8.4年2組 熊野美佳莉
保健室って実際、小中高と代わり映えのない世界な気がします。
それこそテンプレートが永遠に続くような、そんな空間です。
ありがちなところ、保健室で僕は目を覚ました。
記憶が混濁としていて、状況を認識できないでいる僕に、保健室にいた先生は声を掛けてくれた。
どうやらお昼休みを屋上で過ごしていた僕は、軽い熱中症か疲労なのか、そのまま倒れたらしく。
それを発見した同じクラスの学級委員長が担いで運んできたというのだ。
待ってください。
担いで運んできたと、そうおっしゃいましたか?
記憶の混乱から立ち直れないまま、僕は新しい状況に混乱した。
同じクラスの学級委員長、それは間違いなく、磐城円だ。
その円様が僕を担いでここまで運んで来たと。
そういう話になるのでしょうか、先生。
この時の僕の落ち込みようは、それは深淵の底にまで落ちていくような感覚だったんじゃないかと思う。
正直なところ、身体も頭もふらふらして、考えることがままならない状態だった。
兎に角落ち着くまでは寝て居なさいと、僕は保健室のベッドの上に一人残された。
気を遣ってもらったのだろうか。
僕は静かな空間で、再びさっきまでの出来事を反芻していた。
全ての記憶が曖昧だった。
僕が僕である理由、と言うと青春真っ盛りな言葉だが、僕という存在を決定付ける記憶自体が曖昧になっていた。
夢と現実の区別が付かない激しく現実味のある夢を見続けているような、そんな馬鹿な感覚があるのかと当時は疑っていたが、それは実際に存在して、しばらく僕を悩ませることが度々あった。
忘れて居た感情がそのまま、今の自分を上書きしてしまうような感覚。
夢から覚めたはずなのに、自分がそのひと昔前に戻ってしまったようで、だから僕は時折目覚めの淵にメモを付けていた。
ベッドから起き上がって周囲を見ても、しばらくその曖昧に上書きされた記憶に振り回され、自分が学校に行く人間であることすら忘れることもあった。
だが、それは頻繁に起きる訳ではなく、ただ印象的なその瞬間があったということを、僕は覚えているだけだった。
そしてこの間の夢に立ち戻る。
夢。そう、夢だ。
だが、僕の記憶は、まるで何か何もない空間の中に取り残されて孤立した場所から、壁の向こうにあるようで、それ以上何をどう思い出して良いのかすら分からない。
眩暈がする。
そう、ならば。
小学校4年のあの日を思い出すことは出来るのだろうか。
起き上がろうとすると、ベッドの傍らに僕のだと思われる鞄が置いてあった。
二つに折りたたまれたノートの切れ端と一緒に。
色気のない手紙のようだが、差出人は明らかだった。
― 太槻君。
鞄、置いておきます。足りないものがあったらゴメンね!
あと、太槻君、軽すぎるからもうちょっとご飯食べても良いのかも。
お勧めは、食堂のチーズオムカレーチキンカツのせだよ!!
円 ―
ご丁寧に、イラスト入りだった。チーズオムカレーチキンカツ乗せの。
あと、軽すぎるって…。
僕はもう一つの裂けられない事実を突き付けられる。
女子に担がれて保健室に運ばれた、僕を。
僕の高校生ライフを静かに送るためにも、他に目撃者が居ないことを心底祈った。
だが、今はそんな祈りをしている場合ではない。
孫一・・・!
慌てて取り出したスマホには、いつもの着信通知。
そして一言、さらっと。
― 行ってくるぜ!
と、孫一からのメッセージだった。
僕は磐城さんからの手紙を鞄に突っ込むと、ふらつく身体を無理やり起こし、そのまま学校を飛び出した。
自転車で全速力で。
学校をサボるとか考えたこともない真面目な僕が今、その垣根を飛び越えたんだ。
分かるか、孫一。
僕はとても、怒ってるんだ。
続きます。