人を傷つけるということ
「っつ〜〜〜」
アルトは声にならない声をあげる。
それを見て馭者とフラットは大いに笑った。
「これだけ揺れる板に延々と座ってりゃなあ」
「……」
「まあまあまあ」
恨みがましい目で見られたフラットは弟を擁護する。
居場所をなくした馭者は火起こしに精を出した。
「旅の食事って、こんな感じなの?」
「いや、今回は3日やそこらで途中の村で補給もするし……割と簡素なもんだよ」
「俺、町の外出たことないようなもんだからよく分からないや」
「こういう仕事でもなければ遠出は中々ないもんさ」
少しずつ物見の旅行という概念が世間に出てきてはいるが、所詮は金持ちの道楽なのでアルトのような庶民には関係の無い話だし、フラットたちにも関係ない。
「兄さんは色んな所に行ったんですか?」
「買い付けやらでそれなりに」
「海の向こうにも?」
「もちろん」
「凄いなあ」
冒険心を掻き立てられ夢見心地な顔をする弟に、フラットは満足を覚える。
大変な事の方が多いが、それでも楽しいものは楽しい。
「海は青くて大きくて塩味なんでしょう?」
「そうだよ」
「対岸が見えないんだって聞いた」
「遠ければ見えないね。水平線ってやつだ」
アルトのいた町は大河といえるような大きな河川はないので、海なんて途方もないもので文字や絵でしか知らない以上想像がつかない。
「見てのお楽しみってやつですよ坊ちゃん」
「うん……!」
「そろそろ寝よう。番は僕たちでやるからアルトはぐっすりお休み」
アルトがいいの?という顔をするが、大人2人はニコニコして良いよとこたえる。
「寝る時も短剣は持っておくんだぞ」
「念の為ね、念の為」
盗賊が狙いそうにもない軽そうな荷馬車だが。
「フラットさん」
「はい」
「素直そうな良い子だ。ちゃんと守ってやりなよ」
「はい。もちろんです」
自社商品のハーブティーをすすりながら、馭者が寝るのを見届ける。
フラットは癖のように無意識に腰の剣などを確認し、ため息をつく。
この辺りで出てくるのは野犬がせいぜい。だが今までキャラバンである以上色々と襲われるのことはままあるわけで……
幹部故に護られる立場ではありつつ、それなりに腕も必要で、もちろんフラットも闘った事はある。
野生動物とも、人間とも。
(アルトは……どうだろうな。強盗やらのために軽い護身術くらいはわかるらしいが……おそらく学校で習ったんだろう)
屋敷について、落ち着いた頃には勉強はもちろん護身術は教えないといけないんだろうな。と軽く考える。
もちろん自分自身が教える必要性はないし、その頃には父親も帰ってきていると思うが……
(ウチは狙うに相応しいような会社だからな。警戒心とかはきちんと持てる子で良かったけど、物理的に守れないとまずいからな)
そして、ふと思う。
(でも、やっぱり、人に剣を向けずに済む人生であって欲しいよな)
今までも新入りの子どもに思ってきたことではあるが、ここで強くそう思うのは他人ではなく家族だからだろうか。
初めてやむなく他人を傷付けた日、父がこの世の終わりのような顔をして悲しんだのを思い出す。
賊を切りつけてショックを受けている自分よりもショッキングな顔をしていたような記憶。
(部下か家族かでそこは違うものなのかな)
滅多に動揺を見せようとしない父の激しく悲しむ顔。
出した手紙が届いたら、あの顔に近い表情をするのだろうか。




