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83 箱庭


夢を見た。


月天と初めて出会った日の夢だ。


あの頃はただ淡々と過ごす日々は彩りがなく、ただ人形のように周りに流されるままに過ごしていた。


月天と出会って紫苑の世界に色が戻った。


あの出会いがあったからこそ今の紫苑がいるのだ。いつの間にか今の生活が当たり前になっていて大切なあの頃の気持ちを忘れてしまっていた。


夢から覚めて月天に会ったらちゃんと自分の気持ちを伝えよう。


誰よりも月天が大切なのだと。


◇◇◇


紫苑が目を覚ますと部屋には誰もおらず、それどころか普通なら聞こえてくるはずの様々な音すら聞こえない。


昨晩のことを思い出そうとするが、月天が部屋に来てなんだか大切な話をしたような気がするとしか覚えていない。


紫苑は月天が戻ってくるまでに家事や術に使用する札の手入れなどを済ませておこうと支度を始める。


いつものように白い小袖に緋袴を着付け、朝食の準備をしているとふとなんとも言えない違和感を感じる。


なぜ私はここにいるの?誰かの所に働きに行かねばならなかったような気がする。何かとても大切なことを忘れてしまった気がするのだが全く思い出せない。


あたりを見てもいつも通りの風景で、庭には様々な花々が咲き乱れこじんまりとした屋敷には紫苑以外誰もいない。


寝過ぎたせいかどうも頭の中がすっきりしない。こんな日は薬草摘みでもして少し身体を動かそうと手慣れた手つきで外に出る準備をする。


朝食を済ませて外に出ると、屋敷から離れすぎないように注意を払う。


(あまり屋敷の部屋から離れると大変……)


そんなことを思いながら庭に生えている薬草を摘んでいると、ふとなぜ離れたら大変なのか疑問が湧く。


屋敷の外には危険な妖がいるから?それとももっと別な何か?


紫苑は必死に思い出そうとするがなぜか漠然と屋敷から離れてはいけないという約束しか思い出せない。


なんだか今日はどうも調子が悪いと思い、お目当ての薬草を摘み終えると屋敷の自分の部屋に戻ってくる。


部屋の棚にしまってある道具を引っ張り出して今しがた積んできた薬草を縁側に干すと、今度は術に使用する札を作り始める。


札を作っていると、なぜこんなに札を作る必要があるのかとまたしても疑問が湧いてくる。


自分はここでただ月天の帰りを待っていれば良いはずなのになぜ薬草を摘んだり術に使用する札を作っているんだ?疑問の答えは見つからないが、どれもしなくてはいけない大切な事だったような気がして手が止められない。


「白夜さんと極夜さんに修行をつけてもらうためにも、自分でできることはやっておかなきゃ」


ふと自分の口から出た名前を聞いて一瞬誰のことだったかと思考を巡らせると、一気に頭の中にかかっていたもやもやが晴れていく。


「そうだ、私は夢幻楼で白夜さんと極夜さんの元で術者見習いとして頑張ろうって決めたんだ」


紫苑が正気に戻り、再びあたりを見回すと屋敷の中はどの部屋も紫苑が今まで過ごしてきた家や部屋をつなぎ合わせた様な不思議な構造をしていた。


こんなことができるのは月天だけだろう。


昨晩、月天と会っていつもと様子の違う月天と口論になったんだ。段々と全てのことを思い出し、このままここで大人しくなんてしていられないと外へ出る出入り口を探し始める。


◇◇◇


俄も終わりすっかり幻灯楼もいつも通りの日常が戻ってきていた。


小雪がそろそろ小物類を夏用の物と入れ替えようかと部屋の奥から引っ張り出してくると、奥の方に見たことのない小さな小箱があるのに気づく。


こんなもの買った覚えももらった覚えもないと不思議に思い箱を開けると、そこには特殊なガラスでできた赤い曼珠沙華の花が入っていた。


小雪が箱の中からそっとガラス細工を取り出し日に当てると、きらきらと陽の光を反射させて万華鏡のように輝いて見える。


「小雪姉さん!」


小雪がガラス細工を眺めているといつの間に来たのか、凛と紅が小雪のそばに寄ってくる。


「あ!それは霞姉さんの!」


小雪が手に持ったガラス細工を見るとすぐに凛がそれは霞が以前買った物だと教えてくれた。


なんでも俄の前に宗介様と術具屋の楓の所に行った時に宗介へ贈ろうと思って買ったらしい。



結局は帰りに妖に襲われたりとバタバタしてしまったため、結局渡せずにそのままこんな所にしまわれていたようだ。


「そうだったのかい。それじゃあ、夢幻楼宛に送ってやろうか。あの子の物は全部蒼紫が買い上げちまったから、これだけでも残っててよかったよ」


小雪は丁寧にそれを箱に戻そうとすると、底に小さく折り畳まれた便箋が一通目に入る。


桜の柄が描かれた便箋には紫苑の文字で宗介に向けて書かれただろう文章が書かれていた。


小雪は紫苑に断りも入れずに読んでしまって悪いと思いつつも、手紙の内容を読んで紫苑らしいと思わず笑みが溢れる。


ガラス細工に傷かつかないように箱に戻し、文をガラス細工の上に載せてしまうと夢幻楼の紫苑宛てに短い手紙を添えて小箱を贈る。


夢幻楼で紫苑とあってからもう少しで五日ほどになるが、あれからいっさい連絡はない。


連絡が無いのは元気にやっているからだと思いたいが、夢幻楼を出るときに見た紫苑の顔を思い出すと何かあったんじゃ無いかと変に胸騒ぎがする。


いくら小雪が心配したところで、今回の件については紫苑自身がしっかり月天と向き合わないと解決しないことだ。


この贈り物が少しでも役に立てばと思い、急ぎで使いを走らせ夢幻楼へと届けさせた。









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