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響く海 (旧題;見知らぬ兄と1ヶ月)  作者: 揚羽もちよ
23/49

海を往く

カモメが鳴いている。

船は順調に波を切って進んでいた。

テセウスは自社の船ではなく定期便に乗り込んだのだが、滑り込むように入った為に船賃は高くついた。

雑魚寝以外満室だったのを現地の部下が交渉して一等室をとっておいてくれたのだ。

この時期は波も穏やかで行き来がしやすく、定期便は混みがちだった。

海峡を渡るだけなので長い航海ではない。とはいえ数日はかかる。

港に着いた時、定期便は二等室までは1週間待ちになっていたが何とか2日後の便に乗れてほっとしたものである。


(手紙を受け取ってから今日で一週間半。手紙の日付けからは約3週間。フラットはアルトを連れ帰れているだろうか)


胸元から取り出した、唯一家族全員が揃っている記念写真。モノクロで角が丸くなっている。

生まれて間もないアルトと、少し疲れたように見えるも凛とした顔を崩さないエリーゼ、慣れない写真に緊張しきりのフラット、そのフラットの肩に手を置いて立つ若い自分。

この写真は2枚しかなく、1枚は屋敷のアルバムにしまってある。

フラットが母親の顔のわかるものを欲しがったが、アルバムに綴じたものを渡すのは躊躇われた為に夫婦で新婚時に作ったロケットをやったものだ。


(家族写真、もう少し焼き増しておくべきだったんだがうっかりしてたな)


この頃既に妻の気持ちは離婚に向いていて、なんとかしようと奔走はしたがかえって父の怒りを買ってしまった。

彼女は賢かったが世渡りは下手だった。自分もビジネスではともかくプライベートではうだつの上がらぬ部分がある。


(ただ愛しているだけではダメだった。どれだけ彼女に尽くしても逆境には勝てなかった)


エリーゼは強かだった。

自分と産まれたばかりの息子を守る為もあるが……


(僕とフラットの道を閉ざさない為だと分かっていたのに、情けない夫だった)


口には出さなかったが、敢えて喧嘩別れしたようなものだ。

彼女は自分から離脱し界隈からも姿を消す事で夫と長男の将来を守ろうとした。

父の圧で独立の道が潰れないように、行く末に暗雲が無いように。


『貴方に望むことはフラットをちゃんと育て上げること。何も惜しまず、あの子がどの道に進んでも困らないようにすること』

『私になにが出来るとはもう期待しない。頭を下げるだけの貴方には辟易したの。もう私に構わないで結構だから、その分あの子に注いであげて』

『絶対に、最低でも、フラットにだけはちゃんとして。でないと絶対に許さないから。これ以上失望させないで』


刺すような眼をしていた。

ただ親権を手放すフラットの事を案じていた。


『エリー、君も……アルトをよろしく頼む』

『もちろん。どんな仕事をしてでもこの子の食事を欠かしたりはしないわ』

『仕事だなんて。養育費はきちんと払う。君の』

『この子の為のお金は受け取るわ。でも私には要らない』


彼女はそこで言葉を区切った。


『私は、この子にあなたの事をすぐには話したくない。自立できるまでは……私が守らなくて済まなくなるまでは』

『……』

『あの方はこの子を気に入らないでしょうから、大人しくしていないと』

『……』


(もう疑心暗鬼になっていたな……あの頃は。暗殺でもされるのではないかくらいに思っていそうだった……流石に父もそこまではしないだろうに)


そう思わせるだけの事を、父はしたのだ。

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