叔母さん
アルトは初めてのフカフカなベッドに寝転ぶと、あっという間に眠りの底に落ちてしまった。
それを微笑ましく見守ってからフラットは静かにドアを閉め、顔を引き締める。
1階のリビングに戻ると使用人の長と会社の部下、それと叔母エイダがいた。
「叔母さん、いらしたんですね」
「ええ、今来たところなのよ。あなたたちが帰ってきたって聞いて」
「そうですか……」
アルトからの手紙を預かっていたのはこの叔母で、同じ街の隣の地区に住んでいる。叔母の夫は祖父の企業の傘下のうちの一人で同じ街に業種は違えど会社がある。
「すみません、弟は旅疲れで寝てしまったところで……挨拶は後でも?」
「ええ、大丈夫よ……それこそ、アルトくん?は大丈夫?」
「はい。さっきまで元気にはしてたので……知恵熱くらいは出すかもしれませんが」
「そう、良かった」
素直に安堵の顔を浮かべる叔母の顔を見て、フラットは話を続ける。
「叔母さん、留守中、本家で何かありましたか?」
「……」
エイダは少し押し黙る。が、観念したように続ける。
「お父様がこの事を知ってね。それで兄さん伝に伝言を……あなたとテセウス兄さんにだけど」
「……」
「お父様はアルトくんを認めない。家族として接する事を誰にも認めない。身元を預かるのなら使用人や下働きとして雇うように……と」
「……!」
これでもエイダはオブラートに包んだ。
実際は使用人は使用人でも下級で、それも蔑んだ言い口であったからだ。
フラットの瞳孔はかっと開いたが、すぐに落ち着かせる。そして真っ直ぐに伝える。
「そうですか。しかし残念ながら僕は承知出来ませんし、僕の一存で決まるものでもありません。ここは父の家ですから」
「そうでしょうね」
「僕は緊急時の為、弟を迎えに行きましたが全てを決めるのは父です。ただ父が留守の間この家の主は僕です。僕は弟にそんな扱いはしません」
「……」
分かっていた事、とエイダは口にはせずとも黙っている。
フラットは板挟みにしてしまって申し訳ないと思いながらも構わず使用人や社員に指示を出す。
「君たち、祖父の言葉が重いのは分かるが君たちの主は祖父ではない。我社も傘下ではない。そもそもプライベートだから従う必要もない。祖父は王でもなければ法律でもない」
フラットは畳み掛ける。
「この家の事は父が決める。父がいなければ僕が決める。アルトは打ち合わせ通り、ちゃんとテセウスの次男として扱う。いいね?」
「はい」
「出過ぎた真似を致しました」
「他の者にもちゃんと伝え聞かせるように」
「かしこまりました」
使用人たちはそそくさと解散し、部屋にはフラットとエイダだけが残される。
そこでやっとフラットは大きなため息をついて頭をおさえる。
「ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそすみません……嫌な役を」
「ううん、私は慣れてるから。直接会うことが少ない分姉さん達よりはマシよ」
「……流石に酷すぎます」
「そうね……」
重たい沈黙が流れる。
「私に出来ることは少ないけれど、せめて兄さんが帰って来るまでは頑張ってね」
「……はい。叔母さんがおじい様を支持していないだけでも充分有難いです」
「私はお父様からすれば戦力外だもの。あまり悪い影響もないのよ」
自嘲気味に笑う叔母にどう返していいか迷う。
「ふふ、元々お金儲けに興味がないんだもの。戦力外で充分。家事育児してる方が私には向いてるのよ」
「叔母さんは上手くやったわけですね」
「そうね。姉さん達は現場から離れた事をとやかく言うこともあるけど、内心羨ましい部分あるんだから」
そう言ってエイダは席を立つ。
「今日は一旦帰ります。次は何か子どもの好きそうなお菓子でも焼いて持ってくるわ」
「ありがとうございます」
フラットはにこやかに一礼する。エイダも微笑み返した。
エイダを門まで送り戻ってきたフラットは物憂げに屋敷を見渡す。
「……」
もう祖父の手がまわっているのか。
フラットには頭の痛い話には違いなかった。




