故郷と団欒
個人的に荷馬車を雇い、親子3人と馭者の4人と馬2頭で港町を出発した。
2人の重鎮が私用でしばらく留守にする訳だが、社員達も取引先も快く送り出してくれた。
アルトはこの旅の為に屋敷の者に護身術を習っていた。なんとか時間稼ぎ出来るかどうかといったレベルだが、無いよりは良いだろう。
「この道は比較的安全だけど、野生動物には気を付けないといけないからね」
「まあ何かあったらとにかく逃げて隠れて……殿はこっちでやるからさ」
アルトは良いのかな?という顔をする。
「アルトは一度この道を馬車で通っただけだし、子供だし。旅慣れしてる大人3人に任せるのは当然だよ」
「必ず1番近くにいる1人がお前を守る為に動く。安心しろ」
「うん。あんまり足引っ張らないように頑張る」
大人たちはハハハと笑う。
「真面目だなあ。その意気はいいけどあんまりガチガチになるなよ」
アルトは赤面した。
移動中、3人は色々と話をした。
やはり話題は今までの事。
互いにエピソードを語ってウンウンと頷いたり、父親による母親の惚気話に引いてみたり。
「父さんは母さんの尻に敷かれてたんだね」
「エリーには敵わないからね。下手に喧嘩すると言葉だけでボコボコにされるし」
(こわ……)
と息子たちは共通の思いを抱いた。
「いや、いつでも一方的なんてことは無いよ。彼女は間違いを認められる人だったからね。私は昔それが苦手だったから……そういう所にも惹かれたのかな」
「そうですかー……」
「まあ悪い事じゃない……しね……?」
アルトは少なくともこの父親が母をとにかく愛していることだけは確信出来ていた。この短い期間で毎日の言動で辟易する程味わってきた。
「……兄さん、俺が来る前からこんな感じなの?」
アルトは小声で隣に座っている兄に訊いた。フラットは爽やかなくらいの顔をして答える。
「もちろん、良くも悪くもそうだよ」
「……」
「でもそのおかげで変に拗らせずに済んだかな。本当はただ保身で捨てただけで〜みたいな気持ちになる事は無かったから」
アルトは少し間を置いて頷いた。
「それは、わかる、かも」
「よくまあこのフワフワな人と真面目なイメージの強い母さんが……って気持ちもしたし……あの祖父の息子とは思えない……この……」
「……それもわかる」
家でのテセウスはなかなかに楽天家だ。
「掃除は出来るけど料理は完全にアレだしねえ……旅中絶対父さんだけは炊事係にさせないようにパーティー組む事になってるし」
「お金持ちの子どもだから家事なんてしなかったんじゃないの?」
「いや、結構遠出して買い付けに行くのは若い頃みんな修行みたいにやらされる家なんだよ、あそこ。男女関係なく13過ぎたらやらされるんだったかな」
だからどうしてもある程度の調理スキルは要るのだが……
「父さんに鳥でも兎でも捌かせてみろ。可食部位が大半ゴミになるから」
「……」
「串刺して塩振って焼くだけみたいなのでも……ホント……やってって言うと軽く受けるけど、絶対やらせちゃダメだぞ。貴重な食糧がゴミになるから。掃除は得意だから任せておけばいい」
「……わかった」
こんなに力説する兄もなかなか見ないので、見た事は無いが相当酷いのだろう。
とにかく父の料理だけは徹底的に貶す兄に説得力を感じる。なおフラットは人並みには出来る。
「君たち、聞こえてるからね?」
向かい合わせの父がサラッと挟む。
しかし兄は辛辣だ。
「事実なので料理だけはやめてくれよ?」
「わかってるって」
フラットは仕事の時は完全に父に対して敬語で、プライベートでは砕けた言葉と敬語が混ざったようになる。どちらでもテセウスは構わないらしく勝手にさせている。
「どのみちこの中だとアルトが一番得意みたいだからな。シェフは任せよう」
「……シェフってレベルでは無いんだけど……」
基本的に貧乏な家庭料理しか作れないし。
「いやあ、坊ちゃんテキパキ要領良いっすよ。日常的にやってたのが良く分かります」
馭者が背中越しに明るく挟んでくる。
「まあ……週の半分以上は毎食作ってたから……それなりには」
「下町の子もそんな感じっすけど、あんなしっかり処理出来てるのは食材扱う所の子とか除くとそこまでおらんです」
それを聞いてフラットは呟く。
「処理……内臓とかかな。やっぱり母さんが食中毒やら気にして教えたのかな」
「そうだよ。お腹の蛆虫とかは大変なことになるとか凄い怖い話された」
それを受けてやはりフラットは食中毒に苦しんだあの日を思い出す。
「アルトに初めて会った日にも思ったんだよな。ああ、母さんはずっと気にしてるんだって」
「フラット……」
「母さんは何も悪くなかった話だけど、トラウマにでもなってたのかな。でもそれでアルトが腹を下さない生活出来てたなら……まあ悪いだけでもなかったのかな」
アルトも周りの子ども達に較べれば腹痛や高熱に苦しんだ記憶はあまりない。
もちろん避けられなかったものなら沢山あるが、母ができる限り手間であっても回避しようと努力したのが実感できる。
母があまり料理をしなかったのは牧場で働いて不潔かもしれないから。みたいな話だったから……というのを日常になっていて忘れていたが最近思い出した。
「潔癖症って周りには言われてたけど、そういうのがあったんだね」
「お腹壊したくないのは誰でも思う事ではあるけどね」
「エリーは努力を惜しむ真似をする人では無かったから尚更だったかもしれないね。やはり素晴らしい女性」
「父さん、もういいから」
「えっなんで」
「大丈夫、もう分かったから、大丈夫」
「なんで……?」
テセウスは心の底から困惑した。




