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響く海 (旧題;見知らぬ兄と1ヶ月)  作者: 揚羽もちよ
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海の向こう側で

第2章

ーーー某所。

そこはアルト達のいる所とは違って温暖な気候であった。

風通しのいい家が立ち並び、木の葉は大きく青々としている。

賑わう街の喧騒から少しずれたところに慌ただしい声が響く。


「社長!」


社長と呼ばれた男は風変わりな香りのするお茶から口を離して振り返る。


「なにかな?トラブル?」

「いえ!」


と否定したが、騒がしくやってきた若い男は言い直す。


「トラブル……はトラブルです。これを……」


二通の封筒を差し出され、男は訝しげに受け取る。

一通は封が開いており、この男の一団に向けたもの。もう一通は男個人に宛てたものだった。


「これは……フラットか」

「はい。特急で送られてきたようで」


封筒の宛名書きの筆跡で男は息子のものと判断する。


(なにか本社であったのか。改修工事で大きなトラブルか。それともなにか……)


男は色々と想定されるものを巡らせながら封を切る。

便箋にはいつもと違って丁寧さに欠ける息子の字があり、それに目を走らせるほど男も冷静さを欠いていく鼓動を感じた。


「……死んだ……?エリーゼが……?」

「……」


少し震えた男の声に、若い男は唾を飲み込む。

男はもう一度、もう一度と読み返して何かの間違い、スペルミスや文法が間違ってはいないかと探すも見当たらない。

先程まで堪能していたこの地の名物の茶と菓子の味の余韻は苦味に変わっていた。


「そんな……半年も前……?なぜ……」


手紙には息子による経緯の説明と謝罪の言葉が載っていたが、何故という言葉が頭から離れない。

普段はゆったりと構え、慌てたり動揺する姿を部下に見せる事は極力控えているが……今はそんな事はすっかり忘れている。


「社長……お悔やみ申し上げます……」

「……ああ……」


生返事をしながら左手で口を撫でる。

しかし数秒押し黙り、深呼吸をして、男はすっくと立ち上がる。


「すまない。方々に声を掛けてくれるか。先方にも君たちにも申し訳ないが、私は早々に帰国しなければならなくなった」

「はい、すぐに」


若い男、それから男の部屋の傍にいた部下たちが一斉に動きだす。

数秒後には女性の部下がキビキビと入ってくる。


「社長」

「すまない。聞いたか」

「はい。簡単にですが」

「そうか」

「お帰りはどのように」

「……君は残ってくれ、シンシア。私の名代となって欲しい……それと私の供は最低限で構わないから上手く見繕って欲しい」

「はい。ルツは入れた方がよろしいでしょうね?」

「そうだな……それから……」


男は懐刀とも言われる切れ者の部下と淡々と打ち合わせていく。

数分もしないうちにシンシアは出ていき、もう一度男は大きなため息をつく。


「エリー……アルト……」


かつての妻と、置いてきた次男の顔を浮かべる。

だが次男の顔は、当人の認識とは違って赤ん坊の姿ではなく今現在に近い顔をしていた。


(前に見たのは出立前……9か月前になるか……もっと近くに寄るべきだった。あんな表情も分からない遠さで見たのが最後になるとは……)


今もなお愛する元妻。あちらは愛想を尽かせていたかもしれないが。

いつか必ず迎えに行くつもりでいたが、結局殆ど進展のないまま後悔だけが残される結果となってしまった。


(すまない……まだ私には父の言葉を覆せる程の力が無かったんだ……)


しかし落ち込んでばかりもいられない。


(アルト、アルトだけでもなんとかしなければ。あの子はエリーから何も聞かされていないままかもしれない。フラットが先行してくれているが……あいつだけでは父とやり合う事すら難しいだろう)


遠巻きに、長男にも知られない程のお忍びで見守ってきた母子を想いながら、男はアルトと同じ灰色の目に力を宿らせる。おもむろに立ち上がり、棚から書類や便箋を引っ張り出し、なすべきことに取り掛かっていく。


男の名はテセウスと言い、テセウス商会の社長を務めていた。

国有数の大企業の長の三男坊であり、13年前に独立を果たした。

実家とはあまり良好ではないがビジネス上ではうまくやっている。だがまだ旧く巨大な父親の会社からすればヒヨっ子で、公私共に強く出られないもどかしさがあり、それが愛する二人を追いやってしまった不甲斐なさでもあった。

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