たす場所は世界中にいくらでもあるだろう。
そして、ユキナは世界中の人たちを洗脳して思いのままに操っているんだ、最早彼女に国境なんてものは存在しない。世界中を自由に行き来できる人間を探すのは一筋縄ではいかないと思っていたが……。
『思いついてしまえば簡単でしたよ。インターネットってやつですか? アレで《ユキナ様が演説された場所に聖地巡礼したいけど、どこだろ》って色んな国で発信してみたんですよ。そしたら話したがりがすぐ食いついてきて聞いてない情報までそれはもうボロボロと。いやぁ文明の利器っていうのは恐ろしいものだなぁーっと改めて思いましたね』
「な、なるほどぉ……」
言われてみれば世界中のアイドルみたいな状態なわけなんだから、世界各地に些細なことでも全て特定できる人がいるわけだ……。世も末だな……。
ただ、意外だったのは、ユキナはこういった本人を特定されるような部分に関して、能力を使って封じていないという点だ。
単にそこまで能力が及ばないのか、単にやり忘れているのかはわからないが……。
いや、ユキナにはまだ会ったことすら無いが、そんな間抜けをするようなやつではないとは思っている。
それくらいの意識でいないとアイツには負けてしまう気がする……。
『インターネットでの情報によると、日本にある東京タワーのトップデッキという場所らしいです。東京タワーが全長333メートルでトップデッキが250メートルの場所にあるみたいですね。更に公式サイトを見ると、東京タワー自体が数日前からずっと営業停止中のようです』
演説した場所がそこだというだけで、別に今もそこにいるわけではない。何なら居所として構えるには些か不便な場所だ。
でも……何故だろう、ユキナはそこにいるという確信がある。なんなんだ、この感覚は……?
「うーん……。なんだろう、まるで導かれているというか手招きされているというか。探し出したはずなのに見つけた手応えが感じられないわね」
『でも今のところ手がかりはこれしかないですし、とりあえずでも行ってみる価値はあると思いますよ』
色々思案していたが、私は携帯電話を持っていない方の手で自分の頬を叩いた。
「よしっ!! もう吹っ切れた! いくぞ!」
『わかりました! 飛行機のチケット取っておきますね!』
こうして、私とヨーコは荷物をまとめて、急遽日本へと出航することとなった。
◇ ◇ ◇
「暑い……。あと臭い……」
恐ろしい疲労感とともに、日本の東京に着いた私は文化の違いに直面した。
「あー、イギリスに比べると結構南ですし、イギリスに比べると湿度も高い上に、まだ残暑があるみたいですねぇ……。あとこの匂いは多分醤油の匂いです。空港に日本食の飲食店が沢山ありますからね。そのうち慣れると思いますよ」
「私、海外旅行って行ったことなかったんだけど、どこもこんな感じなの……?」
「私は今まで色んな所に行ってますけど、どこも一日二日あれば慣れますよ。いや、慣らすといった方が正しいかもしれないですね」
「なるほど……」
移動時間が大体十二時間で、時差も九時間くらいあるせいか、昼に出発して体感は夜なのに、実際には昼過ぎくらいなものだから、身体が全然追いつかない……。
「とりあえず今日は休みたいからホテルに泊まりましょ……。ユキナを探すのは体調が整ってからじゃないと無理だわ……」
ゲームで言えば、これからラスボスを倒しにいくっていうような場面で、体力が無くて宿屋に戻るような、こんな失態を晒すことになるとは思わなかったわ……。
本当にユキナが日本にいるかどうかすらわからない。でも、何となく彼女はここに――東京タワーにいる気がする……。自意識過剰かもしれないが、きっと私たちの周りにいる誰かが洗脳されていて、常に間諜として報告していて、ここに来たことも把握しているのだろう。
一体私はユキナと対峙して何がしたいのだろうか……?
彼を殺した理由を聞きたいだけ?
彼を殺したユキナに復讐するため?
私の中にある点と点を線で繋いでスッキリしたいだけ?
私の中でもまだハッキリと何がしたいのかはわかっていない。だが、きっとユキナに会えばわかるはずだろう。きっと彼女の中に答えがあるはずだ……。
◇ ◇ ◇
翌日の午後八時、私とヨーコは東京タワーに向かった。
初めて見る紅白模様のタワーを見上げ、私の心臓は少しずつ高鳴っていた。
別に時間指定があるわけではないし、行ったらユキナはいないかもしれない。でも、何故か行けば会えるという気がしているのだ。
「ヨーコ……、ユキナはいると思う?」
「それは意思確認ですか? それとも正解が欲しいんですか?」
真剣な面持ちのヨーコが私の顔を覗く。
「そうね、いるかどうかなんて関係なかったわ、意思確認したかっただけ」
少し頬を緩めたヨーコがこちらを向いて笑う。
「それじゃあ、行きましょうか、レイラさん」
「えぇ」
私とヨーコは正面ゲートに向かって歩き出した。
正面ゲートを通ると、公式サイトでは営業停止中と書いてあったにも関わらず、自動ドアが開き、中に入ることが出来た。
「誰もいないですね……」
自動ドアは開いているし、照明も点いているが誰もおらず、人の気配すらしない。
「――なるほど、望むところだわ。先に進みましょう」
ユキナが私たちを待ち受けていると判断し、私はメインデッキに向かうエレベーターのボタンを押した。
エレベーターのドアが開き中に入ると、私達を上空へと誘う扉が閉じた。
「ヨーコ、予め伝えておくわ」
私はメインデッキに向かうエレベーターの中でヨーコに話しかけた。
「正直なところ、私は今から何をしにいくのか、自分は何がしたいのか、まだわからないままでいるわ。ヨーコのことにしたって、私が知らない何かを沢山抱えて、そして悩みに悩んで……。その選んだ結果が今だってことは理解できた……」
私の右手は仄かに青く光っている。
「彼のことだって、今も胸が締め付けられるくらい好きだし、そんな人を殺めたユキナのことは恐ろしいくらい憎んでいる……」
ぎゅっと握る私の拳を見て、ヨーコは自らの袖を掴んでいた。
彼女からしたら、私の憎しみの一端は自らが担ってしまっているのだ。今の言葉は少し軽率だったかもしれない。
「……私は私で彼のことは全然理解できていなかった。盲目になっていた眼が少し戻ってきたからわかるけど、あんな一目惚れで起きる恋愛なんておかしいし、きっと何かあるんだろうなって思う」
きっとこのタワーの最上階にその答えがある。そんな気がする。
いや、もしかしたら答えだけならヨーコは知っているのかもしれない。
私は問題も知らず答えを知りに行き、ヨーコは解いた問題の答え合わせをしに行くのだ。
「レイラさんが抱える疑問は答えが出そうですか?」
「うーん……。ユキナをぶん殴ったら出る気がするかも」
私は拳を前に突きだして笑いながら答えた。