1日目夜①
切るところわからなかったので短めです。
ガガガゴトゴトと、先程まで乗せてくれた電車が終点の駅に向かって駅を出発、大きな音を立て走り去った。
俺と千蒔は線路から少し離れて静かな川沿いの堤防歩く。曇った天候のせいで真下の河川敷は明かり一つ無く、遠く水の流れる音が微かに聞こえる。
時刻は午後十時。猫カフェを出た後も、雑貨屋や服屋を千蒔の感性に従い、散々巡った。俺のなけなしの小遣いでは何かを買ってやるようなことは出来なかったが、千蒔は楽しそうにしていたので良かったと思う。そうして格安でイタリアンが食べられるチェーン店で食事を済ませ、こうして家に向かって歩いている。
「む、実体化がまた解けて来たの。」
「その時間制限面倒だな。」
実体化というのは、俺にしか見えない、透けた存在である千蒔が、普通の人と同じように触れたり見られたり出来るようになること。要は神様が人間と同じように活動する為の形態みたいなものだ。街中ではやはり色々なものを触ることも娯楽なので、ずっと実体化していた。
けれど、俺にはずっと千蒔が見えているのでわからないが、どうも実体化というのは長くは続かないらしい。せいぜい1時間程度でまた透明になっていくようだ。
「実体化の時間、長くしたり出来ないのか?」
「出来るぞ?」
「え、出来るの?なら、初めから…」
「おぬしがもっと長く儂を抱いてくれれば、実体化の時間も長くなるのじゃが」
「ぐえっ。」
喉がつぶれたような悲鳴を上げる。考えうる最悪の手段だ。
千蒔の実体化の方法は俺とハグをすること。千蒔のような美少女と近距離で触れ合うというのは、喜びより恥ずかしさが圧倒的に強い。なので、俺からすると避けるべき方法なのである。
「なら、他の方法無いのか?あれ。」
「抱擁が必須かと問われればそうではないが。言ったじゃろ、必要なのは儂という神を現実というテクスチャに縫い合わせる作業じゃ。おぬしと触れ合えるならば何でも良い。手を繋ぐなどでもな。だが、面積が小さい故、それだと三時間かかってハグの一分程度の効果しか表れぬ。」
俺は黙り込む。そう言われると最高率が一番良いように思える。他の体勢も考えてた見たが、何というか変な格好するぐらいならハグの方がマシな気がする。
「という訳で、密着時間が長いほど儂は長くこの世との結び付きが強くなるのじゃ。ほれ、やってみよ!」
千蒔は幼稚園児のように両手を広げて、抱擁をおねだりする。そんな可愛らしい動作を断れる男は普通いないだろう。
「もう実体化する必要ないだろ。」
だが、俺は平然と無視してすたすたと進む。ハグしたくないのでは無く、俺の精神が持たない。
街にいた時も同じように実体化が解けかけることがあった。その都度に俺は街行く人々の前でハグをし、冷ややかな視線を浴びる羽目になった。
おかげで羞恥が蓄積しきってしまっている。例え人通りが全く無いからと言って、許可する気にならない…?
「ここ、こんなに人通り無いもんか…?」
「どうした?」
「いや、何かやけに人が少ないなと思って。」
この堤防は駅から住宅街に繋がって行く道。電車を降りた多くの人が使いそうなものだ。それに散歩コースとして普段から夜の散歩やランニングに使う人が絶えない。夜、多少遅いとはいえ、人一人いないというのはちょっと不自然に思えた。
でも、まあそういう日もあるのかな。
そう自分の心の中に結論つける。そんな事より千蒔は家まで着いて来るのかどうか聞いておきたいと思い、彼女の方を振り向く。
そこには真剣そうで、だが少しほくそ笑んだような千蒔がいた。暗く沈んだ河川敷の方をじっと見つめている。その金色の瞳は在らざるものを視認している。その表情に何か恐怖のようなものが俺の体を走る。
「おい、どうした…」
「こうも早く見つかるとは、儂は付いているのか、いないのか。
おぬしはここにおれ。着いて来るな。だが、余り遠くに行くでないぞ。」
そう告げるとコンクリートが少し崩れるほどの脚力で河川敷へ向かって跳び上がった。
夜空に向かって跳ねる。雲間から月明かりがその千蒔だけを照らす。
それは天からの礼賛。人ならざる神を世界そのものが見惚れている。
月下に跳ねる千蒔の姿は白い兎のようで軽やかで、千蒔の目はサメのように鋭かった。