出立
フラット、アルト兄弟は片付けに追われていた。
アルトも14年間住んだこの家とも遂にお別れである。寂しい気持ちもありながら、新天地での暮らしにワクワクもする。
家の前には荷馬車が停められており、少ない家財と数日分の食糧と寝袋など、あとは『ついで』らしい仕事の荷物が少々。
馭者は先日会った倉庫の男の手の者で、フラットとも顔馴染みであった。
「すみませんね。掃除の方まで手伝わせちゃって」
「いえいえ!ただ待っててもつまらんですし!」
馭者の男は豪快に笑いつつホウキを持つ手を止めない。
アルトは慣れない作業に戸惑いつつ、ほぼ空っぽになった我が家が案外広かったような気分になっていた。
『出てったあと、この家はどうなるんですか?』
『うーん父さんの持ち物だから僕にはなんとも……でも父さんの事だし、簡単に壊したりはしないかもしれないな』
『どうして?』
『母さんとアルトが住んでたからだよ。大事にしようとするんじゃないかな』
ただ管理が……とも言っていたが、兄の父に対する信頼が厚いようだとは感じられた。
父は自分と同じ灰色の目をしているんだそうだ。落ち着いた、気さくな人とも聞いた。
会ってみないと何も分からないし、それでも自分達を置いて……その癖の強そうな祖父から上手く守らなかったあたりはどうなのかだとか……疑念も不信もしっかりある。これは仕方ないだろうとも思っている。
ただ、何日か兄を見ていて少なくとも悪い人ではなさそうには思う。
いつ会える事になるかも分からないが、期待と不安がごちゃ混ぜになっているのを感じる。
(父を目の前にして、自分はどうあれるだろうか?)
「アルト!」
「は、はい!」
「このくらいでいいだろうけど、なにかある?」
「えっと……大丈夫、だと思います」
「わかった。じゃあ時間も時間だし行きますか」
「……はい!」
兄弟が荷台に乗り込む為に外に出ると、近所の人たちや学校の友達が集まっていた。もちろんセナもそこにいる。
「元気でやりなよ!」
「達者でな!」
「たまには帰っておいでよ」
「着いたら手紙送ってこい」
「次きた時はお土産よろしくねー!」
「がんばれお坊ちゃん!」
アルトは目頭が熱くなり、でも帽子を取ってお辞儀する。
「今までありがとうございました!またいつか!お元気で!」
拍手が起こり、遂に目から涙がこぼれる。
共に頭を下げてくれたフラットに促され、荷台に乗り込む。
少ししてからギシギシと音を立てながら荷馬車は動き出し、アルトは大きく手を振った。
町の人たちも両手を大きく振って、歓声もあげて、友達は少し追いかけてくる。
それも町の出口までで、そのうち人影は小さく薄くなっていく。
その頃にはアルトはボロボロと泣いていて、鼻水をすすっていた。見かねたフラットがハンカチを渡し、馭者はついもらい泣きをしているようだ。
「すぐでなくても、そのうち会いには来れるよ」
「……はい」
「いい人たちだったね。セナさんには本当に感謝しかないし」
「……はい」
アルトの涙は止まらない。
昨日の夜はセナや近所の有志によって簡単なパーティーが開かれた。
アルトは友達や感涙したセナにもみくちゃにされ、フラットは正体を知った男たちから『良い酒』を勧められていたが、フラットは見た目とは裏腹にかなりの酒豪だったらしく周りが潰れていくなかケロッとしていつも通りに笑っていた。
こんな祝いの席は収穫祭だとか新年や夏至祭くらいのものだが、今までで一番楽しいパーティーだったかもしれない。
泣きながら色んな事を思い出し、今までずっと町の人たちに影日向から支えられてきた事などを理解し、また泣いた。
母を雇っていた牧場主など『よく頑張ったよ』だけを繰り返して号泣していた。
面々の中で、この牧場主だけは母子の出自を知っていた事も判明した。
母は息子にも出自を語らなかったが、この人にだけは雇われる時にある程度の事を話していたそうだ。
とはいえなにか特別扱いするでもなく、ただそれなりに心配はしていたという。
『誰にも言わないで、知られたくないって言われたもんだからよ。どうすりゃ良いのかわからんで、すまんかったな』
アルトは改めて母が自分たちを父から遠ざけようとしていた事を思い知ったのだった。




