兄弟のかたち
1週間後、テセウスはアルトに関する行政手続を一段落させていた。
だがそれだけで終わるのであれば苦労はしない。
「社長、クロヴィス様がお越しです」
「来たか……お通しして」
「はい」
テセウスは難しい顔をする。
部屋の隅のソファには不安に押し潰されそうな次男がいる。
「大丈夫、父と違って怒鳴る人でもないし……常識はそれなりに持ち合わせてるさ」
持ち合わせていることと行使することは別だが。
しばらくするとドアがノックされ、初老の男が入ってくる。
既にアルトは父親の斜め後ろに立って深々と頭を下げている。
伯父、クロヴィスはその少年を一瞥した。
「久しぶりですね。兄さん」
「ああ……お前は良い歳をしてまだ船に乗って飛び回ってるそうじゃないか。日焼けもしている」
「ふふ、椅子に座ってるより健康的でいられるし、若さを保てますよ」
「お前の場合はじっとしているのが苦手なだけだろう」
「まあそれは」
アルトは怯えつつ伯父を見る。だいぶ老けた父……にも見えるし、そこまで似てないようにも思える。ただ目の色はフラットと同じ赤茶色だった。
おもむろにテセウスはアルトに手を向ける。
「紹介します。次男のアルトです」
「初めまして……!」
アルトは勢いよくお辞儀をする。
クロヴィスは次はあまり見ようとはしなかった。
「ああ……私はテセウスの兄のクロヴィスだ。君が、なるほど」
「不慣れな上に緊張しているがね、なかなか聡い子なんだよ。親バカかもしれないが」
「……」
クロヴィスはため息をつく。
「まあ、身寄りが亡くなったり云々大変だったとは推察するよ。お前も旅先か
トンボ帰りしたって?」
「緊急時ですからね。重要事項は済ませたところだったんで何とかはやれてる筈だし……大丈夫ですよ」
「ふうん。まあどうせお前なら抜かりないんだろうな」
「抜かりないというか……そうでもしないとやってられんのでね」
社員の生活がかかっているし。と付け足す。
クロヴィスはお気楽な奴だと言わんばかりの冷めた目をしていた。
そして懐から一通の封筒を取り出して弟に渡す。
「父上からだ」
「これはわざわざ」
にこやかに受け取り、開封していくも目は笑っていない。
「……」
「父上……父さんはこの子を認めるつもりは無いとの仰せだ」
「……」
「一度フラットに通告したがお前が不在だから無断ではどうにも出来ないという返事が来た」
「……家長は私ですからね」
「もちろん私もそう思う。で、当のお前は?この子の処遇について?」
アルトは不安そうに父親を見る。
テセウスは黙って手紙を畳み、静かに言う。
「もちろん答えはノーだよ。父さんがどう言おうとこれは我が家の問題ですから」
クロヴィスは苦々しい顔をして睨みつける。
「……父上に逆らうのか」
「今逆らった訳じゃない。ずっと昔……この子ができる前からずっとだ」
テセウスは強気に笑う。
「あなた達には着いていけない。だから私達は出ていったし、必要以上に父上の館に出向くような真似もしてこなかった。この期に及んで擦り寄る真似はしませんよ」
「お前……」
クロヴィスは苦虫を噛み潰したようだ。
「父上には絶縁したければそれで構わないと伝えてください。あまりしつこくされても困るのでね、これが最後でも一向に構わないです」
「お前、それ、父さんの前で言えるのか?私に言わせるから良いと思っているのか?」
今度はテセウスが冷めた目をする。
「良いですよ、別に。ただそれはそれで困ると言うのは兄さん達でしょうに」
「……」
「それこそ、良い歳していつまでも怯えるしか出来ないからですよ。そんなに嫌なら離反すれば」
「出来るわけないだろう!」
被せるようにクロヴィスが怒鳴る。アルトは驚いて少し父親に寄った。
クロヴィスも大声を挙げた事は良くないと思い直したらしく咳払いをする。
「離反して良い立場じゃない。そんな無責任なマネが出来るか」
「……であれば父上より強くなるか、ただ従うかですね」
「よくそんな簡単に」
「いずれ必要なことですよ。いつか父さんが亡くなって兄さんが跡を継いで。このままでは確実に方々に舐められて窮地に陥る」
偉大で厳格で顔も声も大きく影響する重鎮が代替わりして……そんな父親に逆らえないような弱気な跡継ぎでは……
「父さんも父さんだけどね。自らの素行が家業の未来を閉ざしているのに……改めるどころか拗らせてばかりで。中々後進に完全には譲らないし。かつてのカリスマもこれでは」
「やめろ!そういう事は言うもんじゃない……」
親不孝者め。と小さく罵ってくる。
「義理の娘も孫も貶して追い出すようなヒトに尽くす孝行は無いってさっきから言ってるじゃないですか」
「お前な……」
「それでも父さんは公私混同な真似はしないと思ってるから。まさか私を恨んでも会社に圧はかけないでしょう?」
「……かけないとは思うがな。それでも影響は出るぞ」
「……兄弟として話しているので流しますが……問題発言ですよ」
「……失言だった。撤回する」
良いですよ。とやんわり受け流す。クロヴィスはずっと苦々しい顔をしている。
余裕な父と最初からこうなる事を分かっていて苦境に立たされている伯父を見て、アルトは申し訳なくなってくる。
ただ、このまま父が優勢のまま跳ね返してくれなければ自分の明日に関わる。毅然としていなければならない。手は震えるけれど。
「まあ、この話はこれ以上の展開は有りませんから。他に用がないならお引取りを」
「……次は呼び出しになるぞ」
「お好きに。息子の家庭にしつこく干渉する事に正義は有りませんからね」
「……」
「兄さんが可哀想だとは思ってますよ。板挟みにしてしまって申し訳ない」
「……」
「それでも譲れないものは譲れない。譲ってしまった苦い過去を再現するつもりはありません。優先順位は守ると決めたんです」
「……」
「すみませんね。また何か贈ります」
「全く……本当に……私の寿命を縮めるばかりだなお前は…………失礼する」
クロヴィスはグチグチ言いながら去っていく。
扉が閉まり、アルトがオロオロと父親を見る。テセウスは困ったように笑って見せた。
「大丈夫。兄さんの胃は大丈夫じゃないだろうけど……こっちは問題ない」
「伯父さん……なんだか……」
「いいよいいよ。あれはあっちの問題。心優しいのは良いけど誰にでもそうだといずれ失敗するぞ」
下手をしたら私のようになるぞ。と軽く言う。
「可哀想でも割り切らないとね。兄さんも白髪の増えてきたような歳の人だし……逆にこんな子どもに心配されたらプライドが傷付くかもよ?」
「うう……」
「とんでもなく不仲でもないけど元から兄さんは私を苦手としてるから。何話してても重たくなる部分はあるんだ。私に嫌そうな顔をするのも半ば癖みたいになってるし……いつもの事だから気にしなくていい」
同情しすぎる事が兄を余計に傷つけると知ってるから、出来るだけ冷めた言い方に務めているのだとテセウスは言った。
「こういう兄弟ってのもあるんだよ、アルト」




