86 二人を繋ぐ赤い糸
月天はこの空間に戻ってくるなり、紫苑がここでどう過ごしていたのか何を考えていたのかと事細かに知りたがった。
紫苑はなんだか出会ったばかりの幼い頃の月天を思い出してしまい、このたわいも無いやりとりが心地よく感じる。
「ねぇ 月天、私もう少し自分の鬼の力や時渡りの力を制御できるようにしたいのだけど……」
紫苑が夕飯の片付けをしつつ月天にそう言うと月天は少し驚いたような表情を向けてくる。
「紫苑の口からそんなことを言う日が来るとは思わなかった……てっきり、鬼の力を嫌悪していると思っていたからな」
「確かに、最初は受け入れ難く思っていたけど……鬼の私も人の私もどちらも自分なんだって小雪花魁に言われて、それがこう胸にすとんって落ちたっていうのかな?」
紫苑が小雪の名を出すと月天はほんの一瞬瞳に鋭さを宿すが、紫苑に気づかれないようにすぐにいつもの優しい表情を繕う。
「紫苑、小雪花魁に会いたいかい?」
月天は紫苑が自分のかけた冥々術を解いてしまったのではないかと思い、確認のため質問を投げかける。
「え?会ったばかりだもの平気だよ。それより今は月天とこうして二人でゆっくり過ごせることの方が大切だもの」
紫苑から帰ってきた言葉は予想外のもので、どうやら冥々術は解けてはいないらしい。
「そういえば、紫苑は小雪花魁とはどんな話をしたんだい?」
紫苑は何から話そうかと月天に笑いかけると、実際に小雪達に話した内容を包みかくさず月天へと話す。
「今も人里への未練がないとはいえないけど、出来ることなら幽世で月天の側で何か役に立てたらなって思うの。だからそのためにも、鬼の力や神通力をしっかり自分で扱えるように修行し直したいなって思って」
月天は歯にかむようにして笑顔を向ける紫苑を思わずぎゅっと強く抱きしめる。
「月天?どうしたの?」
いきなり月天に強く抱きしめられ紫苑は困惑する。
「紫苑、もう少しだけこのままで……」
紫苑はしゅんとしていつもより元気のない月天の獣耳を見て優しく頭を撫でてあげる。
「大丈夫だよ、私はもうどこにも行ったりしないから」
紫苑がそう優しく月天に囁くと月天は顔を埋めて紫苑の小柄な体をただ抱きしめた。
◇◇◇
紫苑が寝静まってから布団を出ると月天は小箱を取り出し術中から抜け出る。
戻ったのは上ノ国の自室だ。
仕事に使っている文机の上には急ぎ用件を知らせる赤い封筒が置かれている。
月天はまた鬼の一族がらみで問題が起きたのかとため息をつき差出人を確認するとそれは夢幻楼に詰めさせている双子からだった。
あの双子がこんな風に手紙を使って急用を伝えるなんて珍しいこともあるものだと、封を切って内容を確認するとどうやら幻灯楼から紫苑の残っていた持ち物が送られて来たらしくどうすれば良いかと書かれていた。
月天は先ほどまで自分のそばで寝ていた紫苑の顔を思い出し、このまま本当に箱庭の中で囲い続けるのが果たしていい事なのだろうかと自問自答する。
自分自身に尋ねてもその答えは結局見つからず、月天は手紙を読んだその足でそのまま下の里にある夢幻楼へと向かう。
夢幻楼に着き双子の執務室に行くとすぐに白夜が出てきて月天を迎え入れる。
「月天様、お忙しいところ申し訳ありません」
「構わん」
月天は白夜と極夜を横目で見ると、机の上に置かれている小さな箱に目をやる。
「これがそれか?」
「はい、本日幻灯楼の小雪花魁より紫苑様宛に送られてきました。念のため同封されていた小雪花魁からの手紙には目を通しましたが、箱の中身には手をつけておりません」
「そうか……」
月天はなぜだか見覚えがあるような気がする目の前の小箱を手にもつと、蓋を開けて中を確認する。
箱の中には硝子でできた手のひらほどの大きさの赤い曼珠沙華の造花が入っており、一緒に可愛らしい便箋が入っている。
月天は箱の中身を見た瞬間、思わず息をのんだが同封されている手紙を読み思わず手紙を握る手に力が入ってしまう。
「月天様?どうかされましたか?」
極夜が心配そうな顔を月天に向けてくるが、そんなことはどうだっていい。
月天は手紙を再び箱の中に丁寧にしまうと、双子の瞳を見据える。
「白夜、極夜。お前達は誰かを愛したことはあるか?」
「月天様、我ら双子の全ては月天様のモノ。この心も全て月天様に捧げております」
「ではもし、私が人になりたいと言ったらどうする?」
白夜と極夜は信じられないとでも言いたげな表情をしお互いの顔を思わず見合わせる。
「恐れながら、月天様がそのようなことを仰る場合はこの身を引き裂かれようとお止めします」
「……そうか。我ら妖には人の心など一生理解できぬのかもしれないな」
月天はそういうと双子に背を向けて再び上ノ国の屋敷へと戻っていった。