絶縁
テセウスの会社の立ち上げが決まった。それから間もなくして新しい生命がエリーゼのお腹に宿る。
「母さん!赤ちゃんまだ!?」
「まだまだよ」
「まだ何ヶ月も先だよ」
「えーー」
少し膨らんだお腹に長男フラットが毎日毎日まだ産まれないのかと聞いてくる。
夫妻はそんな息子が微笑ましくて仕方がなかった。
産まれてきたら自分がどれくらいの事をするかをしょっちゅうプレゼンしてくる。
一家は本当に幸せだった。
とある日、一家は久しぶりにテセウスの実家へ来た。
新しい子が出来た事と、会社を立ち上げ引越す為の挨拶だった。
エリーゼは最初は難色を示したが、最後だからと納得した。
「この!泥棒が!よくものこのこと!首を差し出しに来たのか!」
「そのタイミングで子どもなんてタイミングが良すぎます。ウチの子を……」
テセウスの両親の罵声は広い屋敷中に響いたらしい。
「父さん!話が違う!」
「お前は黙ってろ!」
テセウスは色々とやり取りをしてこの面会を調整したのだが、妻子を連れてきた途端手のひらを返すように自身の決定を妻のせいにして批難し始めたのだ。
「仕事のことは何も思わん。祝いもする。だがこの女と結託するのは許さん」
「結託って……意味がわからないですよ!」
「私は何もお義父さまの思うような」
「誰が!私はお前の義父などでは無い!勝手に入り込んだだけのネズミが!全てを食い荒らしおって!」
「父さん!なんて事を!」
エリーゼの後ろでフラットが震えているのを確認したテセウスは二人に後は任せて出ていくように促した。
「待て!出ていくのはお前だけだ!テセウスの息子は置いていけ!」
「何を……!」
テセウスの反論に被せるように、エリーゼの声が響く。
「分かりました。そこまで言うなら私はこの姓を捨てて出ていきましょう。フラットはテセウスに預けて私は親権を放棄します。それでよろしいです?」
「何言ってんだ君は!?」
エリーゼはキッと刺すような目でゴードンを見て離さない。ゴードンは訝しげに返す。
「ほう?何の魂胆だ?」
「お腹の子の安全です。これ以上続くと響きますから。母親としてお腹の子をきちんと産むために静かな場所に居なければなりません」
「……良いだろう。だが離婚後に産んだ子供は知らんぞ。テセウスとフラットも二度と会わせん」
「なにを勝手にそんな」
「これ以上私に干渉せず、安全に産ませてくれるなら……フラットに私が産んだからと差別するのをやめて下さるならそうしましょう」
「良いだろう。二言は無い」
テセウスはこの取り決めを覆させようと、引き留めようともしたがエリーゼはスタスタと帰っていく。
まるで最初から心積りしていたかのような毅然とした態度だった。
テセウスは自分の親への甘さとこの場を上手くやれなかった自分の不甲斐なさに打ちのめされる事になった。
2ヶ月後、遂に待望の第2子が産まれる。
産まれるまでは離婚を猶予されていたため、アルトの誕生から1ヶ月間だけ4人で過ごした。
テセウスは何度も双方の説得を試みたがなしの礫であったし、エリーゼの態度はどんどん冷たくなった。
「産褥期に手伝って欲しいから居てもらっただけ。もう良いでしょう、あなたは会社の準備をしないと。皆を待たせているのよ?」
「そんなたった1ヶ月で」
「手伝って下さる方ならあなたが見つけてきた。つまりそういう事でしょう」
「違う!助けは多いに越したことはないと思って僕は」
エリーゼはキッと睨みつける。
「アルトを起こす気?あなたは自分の事ばかり。結局誰にも良い顔をして優しいというより甘いだけで、私は子ども達の安全の為だけを思ってあの時からずっと動いてたのに」
「そんなことは……」
「催促されているんでしょう?いい加減切り捨てなさい。あなたに着いてきて下さる人達に迷惑がかかるし、フラットの環境も早く整えないと……きちんと育ててると約束したわよね?」
「エリー……君は……」
「フラットさえちゃんと育ててくれるならそれでいいの。これ以上あなたがごねるとあの人たち私達になにをしてくるかわからないわ。何もかもおかしな解釈するんだもの……さあ、もう出ていって」
それ以上の会話は許されなかった。
テセウスは涙目のフラットを連れて出ていく。
ただ、港町に引越す途中の期間……エリーゼ達の町を必ず通る事になる為にフラットは荷物を運ぶ手伝いと言い張って荷馬車に乗り込み、何度も母と弟に会いに行った。
それも引越しが完了するまでで、遂に父子と母子の交流は事実上絶たれてしまったのだった。




