朝ごはんとお客様
「おはよう」
「あ、おはよう、ございます」
朝、フラットが奥から出てくると焦ったように弟はテーブルをゴシゴシと拭いた。
手伝うよ。と言ったがフルフルと勢いよく首を振る。フラットは少し微笑ましくなる。
「遠慮しないで。水汲みでも何でもするから……ほら、1泊の恩もあるし?」
「そんな……」
と、言いかけてアルトは少し動きを止める。そしてため息をついた。
「じゃ、じゃあ……その、そのままですけど……水汲みを……」
「わかった。バケツ……」
「これです。汲んだらこの壺に……水は」
「大丈夫、わかる。飲み水は納屋の前の井戸、だろ?」
「は、はい!」
家の裏の用水路は上水ではあるが飲めるほど清潔ではない。洗濯などはコレでいけるが……
フラットはそう思い返しながら井戸に向かう。
(案外覚えてるモンだな。もう最後に来てから13年も経つのに……)
確かあの時は、母の手伝いで水汲みだとかをした。母は乳飲み子のアルトを抱えていたし、もう少しで長くお別れする事になるフラットとしては何かしら役に立つ事がしたいと思ったものだ。
(何かすれば、母さんを喜ばせれば、両親の仲を取り持てるかも……みたいな期待もあったのかもなぁ)
結局それは叶わぬまま、母の死に目にも会えなかった。
フラットは少し目を翳らせたが気を取り直して水を汲んでいった。
一方、アルトはモヤモヤした気持ちを抱えたまま庭の畑で採ってきたささやかな量の野菜を切っていた。鍋では卵が鶏の数だけ3個茹でられている。
普段は卵は自分では食べない。近所に持って行って他の食べ物を融通して貰っているからだ。本当はもう少したくさん飼えたら家計の足しになるのだが……
しかし今日は『お客様』がいる。お客様の分だけ出しても良いのだが、彼の事だから自分に押し付けてきたりして面倒そうだとアルトは考えた。
兄……は露骨に親切に優しくしてくる。彼は自分を知っているようだが自分は彼を全く知らない。警戒しない訳にはいかない。
でも彼は自分を引き取って育てようと言い出している。こちらが警戒心剥き出しにして嫌がられでもしたら、自分の将来のツテが無くなってしまう。
(あの人、大丈夫なのか。そもそも海沿いの会社とか父親が海の向こうとか、本当なのか?似た顔にも見えるし、親族な気はするけど……家の事も詳しいけど……でも本当に兄かどうかなんてわかったモンじゃないし)
一方的に彼がそう語っているだけ。証明できるものなんて、この家の勝手が少々分かるから何かしら関係は有りそう程度で確固たるものはない。
(俺の事、上手く騙して売り飛ばすんじゃないか。海沿いとか、海賊だかが居そうじゃないか)
海など見たこともないし、学校で少々習った程度で……海賊というものが現代にしっかり居るのかも分からないが。
アルトは難しい顔をしながら、何とか簡単な朝食をこしらえた。
硬いパンと、渋い茹でた野菜と、ゆで卵……それと昨日沸かして冷まして飲んだ残りの水……
フラットが今さっき汲んできたのは朝食中に沸かす予定だ。
近所の人からするとやり過ぎだと思わる煮沸だが、母が昔から生水は危ないのだときつく教えるからそうしている。
(俺の覚えてる限りそんな食あたりなんて……いや、沸かしてるから大丈夫なのか)
母はなかなか清潔な人だった。食中毒だとか病気には人一倍気を配っていたように思う。
(医者代を思えば安いものよ……ね)
アルトもやはり母を思い巡らせずにはいられない一人であった。




