91 実力試験
執務の手伝いをしつつ準備をしていたら一刻はあっという間に過ぎ、ついに双子相手に自分の実力を見せる時がきた。
正直、紫苑の扱える術はどれも低級から良くて中級の術が数個程度なので実力を知ったら双子は肩を落とすかもしれない。
緊張のあまり変な歩き方をしている紫苑を見て極夜は堪えきれずに笑い出す。
「あんた、いくら緊張してるっていっても歩くのに右手と右足一緒に動かすなんて僕らを笑わそうとしてるの?」
緊張でガチガチになっている紫苑を見て大笑いしている極夜とは対照的に白夜はじっと紫苑を眺めている。
「そんなこと言われても、やっぱり緊張しますよ!」
笑い転げていた極夜が目尻に浮かべた涙を拭うと、紫苑の肩に手を置く。
「ま、今までしてきたように気楽にやってよ。じゃあ、まずは基礎がどれくらいできてるのか試させてもらうね」
極夜がそう言うと、術者として最初に習得する人形を使った術などを言われた通りこなしていく。
一通り言われた通りに術を披露すると、双子が思っていたよりも紫苑の術者としての適性が高いらしく憎まれ口しか言わない極夜が珍しく褒めてくれた。
「じゃあ、最後だけど鬼の一族のみに伝わる術関係はどの程度扱えるか教えてもらっていい?今ここでやる必要はないけど念のため知っておきたいから」
紫苑は人の年齢で言う五歳前後の歳で人として生き直すこととなったので、鬼の一族に伝わる術といってもほとんど扱えるものはない。
なんとか古い記憶を思い出しつつ扱えそうな術をあげていく。
「鬼火、神眼、鬼隠し……くらいでしょうか」
「鬼火はまあ、当たり前としてあんた神眼と鬼隠しが使えるの?だとするとそれだけでも十分上級術師として認めさせれそうだけど」
「使えるといってもかなり不安定ですし、短い時間しか使えなかったり小さな物しか隠したりできないのであまり役に立たないと思います」
「なるほどね、じゃあその辺は子供のお遊び程度として理解しておくよ」
一通り、現在の紫苑の扱える鬼の妖力や神通力を把握すると極夜と白夜は何やら話し合い始める。
しばらく二人の様子を黙って見ていると話は済んだようで白夜が紫苑のもとにやって来る。
「私たちが思っていたよりも術者としての適性が高かった、明日からはいきなり実践練習を行うから午後はこの修練場で私と極夜が交代で修行をつける」
「え?実践って何をするんですか?」
「まずは召喚術や呪詛の類だな、妖狐の一族はこの二つは呪術の中でも秀でているからこの二つをある程度納めていないと上役たちは認めないだろう」
紫苑は今まで自分の身を守る退魔系の術や妖を寄せ付けないための術などを中心に母から教わっていたので呪詛などの危険を伴う術はこれが初めてだ。
紫苑が呪詛と聞きあまり浮かない顔をしていると極夜がすかさず言葉を挟む。
「幽世で生きていくなら呪詛や呪詛返しは最低限身に付けておかないと早死にするよ。ここは人世と違って弱肉強食の世界だからね」
これからここで生きていくには綺麗事だけでは済まないことがこれから沢山あるのだろう、紫苑は極夜に頷き返すと極夜は満足そうに笑みを返す。
「じゃあ、今日はこれで終わり。少し早いけど自室に帰っていいよ!……って、月天様があんたが使ってた部屋潰しちゃったからこれからどこ使うんだろう?」
極夜が白夜に紫苑がこれから使う部屋を知っているかと尋ねるが、白夜も知らないようで顔を横に振る。
「仕方がないから、月天様にお聞きするからそれまでは執務室で寛いでてよ」
極夜はそういうと小狐を呼び出してそのまま修練場を出て行ってしまった。
白夜と二人きりで残されてしまいどうしたものかと困っていると白夜が無言のままズンズンと紫苑に近づいてくる。
目と鼻が触れてしまいそうなくらい真っ正面まで近づくと白夜はぼそりと呟く。
「月天様は尾を櫛で梳かされるのがお好きだ。月天様の毛は術にも使えるから取っておくといい」
白夜はそれだけ言うと紫苑を一人残して修練場を出て行ってしまった。
(え?これって月天のブラッシングをしろってことなのかな?)
今朝不意に触ってしまったもふもふの耳や尻尾を思い出して紫苑はあのもふもふに触れるならブラッシングも悪くないかも……と想像してしまう。
紫苑一人きりになってしまった修練場は静まりかえっており、極夜に言われた通り執務室でお茶でも飲んで月天の帰りを待っていようと紫苑も修練場を後にした。
◇◇◇
執務室に戻りお茶を入れて寛いでいると控えめに二回戸が叩かれる。
「失礼します、小鉄でございます」
久々に聞く小鉄の声に紫苑は思わず椅子から立ち上がり執務室の戸を開ける。
扉の前には人型の姿をした小鉄が立っており、紫苑は思わず小鉄を抱きしめる。
「心配してたんだよ!ちょっと出かけて来るって言って全然戻ってこないから」
紫苑が小鉄を抱きしめるとバタバタと小鉄は抵抗して紫苑の腕の中をすり抜ける。
紫苑が名残惜しそうに小鉄の方を見ると、小鉄はバツが悪そうな表情を浮かべて紫苑の方をちらりと見た。
「紫苑様は怒っていらっしゃらないのですか?私が告げ口をしたから月天様のお怒りを買うことになったのですよ」
小鉄に言われた言葉が一瞬理解できなかったが、きっと小鉄は紫苑が箱庭に閉じ込められていたことを言っているのだろうと察する。
「怒ってなんかいないよ、むしろ感謝してる。今回のことがなかったらきっと月天との距離を縮めることはできなかったと思うから」
紫苑はそういって俯きながら小さな両手を握りしめている小鉄の頭を優しく撫でてやる。
「小鉄くんは月天のことを思って行動したんでしょ?それなら何も間違ったことはしていないよ、自分を責める必要はないと思うな」
そう言うと小鉄はばっと顔を上げて大きく愛らしい瞳に涙を浮かべて紫苑の顔を見つめる。
「紫苑様……、ありがとうございます」
大粒の涙がぽろぽろと小鉄の頬を伝って落ちるのを見て紫苑は慌てて袖で涙を拭ってやる。
「手巾じゃなくてごめんね」
紫苑がそういって少し恥ずかしそうに笑うと、ようやく小鉄も笑顔を見せてくれた。
「紫苑様、私がこちらにきたのは紫苑様が今後使用するお部屋に案内するために来ました。月天様は執務がたまっているので二、三日はこちらに顔を出せそうにないそうです。こちらを預かってきました」
小鉄から手渡されたのは妖狐の一族の花紋が押された白い封筒だった。
「これは?」
「そちらは月天様からの手紙となております。その花紋を使用できるのは当主とその代理のみとなっているので」
どうやらこの幽世で生きていくためには術以外にも礼儀作法やこのような細かいことも覚えていかないと駄目そうだなと思いつつ手紙の封を開ける。
手紙にはしばらく会いに行けないことを詫びる言葉とともに小ぶりの石がついた首飾りが入っていた。
手にとって取り出すと、華奢な銀色の鎖の先に月天の瞳を思わせる黄金に輝く宝石のような石がついている。
その石からは月天の妖力がうっすらだが感じることができる。
「そちらは月天様のお力を結晶化したものでございますね、いざと言うときは色々と使えるので肌身離さずお持ちするのが良いかと」
小鉄に言われ紫苑は首飾りをすぐにその場でつけてみる。
首にかけてみると不思議なことに月天の気配が先ほどより、より強く感じられこれなら会えない時間も寂しい思いをしないですみそうだ。
「では、お部屋にご案内します。極夜様と白夜様にはすでにお伝えしておりますので安心してください」
紫苑は机の上に出してあった茶飲みを片付けると、急いで廊下で待つ小鉄の元へと向かった。