第三章 第三話「いつもそうだもんね」
「恐らくじゃが、ワシの神通力ではお前さんのおるアジア方面からルーラシードの気配を感じておる。もちろん広い範囲じゃから、その周辺の地域の可能性もあるがな」
ワシはイギリスの拠点で、携帯電話を使って小僧と話しておった。
『ボクは拠点を当分日本に置くことにするよ。アジア方面では割と規制が少なくて情報の集めやすい国だし、移動自体はいつも通り軸をズラせばどこでも行けるしね』
「軸ずらしの術を使うなら、ワシと同じ拠点に居れば良かろうに……」
ワシは少し不貞腐れていた。あやつはいつも別行動をしたがるきらいがある。
『狐の女王様はやむを得ない時以外は寝食を共にしないんじゃなかったのかい?』
「他の並行世界で今まで何度も野宿や茅葺小屋で寝食を共にしておいて! 今更出会った頃の話を引っ張ってくるんじゃないわ! このボケっ!」
ワシは勢いに任せて携帯電話の終話ボタンを押し、そのまま布団に叩きつけた。
全く、人の気も知らずに……。
◇ ◇ ◇
さて、ワシは先に述べた通り今はイギリスにおる。
この世界に着いて、レイラフォードに関してはイギリス――厳密に言えばグレートブリテンの近辺におるということが早々に判明した。
これだけ早く成果が得られたのも、様々な並行世界を周ってきて、一つ共通点を見つけていたからじゃ。今回も最初にその共通事項の調査を始めておる。
その共通事項は「レイラフォード」と「ルーラシード」という名前じゃ。
例えばレイラフォードであれば「レイ=ラフォード」、「レイディアント」、「麗蘭」、「フィールド」など何となく似た字面のものや、レイから転じて「光」や「ライト」なども対象となった場合もあった。
このように、確実というわけではないが、何かしらヒントとなる単語が含まれた名前の人物が対象になっておる事が多い。故にレイラフォードを探すときは、まず欧州や北米を中心に探しておる。
逆にルーラシードの場合はルーと発音の近い「ラシード」や「ロウ」や「ラゥ」や「狼」という名前とか、まぁ……なかなか地域の特定が難しいのが難点じゃな。
それにこの世界は根幹と呼べるくらいメジャーな世界観じゃが、並行世界という大樹の端の枝葉に行けば行くほど世界がかなり独特じゃから、文化や宗教も全く異なり、探すのも手間になってしまう。じゃから、いっそ手当たり次第探すのが早い場合もある。
ちなみに、ワシは世界樹の端の方にある世界から来ておる。大陸の形も違えば、獣人や異形の生物が跋扈する世界だった故、もう慣れてはおるが、最初は鉄道や飛行機なんてものがあるこちらの世界の方が異質に感じたものじゃ。
話は戻って、グレートブリテンの周辺におるということで、九つの尾を護身用の一本を残して一度全てレイラフォードの探索に振り分けた。
ワシの九尾の印は最大速度はマッハ一程度、秒速三四〇メートル、時速だと一二二四キロメートルまで出すことが出来る。いわゆる音速というやつじゃな。
ただし、この速度だとほぼコントロールが出来ず、探索範囲も針の先程度しかないため、実際の探索はかなり遅い速度で探索させておる。速度を落とすほど探索効果範囲や探索精度を拡大させる事が出来るから、その都度臨機応変に対応しておる。どうじゃ? 器用じゃろ?
すると、幸いなことにレイラフォードについてはすぐ見つかった。今回の対象者はズバリ『レイラ=フォード』というイギリスに住む二十代の女性じゃ。名前が同じで非常に見つけやすかった。
レイラフォードの探索が大体二年程度で終わったのは僥倖と言えよう。
ちょうど同じくイギリスに滞在しておったワシが追跡を続けることとし、それと同時に、ワシの九尾の印はルーラシードの追跡に専念することとなった。
ルーラシードについては、東欧から中東、そしてアジア圏で追跡時に反応があった。非常に広範囲で移動している者か、あるいは死亡による再抽選がこの範囲で複数回行われているのかもしれぬ。
レイラフォードとルーラシードは、当代の者が死亡すると、その次の候補者を世界が抽選して決定し、次代のレイラフォードとルーラシードが決定される。
今回のように広範囲で反応が確認される場合は、長距離移動をしている者か、死亡率の高い地域で抽選後にすぐ死亡してしまうケースというのも考えられる。何にせよ、追う側の立場としては死亡から再抽選という場合が一番厄介じゃのう……。
ルーラシードを見つけるには十数年から数十年……些か難航しそうな気配を感じたため、ワシは先にレイラフォードと接触を図ることにした。
予めレイラフォードと接触して交流を深めることで監視がしやすく、死亡という不測の事態を回避しやすくなるだけでなく、ルーラシードが発見された際に違和感なく接触させることが出来るというメリットがある。
様々な接触方法があったが、一番自然な方法として奴の学び舎に潜入することにした。
当初は文字通り潜入しようかとも思ったのじゃが……長期間の潜入となると想定外の事態になったときに面倒な事になるのを避けたいがため、本当に大学へ入学することにした。
何ということ無い、ワシの頭脳があればどんな入学試験が難問でも余裕で解けてしまうからのう。
――と、大学に入学する方針を小僧に話すと。
「ヨーコはすぐズルをするからな、どうせまた残りの一本の矢印でカンニングしたり答えを見つけたりするんだろ。ヨーコはいつもそうだもんね」
と、ほざきよった。
またとは何じゃまたとは。そんなに言われるほど何度もズルしてはおらんわ!
大学へ行く際は、先に述べたとおり幼女の姿に化けておる。このようなプリチーな新入生に周りもメロメロじゃろうて。潜入活動は目立たないのが原則だが、ワシの魅力はどうしても溢れ出てしまうからのぅ! ハーハッハッ!
普段のワシは簡易な着物を着ているだけじゃからのう、幼子の時はフリフリで可愛らしい服装にしておる。別にワシの好みではないが、可愛らしさをアピールするためのものじゃ。
「幼子、幼子って言ってるけど、本当のヨーコも大概チビっ子じゃん。普段は大人に化けて誤魔化してるけどさ」
うるさいぞ! 小僧!!
「ヨーコが好きそうなフリフリで可愛らしい服装を着ること自体は否定しないけど、僕はまずは普段から髪の手入れとか部屋の掃除とかをしっかりした方がいいと思うんだ。普段のだらしない性格がどうしても内面から出てきてしまっているよ」
余計なことまで言わんでよい! 最近は割と部屋も綺麗にしておるわい!
……全く、ワシが方針を話すと大体いつもワシに対してアレコレ小言を言ってきよる。小姑かお前は。
まぁよい。方針自体はお互いに共有できたし、潜入調査を開始するとしよう。




