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81 赤い牡丹一華


双子が部屋から出ていくといつの間に時間もだいぶ経っていたようで、窓の外もすっかり暗くなり提灯や行灯の明かりが目に入る。


いくらなんでも小鉄の帰りが遅すぎると感じ始め、紫苑の心に小さく芽生えた嫌な予感が頭をよぎる。


もう一度ダメもとで戸にかけられている術を中から解こうと歩み寄ると、廊下に誰かの気配が近づいてくることに気づく。


やっと小鉄が戻ってきたのかと思い、紫苑がほっとして胸を撫で下ろすと戸にかけられている術などまるでなかったかのようにその人物は部屋の中へ入ってきた。


「月天?どうしたの急に?」


いつもは部屋に入る前に必ず紫苑に声をかけてくれるのに、今日は急いでいるのかいきなり部屋の戸を開けて中へと入ってきた。


紫苑が月天の後ろに小鉄がいるのではないかと思い少し覗き込むがどうやら月天一人で来たようで小鉄の姿はない。


紫苑は再び月天の顔を見ると、いつもの優しい眼差しではなく俄の際に見せた冷たい目をしていた。


紫苑はいつもと違う月天の様子に思わず一歩月天から身を引こうとするが、月天に手首を強く掴まれ引き止められる。


「紫苑?どうした、何をそんなに怯えている?」


月天の表情はいつものように優しく紫苑に微笑みかけるような形をしているが、瞳の奥になんとも形容し難い禍々しい狂気が見えたような気がしたのだ。


「怯えてなんか……ただ、いつもと月天の雰囲気が違うような気がして」


「私は何も変わっていないよ、今紫苑の目の前にいる私も今まで紫苑が感じてきた私も全部私なのだから」


月天に握られた手首にぎりぎりと力が込められて思わず痛さに顔を歪めてしまう。


「月天、手首が痛いよ」


「ああ、すまない。人の子の体には少し強すぎたか?」


そういうと月天は紫苑の手首から手を離し、手先を軽く握ると自分の正面に引き寄せる。


「なあ、紫苑。私を置いて人里に戻ろうとしているとは本当か?」


獣のような鋭い視線を向けられ紫苑は言葉を詰まらせてしまう。早く答えないと、と気持ちは焦るが月天が発する圧倒的な禍々しい妖気に当てられて上手く言葉が出てこない。


紫苑がどうにかして月天の誤解を解こうと考え視線を泳がせるが、それが余計に月天の怒りを煽る。


「所詮幼い頃の約束などその程度のものだったと言うことか……」


月天が一瞬妖気を抑えたことでようやく紫苑が言葉を発する。


「違うの!月天を置いて人里に戻ろうとなんてしてない!」


「そうやって私を欺き、時渡りの力を取り戻したらすぐに私を捨てて姿を消すつもりなのだろう?もうその手には騙されない」


「お願い!話を聞いて!なんでそんな誤解をしているのか分からないけど、私は月天を一人残して人里に戻ろうなんて考えてない!」


懸命に紫苑は月天に伝えるが、怒りと深い悲しみに心を支配されている月天に紫苑の言葉は届かない。


「紫苑、君を失うくらいなら……。私は君に恨まれようともこうするしかない」


月天は少し悲しげな表情を紫苑に向けると、そのまま紫苑の身体を引き寄せ紫苑の首筋に噛み付くように牙を立てる。


いきなり抱きしめられたと思えば、続く激痛に紫苑は思わず大きな声をあげてしまう。


首筋からはゆっくりと血が流れ出し、部屋の中に甘く柔らかな桜の香りが漂い始めあまりの痛さに紫苑の瞳から涙が溢れる。


月天がゆっくりと紫苑の首筋から顔を離すと、複雑な形状をした小さな木箱を手に持ち口元についた紫苑の血を親指で拭いそのまま木箱の表面に血をつける。


どくどくと脈打つように熱を帯びて痛む首筋を手で押さえつつ、自分の前にいる月天を見るがそこには紫苑の知る優しい月天ではなく、妖艶な笑みを浮かべた月天がいた。


「紫苑、大丈夫。これで私たちはいつまでも二人で穏やかに暮らせる。何も考えず私の言うことだけ聞いていれば大丈夫だ」


月天はそう言うと紫苑の右手を強く掴み、無理矢理先ほど紫苑の血をつけた木箱に手を触れさせる。


紫苑の手が触れた瞬間、木箱の上蓋が開くと紫苑の身体は瞬く間に木箱の中へと吸い込まれてしまった。


◇◇◇


いつの間にか気絶してしまっていたらしく、紫苑が意識を取り戻すとそこは今まで見たことがないほど美しい景色が広がっていた。


「やっと起きた」


どうやら紫苑は月天に膝枕をされていたらしく、上から紫苑の顔を覗き込む月天と視線が交わる。


先ほどまでの危うい雰囲気はなく、今目の前にいる月天はいつも通り優しい瞳をした思い出の中の月天の姿そのままだ。


紫苑が身体を起こそうと力を入れると首筋に鈍痛が起き、思わず痛みに顔を歪めると月天が心配そうな表情を浮かべる。


「先ほどは手荒な真似をしてしまってすまない。しかし、これで憂いは全て取り去られた」


月天は紫苑の首筋にある首を一周するように刻まれた首輪のような呪印を愛おしそうに見つめ、指先でなぞる。


紫苑の首に刻まれた呪印は、かけられた者を一定の場所に繋ぎ止める鎖のような役割を果たす。


この呪印をつけられた者は術者の許可なしでは決められた範囲から離れることができない、いわゆる首輪をつけられたのと同じ状態になるのだ。


紫苑はそんな呪印を自分の首に刻まれてしまったことに気づかず、いつもの月天に戻ったことに安堵している。


「月天、ここはどこなの?」


「ここは紫苑を危険から守るための安全な箱庭だ。ここには紫苑の好きな美しい花々も咲いているし、動物たちだっている。これからはここで暮らすんだ」


小さな子供に言い含めるように甘い甘い言葉で紫苑を浸していく。


「けど、白夜さんや極夜さんに術の修行をつけてもらわないと」


「何も心配しなくていい。紫苑は私のことだけ考えていればいいのだから」


優しく両手で顔を掬い上げられ月天の瞳を見ていると、なぜか先ほどまで重要だと思っていた色々なことがどうでもいいような気がしてくる。


「月天のことだけ考える……それが一番大切?」


「そうだよ、紫苑。ここには私しか出入りできないから私のことだけを待っていておくれ」


「……うん」


月天の瞳を見ていると月天の言葉が何よりも大切で正しいことのように思えてきてつい言葉に従ってしまう。


「いい子だ、今晩は疲れただろう?ゆっくり休むといい」


月天に手を引かれ、いつの間にか寝台に寝かされると紫苑はそのまま深い夢の中へと落ちていった。




ここまで読んでいただきありがとうございます!

新たにブクマしていただけた方、ありがとうございます!

目標の100ブクマまであと少し!

頑張ります!

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