老兵の憂鬱
数秒の沈黙。
ゴードンはため息をついた。
「老兵は去れと言うか。クロヴィス」
「それは、その」
声が震える長男を見てゴードンは首を振った。
「結局それか。ちょっとはモノを言うかと思ったらまたそんなに……」
「……」
グッとこらえる。
(ああ、嵐の前の静けさか)
そう思った。
だがそこに意外な答えが帰ってくる。
「猶予を与える。その計画がどれ程の財を成せるのか私を納得させてみろ。前のはあまりに稚拙でやってもやらなくても大した利益になるとは思えない数字だった。『賭ける気にさせるだけの勝率にしてから持ってこい』……こう言え」
「……!」
「ウチはテセウスと違って元手も人脈もある。やるなら全てを巻き込むべきだ。その物言いをするなら、それだけの覚悟を見せろ。私を黙らせる程でなくてはお前達に全てを任せる事は出来ない」
一呼吸置く。
「このままでは私は社を憂いて中々死ねん。揃いも揃ってなよなよと……何故私を黙らせるだけの事をしようとしないのか。その努力をしようともしないのか。その震えをなんとかせんか。馬鹿者」
「す、すみませ」
「震えるなと言っている!」
「……っ」
ビリッと身体に電気が走る。
クロヴィスは手足に強く強く力を入れる。
「改めます!これより部下達にもこの旨を伝え、必ず父上を納得させるものを用意させます!」
「ならさっさと取り掛かれ」
「はい!」
クロヴィスは早足でその場を去った。
強く握った手のひらは爪がくい込み血が滲んでいた。
ゴードンは深いため息をついた。
「……私を老害呼ばわりか……」
しかしそこに怒気はない。
「馬鹿め。私が甘いからこそお前はまだその地位にいられると言うのに……全く、今頃、やっとか」
それが安堵なのか呆れなのか疲れなのかは分からない。
「あの女に出来る事が我が子や孫らに出来ないこの悔しさが分かるか?出来たと喜んだら出ていったこの私の絶望が」
分かっている。認めたくない気持ちもあるが、とっくに認めてはいる。
「子らへの甘さを履き違えて独善的になった男の末路がこれか……」
目を瞑り、懺悔する。
ゴードンには何が甘さで何が優しさなのかが解らなかった。それを愛だと勘違いしていた。
かつて家庭に関心が薄い両親からそれを学べる機会など無かった。ただ学と所作を叩き込む事だけを命じられた『優秀な』教師達が付きっきりの幼少期だった。
叩けば強くなれたのは自分だけで、他人には通用しないとは思っていなかった。
今まで伝統的にそういう教育法に倣ってこの家は続いてきたが、時代は変わったのだ。それにゴードンはついていけなかった。
ただそれは言い訳にならない事をまだ上手く飲み込めないでいる。
それら全てを指摘した、痛い所をついた三男嫁が憎らしくて、認めたくなくて追い出した。そしてこじらせた。
おそらくこの老人は残り少ない時間で飲み込みきる事は出来ないだろう。
それをただ笑うのではなく、自戒とする者だけがこの老人を真に越えて行けるのだろう。
2章了




