第三章 第一話「この世界には無いものを見に行こう」
ワシの名はヨーコ=マサキ。まぁ、大した人生は歩んでおらぬ。
【ルーラシード】の小僧と出会った頃は、千年生きた九つの尾を持つ妖狐『政木狐』と呼ばれておった。
『政木の妖狐』で『マサキ=ヨーコ』、これは小僧が作った偽名の一つでのう、あやつらしい直球な名で悪くないとは思っておる。
さて、妖狐の頃は人に化けては世に出て様々な体験をして充実した生活をしていたものじゃ。
九尾の狐というと大層なものかと思われるかもしれぬが、幾億千万とある並行世界にそれぞれ最低でも一人はおるんじゃ、ワシもその幾億人の中の一人、大した存在ではない。
そして、ワシの並行世界へと渡ってきた小僧と出会ったのが、この旅の始まりじゃった……。
「――この世界には無いものを見に行こう」
それはまるで口説き文句じゃった。全く……小僧が天然のたらしじゃったのは今に始まったことではない。
千年生きた狐を口説く小僧がおるとは思わんかったし、それに堕ちるほど安い女でもなかった。ただ、こいつに付いていくのは面白そうじゃ……。そう思ったのは少なくとも千年以上は前の話になる。
ワシは元々、神々より授かりし神通力と呼ばれる力を持っておる。
まぁなんだ、ワシの世界では神通力と呼んでおったのじゃが、小僧はサイコリライトシステムと呼んでおった。〈精神的な力で世界を書き換える機構〉という意味で、世界の理としての名称はそちらが正式なものらしいが、長ったらしいからワシは相変わらず神通力と呼んでおる。
話を戻すが、ワシの神通力は自ら動かずとも九つの尾の力を矢印に変換して自由に操ることができる。その名を『九尾の印』という。名付け親はワシじゃ、かっこよかろう?
一見するとペラペラな矢印が宙を舞っておるだけじゃが、矢印の形はワシが自由に変えることができる。
細長い矢印を相手に突撃させれば槍の如き刺突が、太く短い矢印では棍棒のような打撃となる。
銃に矢印を巻き付ければ、自由自在に操れる弾丸を撃ち出し、剣を持てば九刀流、探しものがあれば矢印に念を込めて飛ばせば近くを通った時に反応する。どれを取っても便利すぎる、ワシに似て万能で優秀な能力じゃ。
それとは別に、妖狐の力としてメスの姿であればある程度自由に化ける能力がある。そもそも、ワシら獣人は人間とは違う進化を遂げた人種じゃ。じゃから、人間の姿にならねば、獣の耳と九つの尾はどうしても目立ってしまうからのう。
じゃから、この世界では黒髪で短髪の幼女の如き姿で活動しておる。大学とかいう幼子が通う学び舎へ調査に赴く必要があったからのう、本来のワシの白銀に輝く長髪をなびかせたナイスバデーでは目立ってしまうからやむを得まい。
【ルーラシード】と調査を始めたのは、単にあやつが面白かったからじゃ。幾年を生きたワシじゃったが、その中でも最も面白い人間じゃと言える。
今のワシにとって、奴は好きとか嫌いとかそういうものではなく『お気に入り』という表現が一番適当じゃろうか。
あやつが何故レイラフォードとルーラシードを添い遂げさせるという使命を持っておるのかは、千年を越えた今でも知らんし興味もないが、あやつの調査にワシが必要だったこと、そしてワシは行く先の世界を見る面白さを見ること、そのお互いに利害が一致しておったから、共に世界を渡る旅をしておる。
ワシの九尾の印には、先に説明した通り探知能力がある。
例えば家の鍵を失くした馬鹿がワシに相談してきても、ワシが代わりに「家の鍵を探せ」と念じれば探して見つけることができる。
……全く、探して貰っているという義理などを重んじてドアの前で座り込んでおらず、己の転移能力で部屋に入ればよかろうに。
まぁ、一時凌ぎで鍵を使わなくても、ないと不便なことには変わらぬか……。
当たり前じゃが、主な使い方はレイラフォードとルーラシードの探索で、世界中に矢印を飛ばして、ひたすら絞り込んでいくという作業を行っておる。
ただ、神通力を使っての調査は結構な時間を要する。
大体これが短くて数年、通常は数十年単位でかかる故、レイラフォードとルーラシードが見つかるまで、ワシはその世界をのんびりと観光をして過ごしておる。
そして、見つけてからもその二人に接触し、二人を出会わせ、世界の分岐が確認できるまで見届ける必要がある。
正直なところ、見つけてしまえばあとは小僧の能力で転移させて、強制的にでも出会わせることは出来るから、見つけてしまえばワシらの任務は終わったも同然じゃ。
じゃから、この世界でもいつも通り調査は簡単に終わると思っておった……。




