犠牲
荷馬車は3台、別に馬が2頭に増えていた。助けに来た商人達と合流する形になったのだ。
彼らは行先は同じで、少し先にある丘の上の村から出発した辺りだった。信号弾に気付いてわざわざ戻ってきてくれたのだ。
やがて昼をすぎた頃にアルトは故郷の町に戻ってきた。
町の人達は出迎えまでしてくれて、しかし賊に襲われていたと知って大わらわになった。
アルトは特にセナに抱きつかれて色々と心配だのなんだの泣かれてしまった。アルトはたじろいだものの、されるがままになっておいた。
「怖かったねえ!怖かったねえ……!本当に助かってよかった!」
密着した上で大声を出されて正直耳が痛かったが、厚意の仕打ちなので黙っておく。
フラットは苦笑していたがテセウスは困惑した顔をして申し訳ないと繰り返した。
そして、アルトは皆が気を使って黙っていた事を知ることになる。
「馭者さん、が……?」
あの気さくな馭者と、1頭の馬は討たれてしまっていた。
2頭揃っていると思っていたが、それは合流した商人達に貸してもらったものだった。
「すまない……私が不甲斐ないせいでな……即死では無かったが、彼らが到着する前に息を引き取ってしまった」
「……そんな」
知らなかった。てっきり怪我くらいして他の荷台にいるものだと勝手に思っていた。
2人が明るく話していたのは、ショックを受けているアルトに気を使っての事だった。
アルトは項垂れた。
現実は甘くなかった。数の多い相手に、本業ではない自分たちが全員無事だなんて都合良くはいかなかった。
馭者は布に包まれて町の人達が用意した担架に乗せられて運ばれていった。
その際町の人達も込でみんな黙祷した。
「……」
アルトはまた沈みきった顔をした。
テセウス達もやりきれない顔をもう隠しきれなかった。
合流した商人や町の人達が3人を労ったり励ましたりしてくれて、父と兄は比較的早く立ち直ったように見えた。
その日はどうしても帰ってきたとはいえ祝える気分ではなく、静かに食事処で夕食を済ませた。
そのまま宿に入り、眠り、起きて、朝食をとりながらアルトは2人に励まされた。
「すぐには立ち直れないかもしれない。うまく魂が旅立てるよう祈る以外出来ないし、そうすればいい。でも彼は君が町に帰って、歓迎されて、私たちが母さんの墓参りを上手くやれる事を凄く喜んで祈ってくれてたよ。この仕事も快く受けてくれたんだ。ちゃんと弔おう。きっと母さんと同じ墓地に葬られるし、葬式にもちゃんと出て弔おう。でもせめて目的を果たす時までは彼の期待にも応えてやれないか。彼も自分の事を引きずってとなると悲しむだろうから」
そう父に諭された。
早すぎるかもしれない。でも仕方がなかった。
この世界はまだそこまで治安が行き届いていなくて、盗賊や海賊は地域にもよるがどうしても出てきて、大きな町以外は襲われるものだった。
賊でなくても野生動物に襲われて全滅するというのも時々ある話だった。
出来るだけ早く立ち直らないと、次々と不幸が舞い込んでしまって立ち直れなくなる。仕事が出来なくて、生活が立ち行かなくなる。
だから何日も悲嘆に暮れるのは最も近い人達くらいで、それでも大人は出来るだけ早く仕事に復帰する事が求められた。
葬式の次の日には仕事に戻るのは普通の事だった。
そんな価値観の世界だから、2日経っている今立ち直るように諭すのは当たり前の事だった。
とはいえ子どもで、目の前で殺し合いなんて初めて見たアルトにそれは酷な事で……もちろん町の人、知り合いが町の外で殺されたという話は何度もあって、その時は皆と同じに立ち直ってきた。だが今はそこまで上手くはいかないでいた。
しかし、諭されたアルトはやはり気持ちを切り替える事に決めた。
「今日こそ歓迎会をしてもらおう。せっかく用意して貰った食材が悪くなる一方だしな」
「昨日の晩の予定だったけど、今日の昼にしてくれる事になったんだよ」
「わざわざ時間をとってもらって有難い事だ。昨日、アルトの評判をよく聞かされたよ」
テセウスは昨晩フラットにアルトを任せて挨拶回りに行っていた。
そこで色々と元妻と息子の評判を聞くことが出来たようだ。
なかなかに愛されていた事、頭のいい母子だと思われていた事、真面目で働き者の母親と成績優秀な息子として目をかけられていた事……
あの半年のうちに助けは減っていたが、いつまでも施せるだけの余裕が無かっただけで町の人達は天涯孤独だと思われていたアルトを温かく見守って、気を使ってくれていた。
「少し滞在する事はあっても、こんな風に話した事は無くてね。とても優しい人たちだ」
「うん、それに買い物もちょっとオマケしてくれたりもしたんだよ」
「僕が迎えに来た時も色々と心配して……僕は怒られちゃったけどね」
それを聞いてテセウスは言葉に詰まる。
「すまん……昨日会った人たちには私も色々と……もちろん私は自業自得なんだが、お前はとばっちりだっな」
「いいです。それだけアルトが気にされてたって事も分かったので安心もしたし」
「なんだかごめんなさい……」
「いやいやいや」
「ここはアルトは謝っちゃだめだよ」
父と兄は慌てて制した。
昼の歓迎会はとても楽しいものだった。
テセウス達の土産はすっかり奪われてしまって申し訳ない事になっていたが、町の人達は構わずご馳走を振舞ってくれた。
「いや、賊に襲われたら土産とか無理でしょ」
という当然の反応と共に。
それでもこの町にいる仕事上の身内だとかからお金や自社の荷を使ってお礼とした。もちろん後日テセウスの貯金から補填した。
土産は失ったがいざと言う時の為にどうしても失いたくない、最低限のお金と墓参りに供える品は事前に隠してあったので無事だった。
歓迎会の後、3人はやっとアルトの住んでいた家に辿り着いた。
「懐かしいなあ……10年前に1ヶ月住んだだけだったが……中は空っぽでも面影はそのままだ」
テセウスは感慨深そうだ。
ここに何があって、ここでどういうことがあって……と呟きながら見回っていた。
「ここにアルトのベビーベッドを置いてたんだ。本当に可愛くてね。別れが惜しくてたまらなくて……せめてもとミルクをあげたりしたものだ」
「母さんは嫌そうな顔してたけど止めはしなかったよね」
「はは、情けだったんだろうね。まあ寝れてないから機嫌悪かったとも言うが」
2人はしきりに赤ん坊のアルトが可愛かったという話をして、アルトを赤面させ続けた。
「もういい、もういいから!」
やっとたまらずぶった切ったが、2人は少し不満そうだった。
アルトは自分に甘く持ち上げようとするケのある2人が恥ずかしいと思う部分もあり、まだ上手く対処出来なくて困っていた。
「4人揃っていた最後の場所だ。出来れば手放したく無いが、管理の問題がな……」
「手放すの?」
「ああ。済まないがここの不動産屋に売るつもりでいる。ここは出入りのある町だから買い手はすぐつくんだろうな。さっさと片がつきそうだ」
「そっか……」
テセウスは申し訳なさそうにする。
「悪いね。ずっと住んでいたというのに……」
「ううん、壊しちゃう訳じゃないし。住んでないとボロボロになって……それは流石に嫌だし。また町に来たら見るだけ見に来ることにする」
「そうか」
「良い人が住んでくれたら良いな」
「ああ、出来るだけそうなるように言っておくよ」
アルトは寂しそうにはするが、愛着のあるこの家がボロボロの廃墟になるのはもっと耐え難いので前向きに捉えた。
「中に入れるの、これが最後なのかな……今のうちにお礼言っとこう」
「うん、そうだな」
「僕たちだって住んでお世話になったしね」
3人はしばらく黙祷する事にした。




