1日目登校①
部分的には一つなのですが、一応分割してます。
酷く打ち付けたお尻をさすりながら、駅のホームのベンチに腰かける。教科書の詰まったリュックを乱暴に隣の椅子に投げると、どすんと音がして先程まで大笑いしていた白髪厄病神がびくりと肩をすくめた。
この女のお陰で俺の早起きは思いがけず、心労の祟るものになってしまった。清々しい朝、お気に入りの神社に行った所、いつも親友のように扱っていた祠からこの女、千蒔石姫命が出て来て、紆余曲折ありキスをされた。どうもそのせいで俺はこの神様に取り憑かれたらしい。
しかもこの女、厄病神らしく、ここに来るまでに自転車による転倒、圧倒的赤信号率、駐輪場には鳩の大群、駅のホームまで階段で滑って落下と散々な目に会わされた。とどめに電車に乗り遅れたせいで学校に遅刻確定だ。
色々尋問してやらないとはっきり言って気が済まない。俺は最大限の細目で千蒔を睨み付けた。
「なんじゃ、おぬし。そんなに顔をしかめて。」
「お前に三つ聞きたいことがある。」
「うむ、何でも申せ、答えるぞよ。」
そう言って空いている側、俺の隣に座った。わざとらしく咳をして、少し思考を整理して話始める。
「一つ目。俺に取り憑いたってどういうことだ。」
「言った通りじゃよ。神というのはどこかに取り憑いて存在しておる。八百万、川の神は川に、山の神は山に。儂はあの祠に閉じ込められておる。
だが、人に取り憑いてしまえば、その者の行き先に同行出来るじゃろう?」
「それは分かったよ。なんでわざわざ俺に取り憑いてくれたのかなと。」
あの祠の外に行きたいなら、人間に取り憑けさえすれば誰でも良いはずだ。そもそもなんで今まで取り憑かなかったのか、そこが分からないのだ。
千蒔はああ、そういうことかと頷いて続けた。
「取り憑くと言っても何にでも出来る訳ではないぞ。それが出来るなら、世の中の人間皆々神に取り憑かれておるわ。」
あはは、と彼女は笑った。確かに此方人間側からも申し上げて、こんな厄介な奴に皆が皆取り憑かれるなんて不憫で仕方ない。
「なら、取り憑く相手には条件みたいなのがあるってことか。」
「そういうことじゃ。じゃが、条件なんて厳しい物ではないぞ。単なる相性じゃ。」
「相性?こいつは弱いから取り憑きやすい、的なことか?」
なるほど、普段から運動をしていない俺は弱冠十七歳にして体が弱ってしまったのか。筋トレでも始めようかな。
「相性と言うのはな、体の相性じゃよ。」
「なっ!?」
俺のつまらない思考を千蒔は一言でぶっ飛ばした。俺には勿論経験はないが、やっぱりそう言うのってあるのか。どう違うんだろう。
そろりと千蒔の顔を見ると、口角の緩みきったにやけ顔を披露してくれていた。
忘れていた。こいつはイタズラの神様だった。
「からかってるな、お前。」
「すまぬ。おぬしの反応が面白いでな、つい意地悪してしまいたくなるのじゃ。
さて、本題だが。相性というのはもっと精神的で抽象的な物じゃ。信仰心だとか、先祖と付き合いが合ったなんて様々にな。偶々なんてこともある。」
「じゃあ、俺とあんたも偶々なのか?」
俺には特に信仰心はないし、先祖、はちょっと分からないが何となく違う気がする。何となくだが。
「いや、おぬしと儂は相当なレアケースじゃ。」
「と、言うと?」
「分からぬか?幼馴染だから、じゃよ。」
「ん?」
幼馴染、そう言ったのかこいつは。確かに昔からあの祠には話しかけてきたが、それで幼馴染判定を受けて良いのかは疑問だ。俺は十年以上無機物に話し掛けてきたただのおかしな男であるだけなのだから。虚しい。
「幼馴染じゃよ。十分にな。よって縁が繋がり相性バッチリじゃ。いえーい。」
そういうと、千蒔は右手を大にして此方に向けてきた。何、と首をかしげるとハイタッチ、と彼女は言った。何処でそんなのを覚えてくるのだろうか、この神様は。
あ、でもたぶん俺な気がする。
そもそもなんでちょっとノリが女子高生に近いのか。
あ、でもそれもたぶん俺が女子高生について話すからな気がする。
仕方なく俺も手を合わせる。
「使い方間違っていたか?」
少しだけ不安そうに千蒔は手を引いた。
「いや、これでもかってぐらいに合ってるよ。」
「そうかそうか、良かった良かった。」
満足げに頷く、彼女を見ているとこれ以上この件について突っ込む気にはなれなかったので、次の質問に移ることにした。
「二つ目。ていうか、今もそうなんだけどお前に触れられるんだけど。これどうなってるんだ?」
最初に出会った時はその体は透過していた。そのくせ、触ろうとすると天罰とかいうビリビリ罰ゲームを食らう理不尽仕様だったのだが、あのキス以降当たり前のように触れられるようになっているのだ。
「それも簡単な話、おぬしに取り憑いている証拠じゃ。取り憑いているおぬしだけは儂を視認し、触れ合うことが出来る。逆にお前に無関係な人間は儂の姿も声も何も聞こえぬよ。」
なるほど、普通ならば、この朝の通学通勤時間には目立って目立って仕方の無いうさぎの着物が注目を集めていないのはそういう訳なのか。ん、声も姿も聞こえない?
「ちょっと待て。じゃあ、俺は今…」
「周りの人から見れば、空に向かってべらべらと喋る変な男に見えておろうな。まあ、良いではないか。おぬし、元よりそういう種類の男じゃろ?」
「誰がそういうタイプだ!」
ヒートアップした俺の声に、いつの間にか増えていたホームで電車を待つの人々の群れが一歩距離を取った。
羞恥心に押し潰されそうな俺を横目に千蒔はげらげら笑っている。何故皆にはこの人をバカにした笑い声が届かないのか、たいへん悔しい。
そんな俺に気を遣ってくれたのか、丁度電車がホームへ滑り込んできた。
俺は千蒔に車内では絶対に話し掛けるなと念押しして、すし詰めにされた電車に乗り込んだ。