抗い
5日後、ゴードン邸。
クロヴィスは緊張した面持ちでドアを叩いた。
「父上、クロヴィスです。ただいま戻りました」
「……入れ」
重々しい声が聞こえ、クロヴィスは唾を飲む。
「失礼します」
重たい木の扉を開け、濃い赤の絨毯を行く。
父ゴードンは重厚感のある大きな机に向かって書類にサインをしているところだった。そして顔も上げずに問う。
「報告を」
「……はい」
クロヴィスは軽く頭を下げながら告げる。
「テセウスは父上の言葉を拒絶しました。関係を断つ事も辞さないとの事で」
「……」
「本当に、申し訳ありません」
「……」
シンとした、とてつもなく重たい空気が流れた。
クロヴィスは膝や手が震えそうなのを必死で耐えている。彼は生涯この父親に怯えて生きてきた。弟のように反旗を翻すだけの勇気がこの男にはない。
それが更に父を落胆させ、優秀な弟に当主の座を奪われそうになり、必死になってみたが……結局弟家族の方からレースを降りてしまい、ただひとつの家族を壊した罪悪感と劣等感だけが残された。
クロヴィスとしては弟の評判を下げる事で左遷させ、次点となっていた自分が繰り上がれば良いと思っていた。
弟嫁が追い出される事も構わないと思っていたが、正義は誰から見ても弟にあり、むしろ部下たちの一部が引き抜かれる形になってしまった。
クロヴィスは自分の無能さ、先見の無さ、安直さ等々を改めて思い知る事になり、その後10年しても父に頭が上がらないでいる。
「……あの、父上?」
どれだけ待っても返事を寄越さない父に不安を感じて問い直す。てっきり罵声が飛んでくると思っていたのだ。
しかし違った。
「……もういい。お前たちには何も期待しない。お前も、ルキウスも、テセウスも、ミリーナも、エイダも……結局私の期待に応える事は無かった」
「……」
「先祖代々続いてきたこの家も衰退の一途を辿るのかもしれん。私も老いて時代についていけなくなった……しかし私を超えられる唯一の子だったテセウスは私を裏切って出ていった。お前は結局いつまで経ってもその歳になっても私に何かを納得や感心させる事は無かった」
「……」
「お前の子も軒並みお前と大して変わらない。更に弱くなったようにも見える。これでは」
「父上!」
ゴードンの重い呟きが続くのを食い気味にクロヴィスの大声が断ち切った。
クロヴィス自身、大声を出した自分に非常に驚いたがそれよりも先に言葉が勝手に出てくる。
「私の事は何も言い返す事は出来ないと思います。ですが我が子らは私とは違います。不当な評価です。撤回を願います」
「……撤回?」
ゴードンはやっと顔をあげる。とても息子を見る目とは思えない顔をしている。
だがクロヴィスは怯えが身体に出つつも口は勝手に父に反論した。
「息子や娘たちの新しいやり方は旧く保守的な貴方には分からないでしょう。そういう時代なのです。テセウスが海を越えるように、今は貴方がしてきた旧来のセオリーとは違うやり方で事を進めるべきなのです。理解し難いというだけで開拓に乗り出す若者らを軽んじないでいただきたい」
一気にこの長台詞を吐き出し、酸素が足りなくなって気持ち悪くなる。
なんで急にこんな事を言えたのか。
テセウスの影響か。それとも直接我が子を侮辱されたからか。
「お前達は私の努力を無駄にする気か」
「無駄にはしません。ただ更に先へ進む事を許されたいと思っています。若者らに任せてみる事も必要、だと、言って……います……」
遅れていた怯えの方が勝ってきてクロヴィスは失速する。もう手は震えて脂汗をかいている。
(勢い任せに父さんを貶す事まで言ってしまった……)
物が飛んでくるかもしれない。クロヴィスはギュッと手を握って構えた。




