兄の憂鬱
フラットは弟が寝て静まり返った家で、ベッドサイドのランプの明かりを頼りに母の部屋を見渡す。
「こんなだったかなあ……さすがによく思い出せないな」
座っている母のベッドをポンポンと叩いてみる。半年経って薄くなった母の残り香を感じる。
嗅いだ覚えのある、懐かしさもある匂いだ。
「母さん、僕の事もアルトに話さなかったんだな……」
その声には落胆が含まれる。
母が父を嫌っているのはもちろん分かっていたけれど、最後に会った……大体13年前の母は自分に否定的ではなかったように思う。遠く離れて会えなくなる息子を心配もしているように見えた。
だけど弟は自分の存在すら知らなかった。この家では自分は居ない事にされていたのだ。
薄れてはいるが母への愛着はあったし離れて暮らす事が寂しかった幼少期を思い出すと悲しくなる。
「なんでだろ。アルトに余計な心配やらさせたくなかったのかな……それとも父さんの存在を無くすためかな」
考えても問いただす相手はこの世にはもう居ない。
フラットはいつか両親の仲が戻れば、家族4人暮らせる日が来れば、と心の底では思っていた事も浮かべて余計に虚しくなる。
気がつけば鼻がツンとしてきて、涙目になっている自分に気がついた。
「んー……なんだかなあ……」
久々に泣いてるな。と思い出す。
それだけ自分がショックを受けて、悲しいのだろうと振り返る。
もちろん、大人の自分の受けたショックより路頭に迷っている弟を優先させるべきだし、心配も出来るだけかけたくない。今不安にさせるのは良くない。
感傷に浸るのはせめて弟が寝たあとにしておこう。そう心の中で決めた。
弟。アルトのことはまだ赤ん坊だった頃にしか見たことがない。確か1歳を少し過ぎた頃に自分たちは今住む場所に移ったはずだ。
年の離れた弟をフラットは当時可愛いと思ったし、途中亡くしている弟妹を思うと尚更愛着があった。
「今14のはずだし、年頃だから難しいかもなあ……」
子どもというものはそこまで詳しくはない。上手く接する事はできるだろうか。
愛情はあるけれど、向こうからすれば見知らぬ他人なのだし心を開く事もできるのかどうか。
フラットは父方の叔母が代わりに受け取った手紙をやっと受け取って読んで、大慌てで仕事を引き継いでここまで来た。
叔母も封筒の中身を知らないものだから事態の重さが分からなかった。おかげで半年も弟を路頭に迷わせてしまった。
母の死に目にも会えなかったわけだし、やはり子どもでしかない弟を困らせてしまった事がとにかく悔やまれる。
タイミングが悪かった。でも、もしかしたら受け取れたかもしれない機会が何回かあったのに、叔母にはいつでも会えるから。と親戚付き合いを怠ってしまった。それが悪かった。
「ほんと、悪いことしたなあ……半年、大変だったろうに……」
中学生のはずだし、学校には行けていたのだろうか。
養育費は纏めて母が1年ごとに受け取っていたはずだ。今貯金はどうなっているのか。葬儀はどうしたのか。街の人に手伝ってもらっただろうけど、喪主というのは大変なものだしその後の整理もきっと何も分からないのに奔走したはずだ。
アルトにどれくらいの社会知識があるのかは分からないが、想像する限りこの年頃で役所手続きまでしっかりこなせる子どもはどれくらいいるものなのか。
親を手伝って働く子ども、身寄りもなく施設にも入れず路上生活をしているような子どももいるが……2人はそこまで困窮していなかった筈だし……少なくとも学校には通えてただろう。
立ち振る舞いや受け答えを見るに礼儀というものは分かっているようだ。兄弟だし、そこまで知能に差は……無いかもしれない。
これからあちらの学校に通わせて、そのうちウチで働かせれば良いとは思うが本人はどう思うか。
フラットは色々と想像してみるも、まだ弟の事を何も知らないのに深く考えても仕方ないな。と諦めて寝ることに決めた。




