78 秘事と相談事
小雪に今更ここまで呼び出しておいて何を遠慮するんだと言われ、思い切ってここ最近ずっと心の中で悩んでいたことを打ち明ける。
「実は……」
紫苑は鬼子であった時の記憶を取り戻してからずっと、自分の心の内にある人の子の自分と鬼子としての自分の考え方の違いに葛藤していた。
人の子として生きてきた紫苑はやはり今まで通り人里に戻って暮らしたいと願っていたし、鬼子の自分はやっと再会できた月天とずっと一緒にいたいと願っていた。
この相反する二つの思いがその時々に紫苑の言動にも現れ、自分自身でも自分が自分では無いようなそんな異様な感覚になるのだ。
さらに困ったことに、月天によって呪印の効果を強めてもらったせいか人の子の性分が強く出て、日が経つにつれてこの狭く息苦しい夢幻楼を出て早く元いた人里で何にも縛られずに暮らしたいと強く思ってしまうのだ。
小雪は紫苑が話おえると少し考える素振りを見せてから口を開く。
「鬼子としての紫苑も、人の子としての紫苑もどちらもお前なんだよ。育った環境が違えば考え方が違うのも当然さ。月天様とずっと一緒にいたいと思う気持ちも本当だし、けれども何にも縛られずに自由でありたいと願うのも素直なお前の気持ちなんだよ」
小雪に言われて初めてどちらか一歩だけの自分を受け入れるのではなく、両方とも自分自身であり両方願うことが悪いことではないと気づく。
「けど、今の紫苑の立場ではどちらの願いも叶えるのは難しいだろうね。簡単に妖狐の御当主と紫苑の関係は聞かせてもらったが、妖は寿命が長い分一度執着した者に対しては見境がない。特に大妖怪に数えられるような御当主ともなると死でさえもそれを引き裂くことはできないだろうさ」
以前より妖狐などの一部の妖は特に執着が強いとは聞いていたが、同じ妖である小雪から聞かされると本当に並々ならぬことなのだと感じる。
「きっと妖狐の御当主は紫苑を手放す気はないだろうさ、かと言ってお前はまだ心の底から御当主を受け入れる準備ができていないんだろう?」
小雪に痛い所をつかれ紫苑は少し顔を赤らめて俯く。
「そりゃあ、記憶が戻ったと言っても今のお前からしたら会ってまだ間もない妖を生涯の伴侶にしろ!なんて気持ちがついていかなくて当然だよ。今お前に必要なのは御当主と時間を過ごしお互いの心をもう一度昔のように通い合わせることなんじゃないのかい?」
「……小雪姉さんのおっしゃる通りだと思います。ここにきてから急かされるように日々を過ごしていましたが、やっぱり今のままでは鬼子の記憶にある胸を焦がすような強い想いが湧いてこないのです。月天はすぐにでも婚儀をと言いますが、やはりできればもう一度心の底から想い合えてからと思ってしまうんです」
紫苑が静かに涙を流すと話を黙って聞いてくれていた凛が手巾を手渡してくれる。
「難しいことはわかりんせんが、御当主様は霞姉さんを大切にしてくださっていることがわっちでもわかりんす。きっと正直な心の内を話せばわかってくれるでありんすよ」
凛と紅が紫苑を元気付けるように笑顔を見せると、紫苑もつられて思わず笑顔がこぼれる。
「紫苑様、もうそろそろお時間です」
部屋の空気を変えたのは、廊下からかけられた小鉄の声だった。
気づけば予定していた謁見の時間を過ぎており、小鉄が声をかけてくれなかったらこのままいつまでも話していただろう。
名残惜しいが、約束は守らなければと思い紫苑が小鉄に返事を返すと小雪が廊下の小鉄の様子を少し気にしながらも紫苑に耳打ちする。
「お前が妖狐の当主に召されてから幻灯楼に鬼の当主が出入りするようになったんだ。この夢幻楼にいる限りは大丈夫だとは思うが鬼の当主には気をつけた方がいい」
「え!出入りって?」
「正確に言うと当主本人が幻灯楼に来ているわけではないんだけどね、お前が身につけていた着物や小物まで全部当主に言って買い上げていっちまって、俄が終わった今も定期的に側近の蒼紫がわっちの座敷に様子を見にやってくるんだよ」
正直、腹違いの兄妹といえどももう百年以上も会っていない自分になぜそこまで執着するのか理解できないが、こうして小雪がわざわざ言うくらいだ用心しておくことに越したことはないだろう。
「わかりました、教えていただきありがとうございます。……また、こうして会えますか?」
紫苑は凛と紅が帰り支度を済ませて廊下のすぐ側で立っているのを見て思わず小雪に聞いてしまう。
「当たり前だろう、お前が望めばいつでも駆けつけてやるよ。また悩みがあったら鴉を使いなお前の手紙をわっちの元まで届けてくれるだろうから」
小雪はそういうと紫苑の頭をわしゃりと撫でて凛と紅と一緒に部屋を出ていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
毎日18時から21時の間に投稿中です!
ブクマや評価が増えたりするとたまに1日2話投稿したりしてます!